第二十二話 摸擬戦
騎士団兵舎 修練場
縦150m×横100mくらいの大きな修練場の一角で俺はユリウスと対峙している。
きっかけは数刻前。彼の家で食事を振る舞ってもらった俺が彼から食後の運動にどうかと提案されたことにある。
戦闘はなるべく避けたいところではあるが、一飯の恩もありこれを承諾し現在へ至る。
オーディエンスはユリウスの妹のレイラと騎士団員の方々。
道中、すれ違う団員たちにユリウスが「今から摸擬戦やるんだけど観ていく?」なんて言うもんだからこんなに集まってしまったのだ。
しかし観衆がいる中での戦闘に慣れている俺には問題なし。
それにしても気になったのは、ユリウスが誰に対してもタメ口を使っていたことだ。
騎士団は基本的に爵位を継げなかった貴族たちで構成されており、その中には大貴族だった者もいるはず。まだ若いユリウスがそんな舐めた言葉使いをしていると反感を買うと思うのだがそんな様子もない。実力主義かとも考えたがそれもない。
所属が特殊なのやもしれん。
まぁ今考えても無駄なことだ。まずは目先のことに集中しよう。
目線を戻し心を落ち着かせ剣を構える。
別に武器にこだわりがないため普段通りに槍を使おうと思ったのだが、よく考えたらここは敵本拠地ど真ん中。今後何か行動するときに、その捜査上に俺の存在が浮上しないようにする必要がある。それにこの連中と戦うこともあるかもしれない。
手の内を隠せるのならそう努めるべきだ。俺の場合は槍と魔術。魔術使いの槍士というのは自分以外見たことも聞いたこともない。これは何としても隠さなくてはいけない情報だろう。
俺はちらりと手に持つ剣を見る。
修練用に刃を潰してあるとはいえこの重さ。下手をすれば相手を殺しかねない。
ユリウスの得物は同じく剣。その構えからは隙を見出すことはできず。
互いに構えてその時を待っていると───。
カンッ
どこかで音がした。集まった騎士の鎧同士がぶつかったのであろう。
決めていなかったがユリウスはこれを開始の合図にしたようだ。
ユリウスが駆ける。
俺は動かない。得物同士を打ち合わせるのは俺の戦い方じゃない。守りに徹して動きを観察するのだ。
初撃はユリウスの踏み込みからの上段。
それを受け止める。
確かに重い。が、逆にそこには妙な軽さがある。
矛盾しているようだが確信がある。
原因はすぐにわかった。身体強化をしていないのだ。
つまりこれは摸擬戦と銘打っているが飽くまで力試し。相手を負かそうとまでは考えていないようだ。
「おおっ!あいつアレを受け止めやがった!」
「なかなかやるじゃねぇか!」
などの団員たちの感心の声が聞こえてくる。
気迫のこもったいい一撃だとは認めるが言うほどか?と思ったが自分の格好を思い出す。
そりゃ魔術師が正面から剣士の攻撃を受け止めたらそういう反応もするか。
「やっぱり君は強い‥‥‥だが考え事とは随分余裕があるみたいだね!!」
「むっ」
剣に込める力が強くなった。これでは潰される。
こちらも負けじと押し返し剣を払って後方へ距離をとるが、相手はそれを許さない。速く、そして軽やかに間を詰めて連撃を繰り出す。
マズい、こいつもしかして俺のこと倒そうとしているのか!?最初の一撃は俺の実力を測るための確認?軽い手合わせってのはどこ行った!
「こ、これ‥‥‥本気じゃないだろうな」
「まだまだこんなもんじゃないさっ!」
ユリウスの猛攻はより激しさを増す。
流石に捌ききれんか。
「ちっ、仕方ない。───ファイア」
魔術名のみで発動させる技術、詠唱破棄で初級火魔術の火弾を発動する。それも一度に五発。
トーマにとってこの魔術は最も使い慣れた魔術であり、その威力は初級魔術でありながら中級のそれに匹敵するほど。
「ようやく使ってくれる気になったか」
仕切り直しのつもりだろうか。
不敵なユリウスはピタリと攻撃を止め、軽く後ろへ跳んで間を開ける。が、俺はそんなものに付き合ってやらない。
ユリウスの着地に合わせるように火弾を一発放つ。
当たったか?
モクモクと上がる土煙の中、姿を現したのは無傷のユリウス。着弾の瞬間に剣で切り裂いたのであろう。
真剣であって魔術を切り裂くのは容易ではないというのに彼は着地直後の不安定な体勢でそれを成した。少なくとも観衆の騎士共とは一線を画す実力者であることが判る。
「よく練られた魔術だ。帝都にも初級魔術をこの威力で出せる人はほとんどいない。君の全力がどのくらいか知らないが間違いなく一流だよ」
「どーも」
正面のユリウスに残りの四発の火弾を放つと、やはりというべきか、すべて先程同様に着弾寸前に斬り落とされる。
「ファイ───ッ!?」
追加の火弾を発動しようと詠唱していると、ユリウスは立ち上がる煙を切り裂くようにしてトーマへと迫る。
「そろそろ終いとしようか!」
弾む声色から彼が高揚しているのが分かる。
そして魔力操作・感知に長けたトーマのみがユリウスの体表が僅かに魔力に纏われているのにが気付いた。おそらく本人も意図していないことだろう。
魔力が込められた修練用の剣の鋭さは真剣と大差ない。
初撃と同様、上段からの振り下ろしの構え。
強化を施してある分、速度・威力ともに段違いのはず。
手の内を晒したくない俺にとって理想の結果は、これから繰り出される技と同程度の威力の技をぶつけて引き分けか俺の負けで終わること。勝利することは許されない。望む結果を演出するのだ。
「ハァァァアアアア!!!」
大声を出しているがこれは演出だ。
適当な加減に身体強化しながら剣の状態を確認する。
もともとあまり手入れされていないボロボロな物を選んだこともあり、先程の攻防によって大きな亀裂が生じていた。
これは使える。
高速の思考によって一気に作戦を立て実行する。
迫るユリウスの上段を半歩引いて、切り返しは身を翻して、払いならば受け止めて、反撃の一撃を繰り出すと───。
トーマの剣がユリウスの胴へと伸びる。
マズい!直撃する!
ユリウスの一瞬の思考。脳裏に走るのは『敗北』の文字。
誰もいない中での勝負ならこの結果でも良かった。しかし今ここにはレイラや大勢の騎士がいる。
無様を晒すわけにはいかない。
負けるわけには───
「いかないっ!!」
「なっ!?」
直撃するはずだった薙ぎはユリウスの剣に阻まれていた。
あの状況では回避も防御も間に合わないはずだった。トーマ自身も勝利してしまうと焦ってしまうほど。なのにあの状況からユリウスは防いでみせた。
何故か。わかっている。
ほんの一瞬だ。周囲の人間が感じ取る時間も無いほどの一瞬、膨大な魔力がユリウスを覆い、身体能力を限界まで高めたのだろう。
戦士なら誰でも習得している基本技能の身体強化。それを彼は豊富な魔力と天才的なセンスによって完璧に制御してこの神速を生み出したのだ。
ユリウスは受け止めた剣を払いのけるとトーマへ一閃を放った。
「うぐっ‥‥‥」
アルヴィとの稽古を思い出す程の凄まじい衝撃に膝をついてしまう。直前にユリウスが剣の魔力を消してくれたおかげでこの程度で済んだのだろう。これが真剣だと思うとゾッとする。
観衆から歓声が上がるとユリウスが急いで駆け寄ってくる。
「大丈夫か?すまない、力加減を誤ってしまって。あっ、これを使ってくれ」
渡されたポーションを飲むとみるみるうちに痛みが引いていく。
「ありがとう、助かった」
「本当にすまない」
「もう大丈夫だ」
ユリウスの手を借りて立ち上がるとレイラがヒョイっと間に入る。
「トーマさん、お兄様、お疲れ様でした。どうでしたか」
「君のお兄さん滅茶苦茶強かったよ。騎士ってのはみんなこんな感じなのか?」
「ううん、お兄様はね、他の団員たちとは所属が違ってね───」
「レイラ」
鼻を高くして語ろうとするとユリウスに遮られる。
その反応から見て他言できないような内容だと察することができる。
「ごめんなさい‥‥‥」
反省の色を見せる妹に兄貴はポンと頭をなで、こちらへと振り返ると。
「ところでトーマ、君はこれからどうする」
「そうだな、とりあえず仕事でも探しに行くよ。金ないし」
「お金が必要なのかい?どのくらい?」
なんでそんなこと聞くんだろうか。
「どのくらいってことはないけどまぁ、好きな時に図書館を利用できるくらいは。他にも入用になるだろうからあればあるだけ良いよね」
俺とアルヴィ、アリアは全員武器を持っていない。俺とアリアは魔術を使えるからいいものの近接戦闘と主とするアルヴィには厳しいものがある。強敵揃いの騎士団を相手にする可能性がある任務である以上、武具だけでも質の良い物を揃えておきたいのだ。
ユリウスはしばらく思案する様子を見せると何か思いついたようにレイラに尋ねる。
「そういえばレイラ、君は魔術の発動時間が縮まないことを思い悩んでいたね。ならトーマに教えてもらうというのはどうだろうか。さっきも言ったが彼の発動速度は目を見張るものがある。彼の下で学ぶのであればきっと今より優れた魔術師になると思うのだが」
「トーマさんが良いと仰るなら‥‥‥お願いできますか?」
上目遣いで懇願するレイラに内心ドキッとさせられるが、平静を装い応える。
というか王女様のときにも思ったがどうやら俺は上目遣いに弱いらしい。この子みたいな活発そうな感じしてる子からこういうしおらしい態度をされるとグッとくる。
「ま、まぁ給金が出るならいいけど。長期間は無理だぞ、そのうち別の街に行くから」
「ありがとうございます!お兄様やった!」
ユリウスは満面の笑みで抱きついてくるレイラの頭を撫でると懐から麻袋を取り出して俺に渡す。
「これは?」
受け取るとなかなかの重さだ。
これを懐に入れながら戦ってたのかよ。
「報酬だよ。金に困っているんだろ?」
「いや、まだ何もしていないし」
「引き受けてくれるんだろ?なら今渡すか後で渡すかの違いでしかない。それよりもこの子を頼んだよ」
中身を見ると大量の金貨と謎の紋様が刻まれた徽章が一つが入っていた。
これをポンと出せるなんて何者だろうかこいつは。
「こんなにも‥‥‥ん、これは?」
見たことのない紋だ。
俺は徽章を手に取りユリウスに尋ねる。
「それはおまけというかお詫びだ。それがあると図書館などの国が運営している施設を無料で利用できる。あと君の身分を保証するものでもあるから、取られたり無くしたりしないようにしてほしい」
「おおっ、それはありがたい。遠慮なく使わせてもらうよ」
なんと入館料無しだなんていい物を貰った。存分に使おう。
それから軽く談笑した後、俺たちは別れた。




