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グレイ  作者: 家端独
第一章 
16/23

第十六話 休みなどない

 クロウは部屋で頭を悩ませていた。

 悩みとは当然、昨夜、トーマが聖女を連れてきたことだ。

 『門』での移動のため、ここまでの道程を知られてはいないが内に入れる前に一言言ってほしかった。

 いきなり紹介されたときは流石に身構えた。

 

「まぁまぁ、昨日散々話し合ってあの娘の本音が聞けたじゃん。ここは素直に戦力が増えたって喜べばいいんだよ」


 イザノバは気楽そうに言うが、クロウはそれが気に食わない。


「確かに戦力は増えた。が、それ以上にリスクが高まった」


 竜騎士は、竜の因子を取り込んだ人間、人に化けている竜と言い換えることもできる存在だ。

 そのようなものを下せるの力があると伝われば、周辺の竜騎士は必ず出張ってくる。

 単騎で来るのなら対処は可能だが、複数は流石に厳しい。

 

「何とかなるって」


「お前は楽観的過ぎる」


「はいはい、そこまで。もう、すぐに喧嘩するんだから‥‥‥。

 過ぎたことよりこれからのことでしょ」


 テレシアは手慣れたように二人を仲裁し、話を前に進める。


「ああ、そうだな。では、かねてからの計画通りトーマとアルヴィの二人を他の都市に向かわせ情報を集めてもらおう。最近は邪教の連中も活発になっているしな、早めに対処しておきたい」


 トーマの『門』は現在地と目的地への移動を省略する能力だとクロウは聞いた。それには移動の道のりを体験し記憶する必要があるとも。

 スレイズの活動範囲を広げるにはこの力は必要不可欠。

 ならば、帝国との緊張が厳しくない今のうちに彼には多くを見てきて欲しい。

 それがクロウの思いだった。


 クロウの言にテレシアは首をかしげる。


「ん~、やっぱり二人だけじゃ危険じゃない?ほら、邪教徒っておかしな術を使うから人数は多い方がいいと思うんだけど」


「じゃあ、アリアを連れて行けばいいんじゃない。あの子って竜騎士だったわけだろ、戦力としては十分だと思うんだが」


 イザノバの提案を思案する。


「ふむ、確かに彼女なら申し分ない。それに彼女をまだ信用できない奴も多い。ここに残してトラブルを起こされるよりあいつらに任せた方が楽か」


「決まりだな。

 あとは俺らだけど‥‥‥」


「お前にはダランドルへ偵察に行ってもらう」


「ウッ‥‥‥」


 イザノバは分かりやすく嫌な顔をする。

 しかしそんな顔をするのも分からなくもない。

 

 ───鉱山都市ダランドル。

 教会領の東、大山脈を越えた場所に位置する都市で、大山脈から採れた上質な鉱石を求めて多くの職人たちが集う職人の都でもある。

 しかし、西には大山脈、北と南には深い森と壊滅的にアクセスが悪く、実質、陸の孤島とも言える。 イザノバが嫌がるのはここにある。


「毎度のことで悪いがお前しかいないんだ」


「他の奴らは?」

 

「全員出払っている」


「じゃあ、お前が───」


 俺はテレシアに目配せをする。


「イザノバ、諦めなさい」

 

「ッ‥‥‥」

 

 テレシアの一言で沈黙したイザノバはうなだれながら部屋を後にする。

 一度ゴネるとなかなかしつこいイザノバにはテレシアをぶつけるのが一番だ。

 昔からあいつはテレシアの言葉にだけ従順なのだ。


「助かるよ」


「いいわよ、それで私は何をすればいいの?」


「いつも通り結界を頼む」


「防御と認識阻害ね。それとこの前も見つかりそうになったし念のため範囲を広げておくわね」


「助かる」


「お安い御用よ」


 というとテレシアは結界を張りに向かった。


 

 一人部屋に残ったクロウは、ふぅと一息つき、冷めた紅茶を呷ると部屋を後にした。


ーーー

 

 まだ朝だというのに今日は一段と大変だ。


 アリアのことは置いといて、クローディアから聞かされた竜の力についてだ。

 これはクロウさんたちに報告すべきなのだろうか。

 悩ましい。


 『実は俺も竜騎士と同じ力を持っているんですよ』なんて伝えたところで使える能力に変化はないし意味はあるのだろうか。

 ただ困惑させるだけなら、いっそ黙っている方がいいのかもしれない。


 考え事をしながら廊下を歩いていると、後ろからポンと肩を叩かれる。

 風に乗ってフワッと香るいい匂いを堪能しながら振り返る。


 「おはようございます。トーマさん」


 シャーロットだ。

 気品のある人からは品のある香りがするのだろうか?

 『様』から『さん』になったことで何だか距離が縮まったような気がする。


「おはようございます姫様。どうかされました?」


「それに用が無ければ話しかけてはいけませんか?」


「そんなことない。そうだな、これから食堂に行こうと思っていたんだけど一緒に来る?」


「是非!」


 彼女は嬉しそうに首を縦に振った。



 今日の朝食は硬いパンと味の薄い野菜スープ、それと焼いた魔獣の肉だ。

 どれも産地不明。

 普段護衛に選んでもらっていた姫様は勝手が分からないため俺と同じメニューだ。


「そういえば姫様、いつも一緒にいる護衛はどうした?」


 クレアだっけ?

 あの姫様第一主義のあいつがいないのが気になった。

 もしいたのなら、朝食にも文句を言っていただろう。


「クリスですか?あの子は朝の修練にいってますよ。この前の襲撃のとき、何もできなかったのがこたえたみたいで」


 この前ってどっちのことだろう?

 騎士共の襲撃のときか、姫様救出のときか。

 まぁどっちも大して役に立たってないからいいや。


「へー、意外と努力家なんだな」


 適当な返事をする。

 二人並んで硬いパンをモチャモチャと咀嚼している間、僅かな沈黙の間があったが、姫がそういえばと話を振ってきた。


「ねぇトーマ様?私たち以前どこかでお会いしませんでしたか?」


 最近はずっと顔を合わせているではないかと思ったが、彼女が言いたいのはそういう事ではないのだろう。


「急にどうしたの?」


「実は私、一度でも言葉を交わした方のお顔は忘れないという特技があるんです。

 ですから、既視感を覚えることはないのですが、トーマさんを初めて見たとき‥‥‥」


「見覚えがあったと」


 彼女はコクンと頷く。

 俺は数日前の姫様救出を思い出す。

 ああ、やけに見つめてくるなと思っていたがそういう事か。


「だからもしかしてトーマさんと私、前にどこかで顔を合わせているんじゃないかって思ったんです」


 確信が持てずモヤモヤしていたのだろう。

 早く答えろと言わんばかりの視線を向けてくる。

 

 俺はハァと一息つき、一旦食事の手を止める。


「そうだな、有るか無いかでいえばあるけど、でもほんの一瞬だけだぞ?」


「本当ですか!?それはいつ!?」


 シャーロットは目を輝かせて問う。

 近い‥‥‥。そんなに気になるもんかね。


「ニ年前の王都でだよ。お姫様のドレスを汚した田舎者を覚えてる?」


 そう、二年前だ。

 母の勧めで王都まで見聞を広めに行ったとき、俺はこの娘と出会っていた。


「はい。随分とはしゃいでいたので旅行者かと思いましたが‥‥‥。まさか!」


「当時とは体格も髪色も違ったから気付かなかったんだろうさ」

 

 当時の俺は今の灰髪ではなく黒髪だった。


「‥‥‥運命」


 言いたいことを言った俺が食事を再開しているとシャーロットはニヤケ顔でボソッと呟いた。

 シャーロットは俺の真横に座っているためその呟きは当然耳に入ってきたが、一々反応しない。

  

「おーい、飯冷めるぞー」


 と呼びかけたところでシャーロットはハッと意識を戻し食事に戻る。

 なんとなく会話が途切れ、少しの静寂が二人の周りを漂う。

 すると───。


「あ~、疲れたぁ~。誰かあの人たちに手加減ってものを教えやっとくれ~」

 

「‥‥‥」


 弱音を吐くアルヴィと喋る余裕すらないクリスがボロボロな格好で入ってきた。

 朝稽古終わりだな。

 二人は食堂のおばちゃんから料理を受け取ると席を探してうろつき始めた。

 席を探すといっても、空いてる席ではなくて落ち着く席を探しているのだろう。

 だって空席だらけだし。


「おーい、こっちー」


 手を振って呼ぶと二人は正面に座った。

 姫様に労われているクリスを横目にアルヴィは話す。


「おはようトーマ君。今日は早いね」


「おはようアルヴィ君。水いるかい?」


 とまだ口をつけていないコップを差し出すとアルヴィは頂こうと受け取る。

 

「にしても本当にどうした?お前が早起きとは珍しい」


「アリアに起こされてな。眠れなくなったんだ」


「へぇー、って聖女ちゃんがお前を起こしに来た!?どういうこ──」


「ど、どういう関係なんですか!?」


 食い気味にアルヴィを遮ったシャーロットの言葉には鬼気迫るものがあった。


「‥‥‥落ち着け、アリアとは何にもないし、なんであいつが起こしに来たのかも判らない」


 シャーロットの迫力に俺は気圧されてしまっていた。

 ちょっと怖いぜ。

 俺の否定に彼女はふうっと胸をなでおろす。


「ふう~ん。あ、そういえば今朝にやたらと殺気立ってたのを見たんだけど何か知らない?」


 と切り出すアルヴィ。

 へぇー、あいつが怒るねぇ?

 昨日の感じから温厚な人柄だと思ってたんだが‥‥‥。

 怒らせるたぁ何があったんだ?

 なんて心に感想を響かせていると今朝の出来事を思い出す。


「ああ~」


「なんだ?お前なんか心当たりでもあるのか?」


 ある。が、これは言うべきではないだろう。

 彼女が来てまだ一晩しか経っていない。話せる人も限られている。そんな状況の中、あいつは勇気を出して俺の所まで来たというのに俺はそれをいたずらという方法で追い払ってしまった。

 怒っているのは俺のせいかもしれないしペラペラと喋る訳にもいかないか。


「いや、ないな」


 アルヴィが見透かしたような目を向けてくるが構わない。喋らないと決めたのだから。

 俺は心の中で決意表明しながら食器を重ねて席を立つ。


「もう行くのか?」


「ああ、やることがあるからな。姫様はどうする?」


「私はもう少し残ります。やっとクリスの元気が戻ってきたので」


 シャーロットは妹を見るような目で愛おしそうにクリスを見ている。

 聞けば幼いころからの付き合いだそうだ。王国を脱してからここに来るまで多くの苦難があったと聞いてるし本当の姉妹のような関係なのだろう。


「そっか、じゃあまたあとで」


 と言い食堂を出た。


 今朝の騒動。アリアに悪戯を仕掛けた俺はその報いとして彼女の拳骨を頂いた。

 彼女の拳の衝撃は凄まじく、俺の額を貫き使っていたベッドにまで破壊した。

 今は工具片手にトンカトンカと小気味よい音を響かせて修理に勤しんでいる。


「うわぁ、これもう一から作り直した方がいいんじゃないの」


 おかしな方向へひしゃげたベッドの足を手に取って呟く。

 

 それから小一時間、不細工だが一応機能を取り戻したベッドが完成した。

 

「やっっっと終わった‥‥‥。あとは飛び散った木片を片付けるだけっと。ん?」


 最後の工程に取り掛かろうとすると廊下からツカツカと足音が響き、音が入り口付近で止まったため目を向けるとアルヴィがいた。


「どうかした?」


「次の作戦が決まったぞ。ついてきてくれ」


「おう」


 風魔術で床のごみを一か所に集め、アルヴィの後を追う。



 いつもの会議室には既にクロウとアリアがおり、俺たちも近くの席についた。


「全員来たか、いきなりで悪いがお前たちには密偵として各都市を巡ってもらうことにした」


 相変わらずクロウさんには前置きというかクッションのようなものがない。

 本題しか言わないから手っ取り早くはあるけど、コミュニケーションをとれている気がしない。


 それにしても密偵?俺たちが?


 三人は互いに顔を見合わせる。


「そういう訓練受けたことある?」


 アルヴィが俺たちに問いかけるがそんなの当然。


「ない」

 

「ないわ」


「だよな。クロウさん、人選見直した方がいいじゃないですか?イザノバさんとか。密偵なんて素人がやっていいことじゃないですよ」


 アルヴィよく言った。お前の言う通りだ。

 なんて感想を心で呟いていると、クロウは難しそうな表情で口を開く。

 まるで、こんな状況じゃなきゃお前らには頼まねーよとでも言いたげだ。

 クロウと出会って二年程経つがこんな表情は初めて見る。

 無表情か黒い笑みしか見たことなかったため少々面食らってしまう。


「イザノバは出払っているし、余裕があるならもう少し慎重な選択をとる。しかし情報収集に長けている奴の多くは先日の教会領での戦闘で負傷しているし、今まともに動けるヤツはお前たちぐらいなんだよ」


 人手不足か戦力不足か。

 どっちも同じか。戦力が足りないから本来戦闘職じゃない人も戦闘に駆り出されたんだ。

 だったら密偵の訓練すら受けてない俺たちが密偵として各地を巡らなければいけないのは道理だ。これは互いに足りないものを補い合う協力だ。


 それに、とクロウは続ける。


「さっきは密偵と言ったが、実際は遊撃隊に近い。

 各都市の情勢や戦力、竜騎士の能力などあらゆる情報を調べてこちらに報告し、その必要があり可能だとお前たち自身が判断した場合にのみこれの撃破。これがお前たちの任務だ」


「わかりました」


 と返事をする。もとより拒否権は無いのだから。


「いつから、いつまで?」


 と恐る恐る尋ねるアリア。俺も気になる。

 クロウさんに呼びつけられるときは大体、今晩とか明日とか作戦会議の直後に開始されることが多い。

 心の準備が間に合わなくて辛いんだよ。

 そんな思いも虚しく。


「今日のうちに行け」


 と言い放つ。

 ですよね。アルヴィも下向いてるし。

 最早予想通り過ぎて何も言うまい。

 

「解散」


 クロウの言葉でトボトボと部屋を出た。


ーーー


 退室し、各自準備にかかった。

 俺が向かった先はテレシアの研究室だ。

 テレシアは先程の会議に顔を出さなかっため一言挨拶を済ませておきたいのだ。

 コンコンとドアをノックして入室する。

 相変わらずごちゃついてる部屋だ。右も左も下から上へと魔術に関する本で溢れかえっていて、今にも崩れそうな塔もちらほら見受けられる。


「テレシアさんいますか?」


 とほとんどない足場を渡って声をかけると部屋の奥から本の山が崩れる音がした。

 あっちか。

 音源の方へ進むと、照れながら本に埋もれる人がいる。


「何してるんですか」


「探し物をちょっとね。ほら、ぼさっとしてないで手を貸してちょうだい」


 はいはいとトーマはテレシアを本の山から引っこ抜くと、彼女は衣服についた埃を払う。

 そして何もなかったかのように美しい銀の髪をたなびかせながら言う。


「どうかしたの?講義の予定はないはずだけど」


「いえ、これから任務でここを長期間開けることになるので挨拶をと思いまして」


「ああ、そうだったわね。ちょっと待ってね‥‥‥あった。これを持っていきなさい」


 崩れた山の中から渡されたのは紺のローブと一冊の本。


「これは?」

 

「餞別よ。しっかりと頑張りなさい」


 優しく力強い眼差しだ。

 なんか適切な言葉が思い浮かばない。

 だから。


「はい。行ってきます」

 

 ありきたりな返事になってしまった。


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