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滅亡の軌跡  作者: 部屋で独り
第一章 
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第四話 レジスタンス


「いやだから誤解なんですって」

「はいはい、わかってるから。男の子は筋肉を自慢したいものだもんね?」


 俺の弁明を半ば呆れたように流すのは、ブロンドの髪を後ろで短く結んだ二十歳前後の女性だ。

 

「それは‥‥‥違わないけど‥‥‥。じゃなくて───」

「それよりも体調はどう?痛むところはない?」


 彼女はお湯の張った桶と薄いタオルを差し出してきたので、軽く体を拭く。


「大丈夫です。ところで俺ってどのくらい寝ていたんでしょうか?お湯とタオル(これ)を持ってきたってことは結構長かったんじゃないんですか?」


 そう、これは睡眠時にかいた汗を拭きとるために持ってきたもの。

 つまり──俺が起きなければ体を拭いてもらえたかも知れなかったってこと⁉──じゃなくて、つまり、そうするだけの汗をかいていた──それだけの時間が経っているということ。

 一見した感じこの部屋には窓はない。

 陽の傾き具合からおおよその時間を予測することすらできないため今が何日の何時か知りたいのだ。


「ん~大体十時間くらいかな?君、森で寝ているところをリーダーに見つけてもらったのよ。大した怪我もなかったし何があったか知らないけどあんなところで寝ちゃいけないよ?危ないんだからねあの森」


 めっ、と子供を言い聞かせるように叱る女性に毒気が抜ける青年。

 彼の知る教育──主に騎士団内での──とは、殴る、蹴る、怒鳴りつけるの三要素が必ず含まれており、それらを日常的に受けていた彼にとって諭すという方法は久しく経験しないものであった。

 

「は、はい。以後気を付けます‥‥‥」


 消え入りそうな呟きで返す。

 俺が逃げ込んだ森、あそこは騎士団でも立ち入りを厳しく制限されているようなヤバい森だ。

 好き好んで入ったわけじゃないから気の付けようもないのだが、ここは大人しく言うことに従うとしよう。


「そ、それよりもここはどこです?」


 体を拭き終え、ベッドに投げた服を着てから俺は尋ねた。

 さっきこの子はリーダーが俺を森から連れてきたと言っていた。ならばこの場所がこの子が所属している集団の拠点である可能性が高い。どういう集団なのかわからない以上、何かあった場合すぐに行動できるように自分の位置の把握に努めるべきだろう。


 青年の問いに少女は軽やかな口調で答える。


「うん、でもその前に起きたんだからまずはみんなに挨拶しなくちゃね。説明はそのあと。ついてきて」


 愛らしくウィンクする彼女に胸の高鳴りを感じながら、大人しくついていく。

 状況が理解できていない以上、言う事を聞く以外の選択肢はなかった。


 どうやらこの部屋は突き当りに位置しているようだ。

 長い廊下もさっきの部屋と同じように天井も壁も土を押し固めて成形している。

 窓は‥‥‥やはりない。天井付近に浮かんでいる光球が廊下を照らしている。

 おそらくだが、ここは地下に作られた空間なのではないだろうか。

 土壁と窓がないというだけで決めつけるのは早計だと思うがその可能性はあると思う。

 だとしたら厄介だ。

 俺には地下に居住スペースを設けた構造物に関する知識が全くない。もしこれがアリの巣のような形をしているのなら出入り口は多くて二~三個だろう。自分がどこにいるのかもわからないのにそれを探し当てるなんて芸当はできるはずない。

 

 仕方ない。集団の規模、性格がわからない以上、たとえ唾棄すべき異常者集団であっても敵対しないように表面を取り繕うとしよう。

 


 少女が「そういえば」と口を開く。


「自己紹介がまだだったね。私はマルタ。気軽にマルタちゃんって呼んでね」


 気取られないようにしていたガチガチの警戒が一瞬にして溶けた。

 

「わかったマルタちゃん。俺はトーマだ。よろしく」

「うん、よろしくトーマ君」


 トーマの顔を見てニッコリと微笑む少女。


 なんだろうこのザワメキ。

 思い返してみると、同年代の女の子と平和的に会話することなど一度もなかった。故郷の村は過疎りすぎて年の近い子なんていなかったし、それ以降もあんまりいい思い出がないし。


 ああ、マルタちゃんのこと何も知らないけどこの時間が長く続くといいな。


 しかしそんな淡い願望はすぐに砕かれる。


「ついたよ~」


「あ、うん」


 目の前には他の部屋と比べ少し大きい両開きの扉がある。

 マルタが扉を開け放つと、そこは広い会議室のような空間になっており、中央のテーブルを囲うように三人が立っていた。


「皆さん、お客様を連れてきました!」


 マルタの元気な声に銀髪美女と赤髪獣人が返事をする。

 何の躊躇いもなく部屋へ進むマルタちゃんについていくと。


「やっと起きたかトーマ」


 低音の効いた声がかけられる。


「クロウさん⁉」


 そこには相変わらず人を近寄らせないオーラを纏う男がいた。

 黒の長髪、射殺さんばかりの鋭い目つき、捲られた袖から窺える鍛え上げられた筋肉、だらしなさを一切感じない擦り切れた黒衣。

 醸し出れるオーラは完全に強者のそれだ。


「久しぶりだな」


 クロウの声はどこか優しさを感じさせるものだ。

 別れてから一年くらいか。懐かしい。


「お久しぶりです」

「フッ、森の中で血まみれのお前を見た時は流石に驚いたぞ。

 色々あったようだが、聞かせてもらえるか」


 頷きで返した俺は記憶を呼び起こしながら語り始めた。



 ーーー


 トーマとクロウの出会いは三年程前まで遡る。

 騎士になる前、トーマには帝国の闘技場にて貴族所有の奴隷剣闘士として活動していた時期があった。農民の子であるトーマは当初、武器の扱いはおろか、戦い方までほとんど知らずすぐに死んでしまうと思われていた。しかし初めての試合──殺し合い──で初心者ながら格上相手にうまく立ち回り勝利を掴んだことでクロウの目に留まり、以来時間を縫って稽古をつけてもらっていたのだ。


 トーマにとってクロウは、恩人であり、師である存在なのだ。

 

 そして一通りの経緯を聞いたクロウは問う。


「お前の目にはこの国がどう映った」


 少しの沈黙が漂う。

 俺は教会領──トーマが逃げ出した街でその名の通り教会が領地の運営をしている──のことしか知らない。だからこの国は、なんて決めつけて言うことはできない。 


「まだ全部を見てきたわけではないですからね‥‥‥。

 裕福な家は貴族も平民もみんな笑顔で幸せそうでした。美味しく栄養価の高い食糧、清潔な家、犯罪なんて滅多に起きず安全。金があるなら最高の環境でしょう。でも‥‥‥、一歩外に出るとまるで世界が違う。飢餓や貧困、暴力、世の不条理を煮詰めたような掃き溜め。そんなものが少しでも無くなればいいとと思ったから俺は────」

 

 徐々に険しくなる口調。

 ハッと我に返り、感情的になった頭を落ち着かせる。


「帝国、少なくとも教会領があの状態を放置しているということは手を打つ気がないんでしょう。教会がそういう態度をとるのなら、俺は変えたい」


 トーマの決意を聞き届けた者たちはニッと笑みを浮かべ、クロウはその者たちを代表するように言う。


「なら、俺たちと来い」


「俺たち?」


「そうだ。俺たちは『スレイズ』。その使命は理不尽に零れる命を掬い、腐りきった支配に抗い戦うこと。トーマ、その想いが本物ならこの手を取れ」


「‥‥‥俺は、騎士団の在り方に納得できなかった。結果として追放されることになりましたが自分の行いに間違いはなかったと思っています。

 スレイズ(ここ)でも同じことするかもしれませんよ?」

 

「ふっ、生意気言いやがる。好きなだけかかってこい、全部相手してやるよ」


「よろしくお願いします」


 警戒は解かない。

 ただ、この人は信用できる。 

 だから俺は差し出された手を握った。


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