第十話 ひめさまぁ‥‥‥
「人生何が起きるか分からないとは言いますが、本当に分からないものですね。ねぇクリス?」
「全くでございます」
「あの日から今日まで、よく生きてこれましたね。ねぇクリス?」
「全くでございます」
昨日のバルガス王国王女救出作戦から一晩経って翌日。
シャーロット姫は護衛のクリスに淹れてもらった紅茶で一服して呟いた。
思い返すと目まぐるしい二年半だった。
王女として生まれた自分は王家の力をより盤石なものへとするための道具として他家へと嫁ぐんだろうなとぼんやりと悟っていた。別に嫌だったわけではない。こんなものは普通だ。私はむしろ恵まれている方だろう。だって王女なのだから。無下な扱いをされるわけない。
はるか昔から連綿と続く運命に従う順番が来ただけ。
しかし、そう思っていた矢先、あれが起こった。
大侵攻だ。
帝国や王国が位置する西大陸の南部に広がる広大な大森林、そこに住む多くの魔物が突如暴れ出し王都まで進んできたのだ。位置的に近かった王国は王都以南の都市や村々を滅ぼされ、王都も壊滅的な被害に遭った。加えてその最中に国王が命を落としてしまったことで王国は事実上滅亡した。
私たちは父の素早い判断のおかげで帝国貴族の下へと逃げおおせることができたが、バルガス王の死亡が伝わるとすぐに屋敷を追い出されることになった。
あとで知ったことなのだが、どうやら第一王子が裏で手を引いていたようだ。兄は数年前から国を離れ留学という名目で帝国に来ていた。その時に12家門という帝国最高の権力を保有する12家の一つとコネクションを作り、その権力を利用し私たちが身を寄せていた家に圧力をかけていたのだ。
王国が滅んだことにより、亡国の王女という肩書きしか持たない私を救ってくれる方は大勢いた。しかしそのどれもが12家門の権力に抗わず私たちを追い出した。悪いことでも責められることでもない。彼らは自らが生き残す道を選んだだけ。
そうして最後に選んだ家で命を狙われた私たちは彼に出会った。
「‥‥‥ふぅ、しかし、まさかあのスレイズに助けられるとは思いませんでした」
カップの紅茶を飲み干して一呼吸おくと、しみじみ思う。
あのスレイズだ。
帝国の属国であったバルガス王国では王侯貴族の教育として王国史だけでなく帝国史も学ぶ。
帝国史においてスレイズという組織は度々出てくるほど強力なレジスタンスだ。直近では15年前に教会領の北に位置する街を統治していた帝国最強の七騎士の一角、雷の竜騎士を倒している。
弱者解放を掲げる、正直に言ってしまえば思想の強い集団だ。
シャーロットの呟きにクリスは胸に手を当て宣言する。
「安心してください。この命に代えましても姫様をお守りします」
「ええ、頼りにしていますよ」
シャーロットとクリスは幼少の頃からの付き合い。その主従の関係は疑いようもないほど信頼に溢れている。
「そ、そういえば、あのとき助けに来てくれた方、お名前は何といったかしら?」
頬に僅かな赤みを見せる姫を見て、自分が淹れた紅茶によって血流が良くなったと捉えたクリスは満面の笑みで答えた。
「トーマと名乗っていましたね。服装も礼儀作法もボロボロでしたけど実力はあるようでしたね」
散々な言われようである。
トーマ自身、うまく立ち回れたんじゃないのかと内心喜んでいたのに。
「そ、そうでしたトーマ様でしたね。改めて昨晩のお礼をしなくてはいけませんね」
「その必要はないのでは?昨日のうちに礼は済ませたのですから。そのようなことより、まずは我々の身の振り方について考えねばなりません。このままここに居続けるのか、それともここを出て別の場所でやり直すのか」
「そんなの答えは決まっています。私たちもスレイズに入れてもらいます。というかそれしかありません、そうでなければ猜疑心の強いお兄様にまた命を狙われます。運のいいことにここはスレイズ、帝国の目が届かない数少ない安全地帯です」
「しかし連中が姫様に危害を加えないとも限りません!」
「救助に来たのですから少なくとも殺される心配はないでしょう」
随分と落ち着いた様子を見せる姫に、ご立派になられてッ、とこみ上げる滂沱の涙を抑えるクリス。
ならば私はただ付き従うのみッ、と決意を新たにする。
「それで、トーマ様への挨拶に行きたいのですけどお部屋はどこに?」
先程の堂々たる姿からきゅるんとした姿へと高速変身にクリスは一瞬狼狽える。
「そ、それならこの隣ですけど───」
「ええっ⁉」
「姫様、淑女があまりそのような声を出すものではありません‥‥‥」
クリスはこのとき何か嫌な片鱗をシャーロットから見出していた。
「じゃ、じゃあ早速挨拶に行きますわよ!クリスついてきなさい!」
「ひめさまぁ‥‥‥」
シャーロットは自室の扉を勢いよく開け放ち、左に90度曲がり進んだ。




