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グレイ  作者: 家端独
第一章 
14/23

第十四話 月下の勧誘

 満点の星空も大きな真円の月の光には霞んでしまうみたいだ。

 そんな小さな発見を内心で喜び、星々と共に月光に照らされる俺は一人で平原を歩いていた。

 

 日中に聖女が攻めてくることはなく、スレイズは巧みな戦術と魔獣との連携をもって騎士共を返り討ちにしてやった。今頃は涙目敗走のまま領内へ逃げ帰っているだろう。

 この機を逃すまいとクロウたち精鋭部隊は追撃をかけ、そのまま領内へと侵入。

 そして騎士団や教会の高官を倒し政権を奪取し、領地運営を俺たちの活動に理解のある貴族に委ねることで、表向きには『今ちょっと敵のせいで教会ぐらついてるから、立て直すまで信用できる奴に運営任せることにしたわ。すぐに戻るから心配せんといてな』ということにする。


 ふふ、やはりクロウさんは頭が切れるようだ。

 姫様救出のときか。自分の仕事も言わなかったくせにあの場にいたのは、運営を任せる人物に話をつけるためだったからだろう。


 そんで、アルヴィたちが騎士退治に勤しんでいるんだろう頃合いになぜ俺が一人こんなところをほっつき歩いているのかというと、いつになっても聖女が現れないからだ。

 クロウも日中の内に、もっと言うと騎士たちが撤退する前には姿を見せると考えていたようだ。しかし一向に現れる気配はないため、不安は残るが作戦を進めることにしたというわけだ。


 もし領内にいるのならテレシアさんが合図を出してくれるので急いで向かう。そうでないなら、この先にある丘の上から自力で探す。


 などと考えていると。


 ゾクッ


 ふと視線を感じ、その方向に目をやるとそいつはいた。

 目的地である小高い丘、その上に佇む一つの人影。


 純白のドレスに身を包む少女。ウェーブのかかった髪は、白と黄色の中間のような色をしている。先端に拳サイズの魔石をはめ込んだ見るからに高価そうな白杖。

 どれも目を惹くほど美しくものであった。

 しかしトーマの注目は、彼女の淡い金色に輝く縦割りの双眸に集められた。

 別に珍しいわけではない。リザードマンや猫系の獣人に多く見られる特徴だ。

 だが彼女にそのような様子はない。

 だから何だという話だ。

 言うなれば、そう、ただ惹かれたのだ。その瞳に宿った神秘に。


 可憐なその姿に反して溢れ出す威圧のオーラに一瞬遅れて気が付いた。

 そして理解した。

 こいつが聖女だ。

 世界屈指の実力者。内に竜を宿す者。


「今日、反乱分子との戦闘によって多くの騎士たちが傷つきました。彼らには帰りを待つ家族がいた。その方たちの悲しみを踏みにじってまであなた達の成し遂げたいことはなんですか?」


 聖女は俺と視線を交えると、見定めるように問う。


 俺の正体はバレてるわけか。


「みんなが幸せでいられる世界」


「本気でいってるんですか」


「本気だよ。

 俺は思うんだ。世界には『幸せ』や『苦しみ』が存在して、その量は実は限られているんじゃないかって。本来はそれぞれが決まった量を享受できるはずなんだ。でも、現実は強者が『幸せ』を独占して、その分の『苦しみ』を他者に押し付けている」


「だから強引な手段をとるのは仕方ないと?」


「そうだ」


「その結果、多くの人が傷つくとしても?」


「必要なら」


「そうですか」


 彼女は手にする杖をトーマに向けると、その先端から一条の光線が発射される。


「なら、散りなさい」


 咄嗟に回避を選択する。

 直撃した地面は大きく抉れていた。


 俺は駆け出し、聖女へ三発の火弾を放った。時間差で着弾するように調整する。


 三発の内、二発は光線によってかき消されてしまったが最後の一発は命中する。


 モクモクと上がる煙の中から聖女は現れるが、その姿に傷はない。


「防いだか」


「この程度」


 余裕綽々な様子だ。

 俺はこの一瞬の間に一つの違和感に気付いた。

 火弾の威力・速度ともに申し分なかったのは上がった土煙から察することができる。だというのに奴は着弾の瞬間、防ごうとも避けようとも、その素振りすら見せなかった。

 何かある。


 確かめるために、足に魔力を溜め、一気に加速して近づき槍を振るった。

 またして防御を見せない。

 だが、その余裕の正体が判明した。

 聖女を中心に全方位を包む透明な壁が阻んでいたのだ。


「魔力障壁!」


 以前、テレシアとの模擬戦闘で見たことがあった。魔術には欠かせぬ属性を持たず、ただ魔力を固めて作り出す壁。本来は大した強度を持たないはず。これは次元が違った。


「なんて威力‥‥‥。これほどの力がありながらなぜっ!!」


 聖女を中心に数十本の光線が放たれ、思わず距離をとる。

 彼女がやけに苛立っているように見えた。


 なぜ‥‥‥、なぜ、何なのか。

 俺には彼女の言わんとすることが分からなかった。なぜ彼女はこれほどまでに憤っているのか。

 出発前、俺は聖女について仲間に訊ねてみた。しかし誰もが知らないという。

 

「お前はどうなんだ。何をしてきた!」


 なんで俺はこんなにムカついているんだろうか?

 

「なにもできないのよ。力があるから、地位があるからできないのよ!私が下手に動くとどうなるか分からないからこれ以上酷くならないように頑張ってきた!なのにそこにあなたたちが現れたからッ!」


 彼女は先程までと打って変わって激しい感情を見せたと思うと、杖を大きく空に掲げた。


「だから、これ以上悲しみが生まれないように、お前たちをここで、倒す!」


 夜空を見上げると無数の光が広範囲に広がっていく。

 何だこれは。星ではない。空高くにあるのは間違いないが近すぎる。


 「『光星爆撃(スターマイン)』!!」


 まずいっ


 頭上に大きく『門』を展開すると同時に光の粒が地面へ落ちてくる。

 

 一撃一撃が地面を砕くほどの威力を持っていた。

 なぜクロウは俺一人で行かせたのか、なぜ聖女は一人でいたのか理解できた。

 こいつの技はどれも強力すぎるから敵味方関係なくすべてを破壊してしまうんだ。


「クソッ‥‥‥」


 土煙で視界が悪い。これでは聖女の居場所が分からない。

 仕方ない。


 土煙で場所が分からないのは聖女も同じだろうと踏んで光線の雨の中を突っ切る。


「これでも食らえ」


 やはり聖女の近くは安全地帯であり、そこからの至近距離の強化された拳。

 当然、先程同様に防壁を張るが想定内だ。

 拳が防壁に触れる直前に『門』を開き、腕ごと防壁の内側に転移させる。


「なッ!?‥‥‥ぐっ‥‥‥」


 放たれた衝撃がもろに聖女を貫くと、彼女はよろめき膝をついた。

 

「この魔力‥‥‥!まさか竜を取り込んで‥‥‥!?」


 こちらを見据える顔には、驚愕の色があった。


「竜?何を言って──」


 トーマにそんな覚えはない。

 だとしても彼女の確信は揺らがない。


「やはりこのまま帰すわけにはいきません!」


 聖女が白杖に魔力を送り始めると、その先端に金色の刃が現れた。


「いきます!!」


 槍のような姿になった杖を振るう彼女は近接戦もできるようで、無駄のない動きでトーマを苦戦させる。


「‥‥‥ッ!!」


 帝国式槍術。

 技も力もトーマでは彼女には及ばないようだ。致命傷こそ何とか回避するが、全身に刻まれる切り口から血飛沫が舞う。

 侮っていたわけではない。彼女が想定を超えていたまでのこと。

 魔術の威力や正確性はずば抜けており、近接戦もこなせる。

 それに厄介なのが、この魔力障壁だ。

 分が悪いため距離を離そうと、自爆覚悟で火弾を炸裂させても防がれてしまう。


 ならば、ここは身体強化に専念して一気にケリをつける、それしかない。


「ハァァァアアアア!!」


 巡る魔力を加速させる。


「まだこれほどの力を!?」


 聖女は一旦距離をとり光線を放つが、トーマはそれを軽々と回避して全力の拳を再び放つ。

 聖女は杖を盾にし防ぐがあまりの威力に杖は折れ、トーマから遠ざかる。


「まだ‥‥‥終われないっ」


 その目には未だ闘志が宿っている。

 しかしトーマにはその姿がとても痛々しいものに映った。

 まるで何かに取り憑かれているように。


「お前は何のために戦っているんだ?」


 トーマの内に湧いてきた純粋な疑問に聖女は悔しそうな声で答えた。


「平和のためよ」


「誰のための平和だ?騎士か、貴族か?お前は言ったな、これ以上酷くならないようにしていたのに俺たちが来たからって」


「‥‥‥」


「くだらない言い訳だな。お前の言う平和ってのはただの現状維持に過ぎない。要はお前はただ自分の手を汚したくないだけなんだよ」


「ば、馬鹿にするな!それくらいの覚悟、とっくに──」


 激昂したする聖女の言葉を遮り続ける。


「それが出来ているのなら、既に何かしらの変化は起きている」


「それは‥‥‥」


「今からでも遅くはない」


「えっ‥‥‥」


 俺は何を言おうとしているのか。自分でも分からない。脳が言葉を選択する前に口が勝手に動いている。そんな感覚だ。


「もし、お前が何か変革を望むというのなら、俺と来い。いや、来るべきだ」


 聖女は一瞬ポカンとした表情をみせる。


「な、何を言って───」


「戦う相手が違うと言っている。民が貧しいのは俺たちのせいか?力無い者たちが虐げられるのは俺たちのせいか?違うだろ。お前が真に平和のために戦いたいというのなら、相手は俺たちじゃなく帝国だ。このまま一生、人々に奴隷のような生活をさせ続けるか、俺たちと共に帝国を変えるか。お前はどっちを選ぶ」

 

 考える隙を与えずに畳みかける。

 苦悩する聖女は弱弱しい声を発する。


「あなたたちにこの国は変えられるのですか」


「絶対とは言わない。だが何もしないよりかはマシだろう」


 さっきまでの顔と違い何か決心した表情になった。


「いいでしょう。その言葉、信じます。

 ただし、もしあなた方が使命を忘れ私欲に走るようなことがあれば、この力のすべてをその身に刻み付けてやります」


「ふっ、それでいい。

 そういえば名前は?」


 聖女聖女とみんなに認知されている割に名前を一度も聞いたことがなかった。

 トーマは紙に何かメモしながら尋ねた。


「アリア・ルドベキアよ」


「じゃあアリア、行こうか」


「どこへ?」


 首をかしげるアリア。


「俺たちのアジトだよ」


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