第十七話 くさい芝居、意外と気付かない
スレイズの拠点は結構多い。
俺たちが普段利用しているところはその中でも最大級であり教会領南部に広がる大森林のおよそ中心の地下に広がっている。
俺、アルヴィ、アリアの三人は現在、森の中から教会領を目指して移動中だ。
強力な魔物が出ないルートを進んでいく。
せっかく修理したのに使ってやれなかったベッドに後ろ髪引かれつつ小一時間ほど歩いていると、俺は『門』で領内まで移動できることを思い出した。
なので姫様救出のときに使った客のいない宿屋に転移することにした。
この宿はスレイズのメンバーが営業しているもので、場所自体かなり奥まったところに位置するため一般客がいないというわけだ。
客どころか店番すらいない。どうなってんだよ。
「よーし、じゃあ早速、必要なもん揃えにいくぞ。クロウさんからいくらかもらってるしさ」
俺は店から出ようとするアルヴィに待ったをかけた。
「ちょっと待った。お前はともかく俺とアリアは顔を見られるとまずい。まずはそこをどうするか考えよう。アリア、お前の顔を知っている奴はどれくらいいる?」
俺は反逆罪で逃げてきた元騎士見習い。俺のことを覚えている人間もいるかもしれない。
アリアは聖人タリアを開祖とするタリア教の元聖女だ。
一般人に顔が割れているかは判らないが教会関係者には素顔を知られているだろうな。
「‥‥‥私は祭祀の場にはよく出席していたし、少なくとも信徒は私のことが分かるでしょうね」
少しの間の後にそう答えた。
まだ今朝のこと怒ってんのか‥‥‥。あとでちゃんと謝っておかねば。
しかし信徒にまで知られているのか‥‥‥。
教会領と言われるだけあって人口のほとんどが信者だ。もしバレて騒ぎなど起こそうものなら任務どころでなくなる。
少し面倒だ。
「そうか‥‥‥ふむ。服装もどうにかする必要があるな。聖教のシンボルが目立つそのドレスは思ってる以上に人目を惹く」
聖教とはタリア教の別称だ。
俺の言葉にアリアはフンッとそっぽを向いて答える。
「‥‥‥つまり私であると気付かれないようにすればいいの?」
「そうだが、何かあるのか?」
「見てなさい」
そう言うとアリアは自身の体を魔力で覆い、編み込んでいく。
すると編まれた魔力は徐々にアリアの姿を歪ませ、やがて別人かと思わせる姿へ変化させていった。
「「おおっ!!」」
アルヴィと二人で感嘆する。
すごい技だ。魔術にこんなことできるのか?いや、竜の能力という線もあるか。
黄白色だった髪色が一瞬で薄紫に変化し、顔立ちも中性的なものになった。
これだったら服装やしぐさなどに気を付ければ、アリアのことを男だと思う人間も現れるだろう。
「どうよ、これなら身バレすることもないわ」
俺たちの反応が心地よいのか満更でもない様子だ。先程までの棘が和らいでいる。
「アリアはこれでいいとして、トーマだな」
「俺はテレシアさんから貰ったこのローブでいいだろ?フードを被れば顔を見られないし」
「ダメだ。そんな上質なローブを持っているのに着てる服がそんなボロボロな状態だったら、貧民がどっかから盗んできたと思われる。お前も知ってるだろ、この国の奴らは貧民たちへの当たりが厳しい。いちゃもんつけられるぞ」
「む‥‥‥。じゃあどうする?」
「お前の服を買ってくるからここで待ってろ。アリアは俺と来てくれ。お前もいつまでもあの服のままでは不便だろうし何着か買おう」
と言い残し二人は部屋を出て行ってしまった。
誰もいないこの宿屋に俺は一人残された。
仕方ない。テレシアさんがくれた本を読みながら待つことにしよう。
日の光がまともに入らない宿の中、俺は空に浮かべた光弾を頼りに本を読んで二人の帰りを待つことにした。
本の内容は魔術について、中でも結界魔術のことを詳しく記したものだ。
結界魔術とは簡単に言うと、結界内に在るもの全てを外からの干渉から守るというものだ。
ただこの結界魔術、かなりの高等な魔術みたいで本には理解しやすいよう図や絵など用いて説明されているがさっぱり分からん。
どうやら俺にはこれを理解するための基礎知識が欠けているようだ。
今まではとにかく覚えろと言わんばかりに攻撃魔術を叩きこんできたが、よくよく考えてみると初級魔術ができたら中級魔術、中級魔術ができたら上級魔術と徐々に難易度を上げていた。
気づかなかっただけで中級には初級の、上級には中級のと知識というか法則というか、そういうものを使っていたのかも知れない。
そう考えると魔術はどこか学問のように思えてくる。
本に記述されている結界魔術はおそらく複合属性の応用を利用した魔術。基礎の部分について記述されていればこの本一冊で完結するものの、現実そうではない。
つまりは現在打つ手なし。
本を閉じ、カウンターに突っ伏して待ち人の帰還まで惰眠を貪ることにする。
「買ってきたぞー」
‥‥‥早いな。
惰眠はまた今度だ。
「おかえり」
本を『門』にしまうと、ほらよとアルヴィから新しい服を投げ渡される。
上は白、下はベージュの組み合わせと茶色のブーツ。
なかなかのセンスだ。悪くない。
「助かる。‥‥‥うん?アリアは?」
着替えていると一人足りないことに気が付く。
「必要品の買い出しを頼んでる。食糧や食器、調理器具あとは寝具とか必要なもんは色々あるからな」
「そうか。なら早く合流しよう」
「いや、その前についてきて欲しいとこがあるんだ」
ーーー
アルヴィに連れられたのは冒険者ギルドだった。
トーマはあまりにどっしりと構えられたその建物に少し緊張する。
トーマは剣闘奴隷脱却後から騎士団に入団するまでの空白の一ヵ月で冒険者をしていたことがある。主な活動は森で薬草摘みだった。
わずかな懐かしさを胸にアルヴィに問いかける。
「ここに用でもあるのか?」
「ああ。お前、俺らが向かう街、ラトガトまでどのくらいあるか知ってる?」
「いや」
「徒歩で一ヵ月だ」
「一ヵ月!?」
「そう。長いし遠いんだよ。途中、川越え峠越えしなきゃだし。んでそういう街と街を繋ぐ道には大抵野盗がいる。俺たちなら多分撃退できるだろうけど、普通の旅人は護衛を雇う。というかいないと怪しまれる」
なるほど。だからギルドで護衛の依頼を出すというわけか。
意外と考えているなこいつ。
「ふむ、それで誰に依頼を出すんだ?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりにニッと口角を上げ。
「俺だよ」
アルヴィはそう答えた。
そうだ。こいつも冒険者だった。俺と違い真面目に活動してきた冒険者。それも現役のBランクだ。
冒険者のランクはE~Sまであり、依頼の達成数やその難易度、成功率などを評価してランクが決まる。アルヴィの上から三番目のBランクで中堅上位といったところだ。ちなみに俺は最底辺のEランク。
「確かに、身内に依頼すれば変に誤魔化す必要がないか」
他の冒険者に依頼すると、道中いろんなことを聞かれるだろう。本当のことを話すわけにもいかないから当然、適当に答えるのだがボロが出る可能性がある。リスクは背負うべきじゃない。だから始めからアルヴィに依頼をすることで情報の漏洩を未然に防ごうというわけだ。
「そういうこと。じゃあこれ持って」
とアルヴィから金貨5枚を受け取る。
「これは?」
「依頼料だ。ギルドはギルトの外で冒険者自身が客を連れてくることを禁止してるから一芝居うつ。作戦はこうだ───」
長々とセリフまで指定してきた。
作戦を簡単にまとめると。
1.アルヴィが先にギルドへ入り、後から俺が受付で依頼を出す。
2.俺の依頼をたまたま偶然近くにいたアルヴィが引き受ける。
3.ギルド職員、俺、アルヴィの価格交渉(八百長)
こんな感じだ。
ちなみに、アリアには多めにお金を渡してあるようで、余ったお金で馬車を借りる想定らしい。
その方が徒歩よりだいぶ時間を短縮できるからだ。
では実行。
アルヴィが先に入ってから十分。最近めっきり顔を出さなかったアルヴィに知り合いたちが話しかけているようだ。楽しそう‥‥‥。
そろそろ入るか。
ギルドの扉を静かに開け、受付へ一直線。
「あの~、依頼を出したいんですが‥‥‥」
チラッとアルヴィに目配せ。
どれしよっかなぁ、と呟きながら受付横の掲示板まで移動するアルヴィ。
演技はヘタクソだな。
「はい。ご依頼ですね。どのような内容でしょうか」
ニコニコと可愛らしい受付嬢だ。
「ラトガトまでの護衛をお願いしたいのですが」
「ラトガトですか‥‥‥少し遠いですね。今すぐというのは難しいですね」
「そうですか‥‥‥どうしよう」
ここでアルヴィの出番。
「お兄さんラトガトまで行きたいんだったら俺なんかどうだ」
「あなたは?」
「俺はアルヴィ、Bランク冒険者だ」
「アルヴィさん、お久しぶりです!」
受付嬢に久しぶりと返し、アルヴィは続ける。
「で、どうする?聞いた感じ他に当てがあるとは思えないが」
「是非お願いします。料金はいくら位になりますか?」
受付嬢は何やら計算を始める。
「そうですね。金貨5枚ですね」
おお、ちょうどぴったりだ。
「ちなみに内訳とかは‥‥‥」
恐る恐る聞いてみる。文句がある訳じゃない。興味本位だ。
「アルヴィさんに金貨4枚、ギルドに手数料として金貨1枚ですね。Bランク冒険者の相場に則った正当な金額です」
手数料持っていき過ぎだろ!?
「わかりました」
と金貨5枚を嬢に渡す。
「はいちょうどですね。ではこちら依頼書になります。ラトガトに着きましたらそちらのギルドに提出してください」
それで依頼完了か。
アルヴィと俺は依頼書を受け取り、ギルドを出た。
「よし、あとはアリアを見つけて馬車を借りるだけだな」
「ああ」
二人は揚々と街に繰り出した。




