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グレイ  作者: 家端独
第一章 
12/23

第十二話 従順な獣

『みんなを助けてあげれる優しい人になってね』


 東大陸に広く信仰されているタリア教の所領である教会領。

 中心には白と紺から成る荘厳な教会が大きくそびえている。


 その最上の一室から街並みを見下ろす少女は幼い頃に亡くした母の最期の言葉を反芻する。


 母の記憶などはとうの昔に忘れてしまっているのにこの言葉だけは頭から離れない。

 幼い自分はこれが最期の言葉だと直感的に理解していたのだろう。

 だから忘れないように記憶に刻み付けたのだ。


 その言葉を胸にもう一度街を見下ろした。

 教会の周辺、つまり街の中心部は貴族や商人の屋敷や商館が建ち並ぶ豪奢な区画となっており、そこから街の外縁部にかけて徐々に建築物のグレードが下がっているのが見て取れる。


 貧富の差だ。

 しかしそれが悪だとは思っていない。

 悪なのは差が大き過ぎて底辺を這うものが上へと上がることができない構造だ。

 

 この国は力が全てだ。武力でも権力でも財力でも何でもいい。何かがあれば何とかなる。しかしそのどれもを持たなければどうにもできない。

 貧民は金がないからまともな食事ができず体が虚弱だ。だから仕事ができない。だから金がない。だから食事ができない。

 

 貧民には市民権がない。金があれば買えるもの。

 市民権がない彼らには帝国の法律が適用されない。

 強者は彼らを奴隷や実験動物といった手頃な商品とする。力が弱いため容易く用意できる商品だ。しかも無料(タダ)だ。これほど都合のいい存在も中々いないだろう。


 金が無いから全てを奪われる。

 

 これが現実だ。


 少女はまた自分の情けなさに苛立ちを覚える。


「何が教会だ‥‥‥救済を放棄した連中がッ‥‥‥」


 母の言葉と現実との乖離が少女の心を強く絞めつける。

 

 人を愛して、人に愛された、最後まで人を信じた母の言葉は、自分を規定する楔ではなく在り方を示してくれる支えだった。


 だから無力な自分が嫌で苦しくて、一人で吐き捨てるしかなかった。

 

「おやおや、まだ荒れているのですか()()アリア殿」


 聖女と呼ばれた少女が振り返ると、気色の悪い薄ら笑いをした僧服の男が立っていた。

 この男は教会の幹部の一人であり、アリアをこの部屋に閉じ込めた人物でもある。


「軟禁状態で落ち着けるわけないでしょ。それで何しに来たのかしら?」


「いや~元気にしているのかと様子を見に来た次第でございます。先代様から任されましたからねぇ」

 

「ええ、私はこの通りピンピンしてるわ。あなた達も私がいなくなって随分と元気になったみたいね。精力的に活動してるようじゃない」


 ちらりと、指にはめられたゴテゴテの指輪を見て言う。


「これは敬虔なる信徒から頂いたものなのです。聖職に就く者が着飾るなど本来はあってはならないことですが、彼らの信仰心を無下にするものまたいけない事ですから」


「ふん、よく言うわね。

 それで、用件が済んだのならとっとと失せてほしいのだけど。あなたの顔を見てると魔力が暴走しそうなの。死にたくないでしょ?」


「ちっ、これだから貧民あがりは‥‥‥、アンドロメダ様はなぜこんなガキを後継者なんかに‥‥‥。

 こほん、分かりました本題に入りましょう。

 騎士団が捕縛していた叛徒から奴らの拠点に関する情報を得たようで、明後日にそこへと攻勢をかけるそうです。数日前に『蒼剣』グレインや『魔弓』のカイといった、この街の主力が殺害されていたこともあり騎士たちが動揺しています。ですので聖女殿にはもしものときの保険として騎士たちと共に従軍して絶対的な()の力を存分に振るってほしいのです」


聖騎士隊(ホーリーナイツ)はどうしたの?こういう時には彼らを頼っていたでしょう?」


 アリアは訝しげに問うた。

 聖騎士とは、高い実力と篤い信仰心を兼ね備える教会騎士団であり、一般に騎士団と呼ばれている帝国騎士団とは違い、教会専属の戦闘集団だ。

 

「‥‥‥奴らは森の中に拠点を構えています。チマチマと森の中を探すよりその力で一掃した方が確実かと思いまして」


 軟禁中のアリアは知らないのだが現在教会領に聖騎士隊は誰一人としていない。

 理由は単純だ。この男を含む教会幹部連中が贔屓にしている商会の護衛として貸し出しているためだ。聖騎士たちは、商人が教会のための献金・献物品を用意していると聞かされており、それについて疑いを持つことはない。


 アリアはこの男が何かを隠していることに気付き、これを好機と見た。


「いいでしょう。しかし条件があります。ひとつ、私の軟禁を解きなさい。ふたつ、私に統制権を渡しなさい」


「あなたの自由は認めましょう。しかし統制権を渡せというのは少々欲張りすぎだ。ご自身の状況を分かっておられるのか?この街のすべての教会施設は私が管理しているのだ。あまり調子に乗っているとあの者たちへの援助を止めるぞ」


「ちっ、分かりました。この自由だけで我慢しましょう」


「解ればよろしいのです。では時間になれば使いを寄こしますのでそれまで待機しておいてください。

 私はこれで失礼します」


 アリアは遠ざかる背を恨めしく睨みつける。

 殺すだけなら簡単だ。殴りでも蹴りでも魔術でも、軽く一撃入れるだけで相手は確実に絶命する。

 しかし、そんな事すれば他の幹部連中が黙っていない。

 彼らは私が弱者救済を掲げていることを知っている。だから一層、貧民を虐げるだろう。

 

 私が何もしなければ彼らも何もしない。


 弱者はまだマシな生を送れるはずなんだ。

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