第9話 スパダリヤッホー!
真剣に考えてみた結果、よく解らない、というのが
勇者瞳と魔王バドワイズが出した結論だった。
如何でしたか? などとボケている場合ではない。
「そもそもがこの世界の人間が、
いや人間以外でも構わないんだけど、
たとえば聖女や魔王にならそれができたりするの?」
「時間操作か。過去に前例がなくはない。
かつて"セーブ&ロード"という力を持つ聖女がいた。
今からおおよそ1200年ほど前の出来事になるか。
その聖女は、失敗を帳消しにして
時間を遡ることができたという記録が残っている」
「つまりは、世界から与えられた権能次第、ってこと?」
「そうだ。そして今は亡き当代の聖女、
アン・ハイザに与えられた権能は局所的な現実改変。
我が権能、桃源暁が何かを
"最初から夢だったようになかったことにする"力なら、
聖女の権能は"夢なんかじゃなかった"と言い張る力。
我がこの世界から消滅させたものを、
彼女だけが復活させることができたのだ。
斯様に聖女の権能は魔王の権能へのカウンター、
そなたの世界風に言うならめたを張るものになっている」
たとえばセーブ&ロードの力を持つ聖女の相手は、
えげつない罠を仕掛ける力を持った魔王だったという。
「勇者みたいな第三者の存在はどう?」
「あり得ぬ、とは言わぬが、可能性は低かろう。
そもそもそなたがこの世界に召喚されたのは、
他ならぬこの世界の意思によるものだ。
そもそもが世界の意思を無視した時間操作など、
この世界の理を大きく逸脱した所業。
それほどの力を持つ何者かがおるのなら、
それこそもっと直接的な手段を取ると我は考えるが」
「手持ちの材料だけじゃまだなんとも言えないけれども、
最悪その"世界"と同レベルの何かが
俺らの知らないところで介入してる可能性があるのか」
やだなあ、と瞳はげんなりした表情を浮かべる。
ゴロン、と仰向けに寝転べば、
日本ではほとんどお目にかかることのできない
美しい満天の星が広がっていた。
「可能性だけならば幾らでも挙げられようが、
それら全てに真正面から取り組むのは不毛であろう」
「だよね。俺らにできるのは最悪に備えることぐらいか。
備えたところでどうにもならないのが最悪なんだけど、
それでも考えなしに突っ込むよりは上等だよね」
ちょいちょい、と瞳に手招きされ、
巨躯の魔王がちょこんと彼の傍でしゃがみ込む。
その言いたいところをなんとなく察し、
魔王バドワイズは勇者の隣で仰向けに寝転がった。
「おほしさまきれい」
「そうだな」
「これ肉眼で見られただけでも、
この世界に来た価値があったと思うよ俺は」
「そうか」
考えすぎてもしょうがないかあ、と瞳はぼやく。
バドワイズもそれに同意した。
▽
「シシク様っ!」
瞳がその瞳に満天の星々を映す一方その頃。
セルベセリア・コロナもまた寝台から跳ね起きていた。
(今のは……夢?)
たとえ婚約者であろうとも、結婚するまで寝室は別、
という祖母の古い教えを守っていてよかった、と
セルベセリアは額の汗を拭いながら安堵する。
他の男の名前を呼んで跳び起きるなど、
ハイネ王子の隣でやらかしたら大問題だからだ。
(ヒトミ・シシク様……あなたは本当に……?)
復活した魔王バドワイズと行動を共にする、
素性の知れない男がいることは聞いていた。
だが、もしも本当に彼がその同行者であるのなら。
彼の言葉の真偽をどれほど信じてよいものだろうか。
少なくともハイネ王子やカスケード、モトゥエカたちは、
セルベセリアがこの話をしたところで
素直に信じてくれはしないだろう。
むしろ、"君は騙されているんだ"などと諭されそうだ。
状況だけを見るならば、その言葉は正しい。
魔王と行動を共にする者の言葉など、
信じる方がどうかしている、と理解はできる。だが。
『まあまあ、落ち着いてよ。
それをなんとかするために俺が来たんだからさ。
何も君だけが悪いわけじゃないんだ。
強いて言うなら運というか、魔が悪かったんだよ』
『今の魔王バドワイズは味方だから!
聖女を死なせた君たちの尻拭い押し付けられて、
迷惑してる可哀想な被害者だから!』
『今すぐ信じてくれとは言わないけれど! でも!
俺たちこの世界を元に戻すためにがんば、
頑張ってるから! お願いだから邪魔はうわっぷ!?
邪魔だけはしないでくれると助かる』
(どうすればいいのかしら……いいえ、その前にまず。
わたくしはどうしたいのかしら……?)
会いに行くべきだろうか。だが、皆は反対する筈。
皆に自分の罪を告白すべきだろうか。
全てを打ち明けるべきだろうか。
受け入れてもらえるだろうか。
ううん、とセルベセリアは頭を振る。
怖い、と彼女は己が身を両手で抱き締めた。
お前のせいで、と言われるのが怖い。
間違えたと知られるのが怖い。
真実を隠して、騙したのかと言われるのが怖い。
『セルベセリア! 貴様との婚約は破棄する!
公爵家の権力を笠に着ての狼藉最早赦し難い!
挙げ句救世主である聖女アン・ハイザに嫉妬し
彼女に暴漢をけしかけるとはケルン王国民の面汚しめ!』
『お前みたいなのが姉ってだけで迷惑なんだよね。
公爵家の恥さらしがさ、さっさと死んじゃいなよ!
お父様とお母様もそう願ってるよ!』
『叶うならばこの手で斬り殺してやりたいぐらいだ!
二度とアンの、俺たちの前に顔を見せるな!
その時はその無駄に顔だけは綺麗な顔を、
二度と見られぬものにしてやるぞ、悪女め!』
『今更逃げられるだなんて思ってませんよね?
アン様を穢そうとした罪、死んで償ってもらいますよ。
勿論、楽に死ねるなどとは思わないことですね。
貴様がアン様にしようとしたことの報いを、
その身で存分に味わうがいい』
セルベセリアには未来の記憶がある。
擁護のしようもないぐらい自業自得ではあるものの、
皆が罪を犯した彼女を寄って集って追い詰め、
公開処刑に追いやった怖ろしい記憶がある。
彼らは皆、よくも悪くも情熱的な男たちだ。
セルベセリアを断罪した時も、聖女が死んだ時も。
敵と見做したものには一切の情け容赦なく断罪を、
愛する者には煮え滾るような執着と溺愛を。
今回は上手くやれた、やり直せただけに。
みんなが自分を愛してくれているだけに。
手の平を返されて、あの時のように詰られるのが怖い。
あの矛先が自分に向けられた際の恐怖を、
どうしようもない熱情の総量を、
彼女は身をもって知っているから。
それでも、逃げ続けることはできない。
目を背け続けることはしたくない。
聖女を死なせる原因を作り、世界が滅ぶ原因を作り。
(そうだ、世界!)
このままでは世界が滅びる、と夢の中で彼は言っていた。
それをなんとかするために、魔王と協力し、
頑張っているから邪魔をしないでくれ、とも。
(わたくしに、できるでしょうか?)
できるできないではない。やらなければならないのだ、と。
彼女は覚悟を決めた。勇者ヒトミ・シシクを信じる覚悟。
或いは全てを人任せにして、祈るだけ祈って待つ覚悟を。
(わたくしは死後、地獄に落ちるかもしれませんね)
我ながら酷い人間だと思う。
最低な女だと思う。だけど、もうそれしかない。
彼らがなんとかしてくれるまで、時間を稼ぐ。
大丈夫、大丈夫、とセルベセリアは言い聞かせる。
心臓がバクバクと脈打って、顔が熱くなって。
涙が滲んでしまいそうになるけれど。
大丈夫、みんなを騙すわけじゃない。嘘も方便。
世界を救うために必要なことだと言うのなら。
せめてそれぐらいはしないと申し訳が立たない。
(無力な私を、どうか赦してください。
臆病な私を、どうか赦さないでください)
助けて、と呟かれた少女の願いは、勇者に届くだろう。
というか既に、実際に届いている。