第十一話 隅の論
「おえぇぇぇぇ」
トーマはゲロッた。
「あちゃ~魔力切れか~、じゃあ今日はここまで。はいこれ、今日の分の宿題。あと部屋の掃除だけしていってね」
「ばい”‥‥‥」
本日のテレシアの魔術講義が終了した。
トーマは慣れたように掃除道具を用意し自分の吐瀉物を片付けている。
「こ、これを毎日‥‥‥?」
「うわぁ‥‥‥」
なんと今日はシャーロットとクリスが見学に来ていたのだ。
しかしやることは変わらない。魔術の特訓だ。既に中級魔術のほぼ全て無詠唱で使用可能なのだが、発動速度に改善の余地があるため、今はそれ重点的にやっている。
ゲロ吐くまで追い込むのは魔力切れの状態に慣れておくためだ。実戦では相手は待ってくれないからな。
主な症状は吐き気、倦怠感、無気力など。倦怠感は翌日にまで響くから割とキチーんだ。
「ありがとうございました‥‥‥」
「はーい、明日は実戦訓練だから頑張ってね!」
「はい‥‥‥」
トーマと見学の二人は部屋が隣同士なこともあり帰路は同じ。
持ってきた掃除用具を元の場所に返す。
「毎日あれを続けているんですか?」
「そうだよ」
「体の方は大丈夫なんですか?」
自分以外子供のいなかった過疎村出身のトーマにとって女の子からの心配というのは心躍るものだった。こんな状態じゃなければ。
「心配してくれるなんて嬉しいな、でも大丈夫。
だって────」
そう言いかけた彼の目線の先にいたのは、壁に背を預け力無く座り込むアルヴィの姿だった。
ボコボコの満身創痍。
体全体に痣が見える。
あまりに常軌を逸した訓練、なぜそれに食らいついているのかトーマにも分からない。
「あれよりはマシだから」
その姿に女性二人は黙り込むしかなかった。
トーマの言葉の説得力はもう語るまでもなく。
「ぅん?ああ、トーマか‥‥‥」
「ようアルヴィ、今日も酷ぇな」
「そうだろ?あの二人頭のネジが何本か飛んでるぜ」
クロウとイザノバのことだな。
アルヴィの惨状を見ればそんなことは一発で分かる。
「俺、腹減ってるんだけど食堂行かね?」
俺と違い体を動かしていることの多いアルヴィは消費するエネルギーが膨大だ。
そのため、ことあるごとに食事に誘ってくるのだが、今回はトーマも胃の中が空なので誘いを受けることにした。
「俺はいいけど、二人は大丈夫?」
「え、ええ」
「だそうだ、じゃ行こうぜ」
ーーー
俺たちはそれぞれが注文した皿をもって席につき雑談交じりに食事を始めた。
そうして食べ終わるころ、姫様が男二人に向き直り尋ねた。
「トーマ様とアルヴィ様はどうしてスレイズに入られたのですか?」
シャーロットにとってその問いの答えとは大きな意味を持つ。
自身の知るスレイズは過激派思想集団であり自分は今そこに身を寄せている。自らの生存を選んだ彼女は常に最適な答えを用意しておく必要があり、その答えを知識と現実の擦り合わせによって得ようとしているのだ。
姫の質問にトーマとアルヴィは顔を見合わせると、アルヴィがお前が先に答えろとばかりに顎で指した。
「どうしてか‥‥‥俺は‥‥‥たまたまだな。帝国兵に追いかけられて瀕死のところをたまたまクロウさんに助けられたからここに来たんだ。ここに居続けるのは俺の目的とスレイズの目的が一致したからだ」
敬語を使わんか!と怒るクリスを宥めるシャーロット。
「目的が一致したから、ですか」
姫様は目を細めて確認するかのように繰り返した。
トーマはそれを見ており、その意味も分かっていた。
スレイズの目的は圧政を敷く権力者に抵抗し弱者を救いだすこと。
当然、武力でもって、だ。
「もし、話し合いでの解決が出来るのならトーマ様はどうしますか?」
「そんなことが出来るなら絶対その方がいいと思うよ。でも無理だから」
無理だからこんな強引な方法を選ぶしかなかった。
「そんなこと───」
そんなことありません、とでも言うつもりなのかねこの姫さんは。
「無理だよ。だってさ、弱者を絞って懐を潤うような連中だよ?すでに手遅れでしょ。
それにそもそもなんだけど、誰も自分より弱いやつの話なんて聞こうとしないんだよ。聞いてくれるような奴はまずその時点で俺たちが戦わなきゃいけない相手じゃないの」
俺はクリスの方を向いて言った。
アルヴィは俺の隣でうんうんと頷いている。
「ふん、平和的解決を理想としながらその方法を模索することなく力にものを言わせるというのは些か短絡的だと私は思うが」
クリスはまるで悪態をつくかのように言った。
しかし、それはクリス自身の言葉ではないのだろう。彼女は良くも悪くも目的がはっきりしている。姫様を守る、これに尽きる。だからおそらくクリスは帝国のことを気にしていない。
それなのにこのような発言をしたのは、彼女なりに姫様の心情の代弁をし、その返答の矛先を自身に向けるつもりだからだ。自分ならばどんな返答──ないとは思うが罵倒されたり軽蔑されたり──が来ようが大丈夫だという思いがあったからだろう。
トーマもアルヴィもそれを承知しているからこそ、激しい反応を見せることなく優しく語りかける。
「お前に言い分は理解できる。しかしこれが現実だ。
強者が弱者の言葉を無視するのは別に帝国に限った話じゃない。俺もアルヴィも生まれ育ちは王国だ。俺たちは王国貴族に騙され、弁解も聞いてもらえず牢へと入れられた」
「お前の普通に罪人だけどな」
「黙れ」
ボソッと茶々を入れるアルヴィを制止し俺は続ける。
しかし話の腰を折られたせいか何を言いたかったのかを忘れてしまったため、トーマは結論を述べることにした。
「まぁつまりは、強権を振りかざす相手と話し合っても間にも犠牲者は出る。これはもっと迅速に対応していたら出なかったかも知れない犠牲だ。救えたかもしれない命を取り零さないために必要な箇所に必要なだけの武力をぶつける。
これが俺の答えだ」
「‥‥‥アルヴィ様はどうお考えですか?」
シャーロットは理解はできるが納得はできないといった様子だ。
次はアルヴィに振る。
「俺はトーマほど考えているわけじゃない。クロウさんに命を救ってもらった、だからあの人の役に立ちたい、それだけ。その理想に共感できたっていう前提だけどな」
「‥‥‥怖くはないんですか?」
「怖い?」
トーマはシャーロットの問いを聞き返した。
「オルグス帝国は世界最強ですよ?量も質も!クロウさんから聞きました、このスレイズにはもうほとんど戦力が残っていないって。絶望的戦力差があるのにどうやって戦うというんですか?」
シャーロットは徐々に口調を荒げる。
「さぁ?」
「さぁ⁉」
「姫様落ち着いてください!」
クリスはヒートアップし始めた姫を落ち着かせようと宥めるが彼女は止まらない。
「落ち着いていられません!苦しむ民を救うと言う者が帝国相手に無策であるなどっ、そんなのは許されないのです!」
「おいトーマ、ちゃんと説明しなきゃ混乱するに決まってるだろ。お姫様、今は、というより俺とトーマは敵の情報をまだ知らされてないんだ。戦い方は一つじゃなくて状況状況に合わせて変えていくもの。相手の情報が入れば戦術の立てようもあるの!
というかクレアさん⁉あんたが止めてくれなきゃ!」
「こんなに荒ぶっておられる姫様は初めてで‥‥‥ちょっと怖くて」
広い食堂の一角。
収拾がつかなくなってきたことを察したトーマはギャイギャイとうるさいこいつらを無視して目をつむり天井を仰いだ。
あ~俺たちの他に誰も居なくてよかった~。
トーマは人の目を気にするタイプだったのだ。




