第十三話 情報をください
王女救出作戦から早くも一週間が経とうとしていた頃、クロウの下へ敵の行軍開始の一報が入った。
その意味とは帝国がこの拠点へと攻め入らんとしているということだ。
それはスレイズが大森林に身を隠して初めてのことだった。
クロウには何となく予想は出来ていた。
スレイズは帝国中に密偵を忍び込ませている。それは教会領とて例外ではない。
市民生活に紛れながら諜報活動をする。戦闘が出来ない者たちの戦い方。これがスレイズの生存戦略だった。
そして数日前、その密偵の一人が騎士団へと連行されたという報告を受けた。
惨たらしい拷問を受けたか、そうなる前に吐いたか。
どちらも情報を漏らしたことには変わりないが、それを責めるのはあまりに酷だろう。
「それよりも今は‥‥‥」
クロウは開かれた文書に視線を落とし、子細を読む。
決行は明日、戦力はおよそ2000、上級騎士複数確認など。
余程急いでいたのか箇条書きでまとめられていた。
「ほぅ、随分な兵力だな。それに───あの聖女が出張ってくるとは、本気で潰しに来るつもりのようだ」
クロウは楽しそうに言葉を弾ませる。
普通の人間ならば楽しむべき状況ではないのだ。隠し通してきた拠点を持っていたから今まで無駄な犠牲を出さずにやってこれたのに、その頼みの綱である拠点がバレた。
当然相手は攻めてくる。今頃は街道に警備が敷かれ他の街へと逃げることは敵わないだろう。
逃げられない。ならば戦うしかない。
過去の敗戦以来、逃げの一つで自己研鑽ばかりに明け暮れていたが、もうその必要はない。
失った戦力は補った。自分も以前より強くなった。
「ようやく‥‥‥」
漏れ出す笑いは静かにこだまするばかりだった。
ーーー
翌日の昼。
トーマはいつにも増して人気のない拠点を散策していた。
「普段とあまり変わらないのに少し不気味ですねトーマ様?」
「おい貴様、気安く姫様に触れるんじゃないぞ」
シャーロットとクリスもなぜかついてきていた。
「そうだねぇ」
今頃はみんな外で戦っているはずだ。
俺だけが内でゆっくりしているのは、俺がクロウ立案の壮大な戦略で重要な任務を仰せつかっており、その時が来るまで体力を温存しておくためだ。
外のみんなも得物をもって敵に突撃して行っているわけではなく、手に持つのは魔物避けの護符。
この拠点が位置するのは、魑魅魍魎が跋扈する大森林。利用しない手はない。
この護符をもって、森の奥から強力な魔物を追い込み敵にぶつける。魔物討伐を終えて疲弊しきったところを襲い掛かる。
素晴らしい。感嘆するほど完璧な作戦だ。
人でなしだろこんなこと考える奴は。
「トーマ様はどちらに行かれるのですか?」
敵が攻めてきているのに全く動じていない姫様が尋ねた。
「ちょっと武器庫にね。ちゃんとしたものが欲しくて」
「お前、この間の槍はどうした。壊れたのか?」
クリスが呆れたように言う。
「壊してないさ、あれは修練場に返したよ。今回の俺の相手は教会の聖女とか言う人だからちゃんとした武器が欲しいんだ」
異名なんて付けられる奴は大体ヤバい。みんな知ってることだ。
練習用の武器じゃ流石に心許ない。
「せ、聖女!?ダメです!何を考えているのですかあの人は!クリス、トーマ様を拘束しなさ──」
「嫌です」
シャーロットの言葉に被せるほど即答するクリス。
普段ではあり得ないことなのか姫様は愕然とした顔でクリスを見る。
というか今、俺を拘束しろって言わなかったか?
俺は姫様を落ち着かせるように頭にポンと手を乗せた。
最初の印象から冷静沈着な娘と思っていたが、それは環境が作り出したもので彼女も普通の女の子なのだ。
「向かう相手が自分より強いなんて俺の中じゃ当たり前なことなんだよ。それに目的は撃破じゃなくてあくまで足止め。どうにかなるはず。でなければ逃げるだけだよ門でね」
そう言ってさりげなく指先に『門』を出した。
‥‥‥どうだこれ!自分でいうのもなんだが良い返しができたんじゃないか!?無意識に出たものだが好感触だ。だって姫様の目が輝いてるもん!
アルヴィがいたら絶対つつかれるキザったいセリフも姫様には効果抜群なのだ!
と、内心で喜び余韻に浸っている中、クリスがそれをぶち壊す。
「竜騎士相手にその余裕がどこまで持つんだか‥‥‥」
その一言で姫はハッと目を覚ます。
「りゅうきし‥‥‥?」
聞き慣れぬ言葉──いや、そういえば騎士見習い時代にそんな単語聞いたことがある気がするな。当時は色々やってたからそこのところの記憶が曖昧だ。
頭に疑問符を浮かべているトーマを見かねて、こんなことも知らんのかとクリスが説明してくれる。
「竜騎士とは簡単に言うとだな、本物の竜の魂を宿した人間のことを指す。で、その竜騎士らは自身が宿した竜の能力を一部だが行使することができるのだ」
「あー」
なんか思い出してきたかも。
「あーって、お前解ってるのか?相手は帝国どころか世界屈指の実力者。いざとなれば逃げればよいなんて甘い考えでは命はないのだぞ」
「ふむ。なら、その聖女についての情報は?」
「‥‥‥ないな」
おい。
いつも姫の後ろでチクチク言うだけの奴がようやく役立つと思ったらこうだ。
おらぁ、残念だよ。
「し、仕方がないだろ!聖女がその地位を引き継いだのはここ二年の話だし、奴の戦闘記録はほとんどないし‥‥‥それに‥‥‥」
徐々に萎んでいく声に姫の援護が入る。
「まぁまぁトーマ様、私たちはその間命を狙われていたんですよ。責めないであげてください」
「別に責めてるわけじゃない。
情報が無いのは不安だが‥‥‥うん、クロウさんが出来ると考えたから俺を当てるんだろうし、何とかなるだろうさ。‥‥‥っと、ついた」
話しながら歩いていると武器庫に到着した。
剣・槍・大槌・斧・短刀と種類はまぁある。綺麗に整頓はされていないが、おおまかに種別に分けられている。
俺は一番手前にあった槍を手に取った。
「これでいいや」
俺の呟きにクリスはジトッとした目を向ける。
「お前‥‥‥もう少しこう、あるだろ」
何を言いたいのかは俺も分かっている。
武器の選別をしろってことだろう。スレイズは基本金欠なようで良質な武具が揃っていない。だからこそ、質の良くないなりにまだマシなものを選ぶ必要があるのだが、俺にはそれが出来ない。
それは俺が武器にこだわりがないためだと思う。
誰が作ったとかどんな製法だとか全くと言っていいほど興味がない。だから選べと言われたときには何も考えず一番手前のものを取る。
「物の良し悪しを理解できない奴がじっくり吟味したって意味ないんだ」
「自分の命を預ける武器を適当に選ぶなど理解できん」
ふっ、開き直られたら押し黙るしかないよな。こちとら最初から議論するつもりなどないのだよ。
ともあれこれで用は済んだ。
あとは聖女が出張ってくるまで待機するのみ。




