第十五話 また知らないところに‥‥‥
『やぁ、おはよう』
俺を目覚めさせる声が頭に響く。
聞き慣れた声だ。
スレイズに来てから数日に一回ペースで、早朝に聞こえた声。
いつもは言葉にならない声だというのに、今日はやけによく聞こえる。
この声が聞こえたら起きる、という刷り込みが施されていたトーマはゆっくりを目を開ける。
「‥‥‥ここは?」
真っ白な空間だ。
果てが分からないほど広い空間。
何度か訪れたことがあるような‥‥‥。
周囲を確認しても。
「やはり何もない。‥‥‥うん?」
意識が覚醒してきたところで背後から微かに気配を感じ、振り返る。
「これは‥‥‥!」
依然として空間自体は真っ白なんだが、『そこ』にポツンと家が建っていた。
例えるなら、まっさらなキャンバスに中心から絵を描き始めたかのような。
境界線がぼやけていて不思議な光景だ。
俺は家に近づき、ドアをノックする。
「ごめんください。誰かいますか?」
すると、どこからか女性の声が返ってくる。
「はーい、いまーす。裏に回っておいでー」
あの声だ。
俺は言われる通りに裏側へ行くと。
青々とした芝生に木製の椅子とテーブル、そして日除けの傘。
その影に包まれ悠々自適に読書している女性。
太陽なんてどこにも無いのに影があるってどういう事だよ。
そんなこと考えていると女はパタンと本を閉じ、立ち上がった。
女性にしては高身長だ。170cm位か。
白銀色の長髪。
雪のような白い肌。
縦長の瞳孔。
同時に俺はなぜかアリアのことを思い出していた。
そういえばあいつもこんな眼をしていたっけ。
「初めましてだね。トーマ君」
彼女は透き通るような声で話しかけてきた。
「初めまして、名前を伺っても?」
「いいけど、座って話そうか」
俺は促されるまま彼女の向かいに腰掛ける。
「それで───」
「私の名はクローディア。ここの住人よ」
ここの住人。
確かに彼女はそう言った。
「ここに住んでる?この場所は?なぜ俺はここに?」
「まぁそこからだよね。なにから話そうか。
何ヵ月か前にエルフの老人からこんなものを受け取らなかったかい?」
クローディアは弱弱しい輝きの光球を発生させる。
「ッ!ああ、確かにもらった」
「アレは私の魂なんだよ。核とも言えるね」
「‥‥‥は?魂?核?」
「あ、その顔信じてないな。
いいかい、すべての生き物には魂がある。一つの命に一つの魂が基本だ」
「じゃあなんであのエルフから君の魂が出てくるんだ。俺の意識はしっかりしてるから自我を侵食するわけではないんだろうし、エルフ種は二つ以上魂を持っているのか?」
人格が複数ある種族など聞いたことがない。
一つの命に一つの魂、この人の言を信用するのなら、あのエルフが例外だったといえるな。
実際、俺に光の球を渡した後も普通にしていたし。
説明を切られてムスッとするクローディアだが、俺の疑問に嬉しそうに反応する。
「いい質問だ、君は賢いね!
まずは、一つの命に一つの魂。これはエルフも例外じゃない。そして魂の譲渡、これも普通の生物にはできない。そもそも自らの意志で取り出すことはできないし、仮に取り出せたとしてもその瞬間にバラバラに砕けて星に吸収されてしまう。
ではなぜ彼は君に魂の譲渡ができたのか。
それは彼が普通の生物ではなかったからさ。
君の近くにもいるだろう?人の身でありながら人ならざる力を持つ存在が」
「アリア‥‥‥いや竜騎士か」
俺たちが帝国を倒すために越えなければならない最大の障壁だ。
確か
「大正解!!竜の魂というのは強力な魔力の膜に覆われていて体外に出ても吸収されないんだ。
そして君はさっき自我の侵食はないと言ったね。惜しいよ。自我より先に身体が侵食されるんだ。考えてごらん、竜の魂と人の魂が一緒だと思う?そう、質も大きさも全く違うんだ。魂を受け入れる器のサイズが全く合わないんだ。だから宿主の器を拡張し、それに合う身体に作り替えるんだ」
なるほど。
体つきや魔力量の変化はこれが原因か。
‥‥‥ん?
「ってことは俺も竜騎士たちと同じ存在になったってこと!?」
「そうだよ。君は騎士じゃないから竜人ってとこだけど」
なにサラッと言ってんの?
「そんな簡単になれるもんなの竜騎士、じゃなくて竜人は」
「まさか、言ったでしょ魂の質が違うって。器の拡張に耐え切れずに死ぬことの方が多いよ」
「あの爺さんなんつー博打を打たせやがったんだ‥‥‥」
とは言いつつも満身創痍で背中に毒矢が刺さっていたあの状況では仕方ないことであったのも理解できる。
「待てよ。クローディアさんの魂が入って竜人になったってことは、クローディアさんは竜だってことにならない?どう見ても人なんですけど」
「あ~それね、うん。私はちょっと他とは事情が違うっていうか特別なんだ。
まぁ、たまたま人の形をしていたとでも思えばいいよ」
先程の饒舌ぶりから一転して答えを明確にしないのは話す気が無いからか。
歯切れの悪さを誤魔化すかのように彼女は話し始める。
「それで、だ。君の最初の質問に答えよう。そろそろ君の友達が叩き起こしに来るからね。
まずこの場所についてだが、結論から言うとここは君の魂の器の中だ。精神世界ともいう。
広げたのは私だけどまさかここまでになるとは思わなかったよ」
にこやかに微笑むその表情は大変興味深そうに俺を見据えている。
「へー。ちなみにこの広さは異常?」
「うん!おかしいよ!人のキャパシティを大きく超えてる。私が生きてた時代にもここまでの生物はいなかった。いや、一人いたかな。それくらいのレベルさ」
「そんなに凄いのなら何かいいことでもある?」
絶賛されて淡い期待を抱くが、
「ないね」
とバッサリと斬り捨てられる。
「‥‥‥そっか」
「二つ目のなぜ君がここにいるかの答え、これは単純、私が呼んだからだよ」
「理由を聞いても?」
「暇だったからに決まってるじゃない。どれだけの間、私が一人で過ごしていたの思ってるの。
何日も声をかけてたのに全く反応しないし」
毎朝毎朝声が聞こえていたのはそういう事だったのか。
「それで、いつ俺は現実に戻れるんです?ずっとこのままは流石に‥‥‥」
気が狂いそうだ。
色が無い世界というのは想像以上に不安になる。
「安心して。体が目覚めれば勝手に戻るわ。
言ってる間にほら、お友達が起こしに来たわよ。あれはアリアちゃんね」
「なっ‥‥‥。勝手に人の部屋に入ってくるな‥‥‥よ」
うん?体が重いし、意識がぼんやりしてきた‥‥‥。
まずい‥‥‥。もうダメ。
急な身体の異変。
俺は伏せるように机に倒れ、意識を手放す瞬間。
クローディアの弾んだ声が聞こえてきた。
「またね。トーマ君」
朝。
部屋の扉がキィとゆっくり開けられる。
「起きなさい。ねえ、起きなさいよ」
勝手に部屋に上がり込み、ゆさゆさと寝ている俺の身体を揺さぶり起こそうとしてるのはアリア。
感覚的にはクローディアの言うところの精神世界で倒れた直後なので既に意識はしっかりと覚醒している。
なのでもう起きてもいいのだが。
ここで素直に『ん?アリアか?おはよう』なんてつまらない返しをするのはなんか嫌だ。
しょうもない悪戯心に従うことにした22歳のトーマは────。
「わっ!!!!!!」
至近距離で渾身の咆哮をかますことにした。
朝一とまではいかないが日は昇ったばかり。
当然アリアも寝起きであるわけで、加えて目の前の男の子はまだ眠っている(と思っている)。
不意打ちの咆哮に驚くのは当然であり────。
「わぁぁぁああああーーーー!!!!」
なんて可愛らしい声を上げてしまうのは仕方ないのだ。
ただ咄嗟に取った行動は可愛らしくなかった。
アリアのいい声が聞こえたので薄目を開けた瞬間。
「!?!?」
アリアは拳を振り上げていた。
マズいマズいマズい。こいつ拳に魔力込めてるぞ。目を瞑ってるし無意識か!?
どうする!?あんなのまともに受けるわけにはいかない。
魔術で吹っ飛ばすか?いや、流石にアリアに悪い。
防御だ。防御すればいいんだ。そうしよう。
アリアの狙いは恐らく顔面。
であれば、顔の前で腕を交差するだけなのだが‥‥‥。
‥‥‥あれ?
‥‥‥寒くなってきたから重ねて掛けていた布団が邪魔で手が出せない。
振り下ろされるまでの刹那、トーマは布団の中でモゾモゾして思考を加速させていたが。
しまっ────。
鉄槌が如き一撃は容赦なく下された。




