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第7話 勇者は荒波を越えて

港町ドラフト。かつて聖女抜きの聖女一行が、

荒ぶる海の魔物を物理的に鎮めたというか鎮めた町。


当然そこには現在聖女一行の偉業を称え、

セルベセリア様のブロンズ像が建てられている。

何故セルベセリアのブロンズ像なのかは言うまでもない。


「意外とバレないもんですね」


「まあな。我は人の目には映らぬよう姿を消しているし、

そなたには我が認識阻害魔法をかけておる故、

一般人と顔を合わせて喋ろうとも早々気付れんだろう。

余程の実力者であれば見破るやもしれぬが、

魔王直々の魔法を退けられる者はそう多くはあるまい」


「全世界に指名手配されちゃいましたもんね、俺」


飯屋で購入したイカ焼きをかじりながら、

ふたりは潮風が心地よく吹き抜ける港町を散策する。


港町のあちこちに勇者・瞳の似顔絵が貼られていた。

アライブオンリー。つまり、絶対生け捕りにしろと。

誰がそんなものを発行したかは言うまでもなく、

ケルン王国の紋章が手配書の隅に記されている。


その隣に貼られているのは魔王の指名手配書だ。

こちらは生死不問(デッドオアアライブ)

勿論本物の魔王の手配書なんて出せないので、

魔王を騙る不届き者の亜人、ということにされている。


共に目撃証言を寄せた者には賞金が出るとのことで、

一体どんな大罪人なのかと皆が噂し合っていた。


「ま、当人ここにいるんですけど」


「今はまだ誰にも気付かれてはおらぬが、

念のため余計な揉め事が起こる前に、

速やかに魔王城に向けて発つべきであろうな。

幸い奴らの目はケルン王国に向いておるようだ」


「俺らとしてはラッキーな展開だよね。

魔王城の警備ガチガチに固められたら厄介だし」


魔王バドワイズの手による認識阻害と気配遮断。

それらの魔法が上手く機能した結果、

聖騎士ヴァイツェンをあの宿屋で下して以降

ケルン王国の追っ手は瞳とバドワイズを見失い、

依然としてその足取りを掴めずにいるようだ。


その上でこの港町に立ち寄ったのは補給目的である。

魔王バドワイズとは違って、人間の勇者である瞳には

生きていくために食料やら水やらが必要不可欠。

加えて水浴び湯浴みもしなければならない。

さすがに小川に素っ裸で飛び込むのは嫌だった。


「ここからしばらく北へ行ったところに、

人間があまり近寄らぬ岸壁地帯があるそうだ。

我らはそこから海魔に乗って海へ出る。

しばらくの船旅になるが、覚悟はよいか?」


「うん、大丈夫だと思うよ。

俺、親父と一緒に海釣りに行ったことあるけど、

その時は船酔いとかした覚えないから」


「父親、か」


魔王の鋭い目が細められる。

この世界のために無関係な瞳を巻き込み、

生まれた世界からこちらの世界へと半ば無理矢理

連れてきてしまったことに対する罪悪感。


「そんな顔しないでよバドさん。

俺、別に迷惑だなんて思っちゃいないから」


「だが」


「むしろこっちの世界でしばらく頑張れば

後はあっちの世界で一生勝ち組人生なんだよ?

逆に感謝したいぐらいだって」


「そうか。そなたは強いのだな」


「強いというか、強かというか」


獅子吼瞳がこの世界に召喚されてからずっと。

バドワイズは彼が弱音や愚痴をこぼすところを

一度も見たことがなかった。

訓練中はさすがに悲鳴を上げまくっていたが、

それでももう嫌だとかやめたいだとか、

逃げたいとか投げ出したいといった言葉は出てこず。


『うおおおおおお! やったらあああああああ!』


彼は常に前を向いてこれからのことを考えている。

やりたいことが沢山あって、そのために頑張れて。

それは、死ぬために生きている魔王からすれば、なんて


「――眩しいな」


「大丈夫? サングラスでも買う?

てかこの世界にサングラスある?」


「さんぐらす、とはなんだ?」


「日光を遮ってくれるための、色眼鏡だよ。

レンズに加工がしてあって、色が付いてるんだ。

釣りとかスキーに行く時はあると便利なんだけど、

ちなみにバドさん眼鏡は分かる?」


「ああ、眼鏡は分かる」


「港町だし、どっかで売ってたりしないかなあ」


ちなみにふたりの活動資金は全て、

ケルン王国の追っ手を倒した際に簒奪した

この世界の通貨で賄っている。


どうせなら迷惑料・慰謝料として頂いておこう、という

到底勇者らしからぬ発案は勇者・瞳によるものだ。

ケルン王国軍の装備品を店に売り捌こうとすると

不審に思われるだろうから、奪うのはあくまで

現金や回復アイテムなどの消耗品に絞っている。



「紹介しよう。海魔ブルーインだ」


「でけえ! よろしくお願いします」


航海の準備を終えた瞳とバドワイズは、

当初の予定通り町から離れたところで出港する。

魔王バドワイズの呼びかけに応え、

ザブンと海から姿を現したのは、

ドリル状の角が生えた巨大なクジラ型の魔物だ。

そのヒレが刃になっていて、瞳は赤い。


「上に乗っていくんですよね?

嵐とか来たらどうするんですか?」


「その時は口内に避難する」


「え!?」


巨大な海の生物に呑まれて体内で一夜を明かす。

創作物などではよくあるシチュエーションだが、

実際に体験するとなるとなかなかに勇気が要りそうだ。


「……なるべく晴れてくれるといいなあ」


「案ずるな。我が傍におる故、

そなたが消化されてしまうことにはなるまい」


「そういう問題じゃないんですよ!」


とはいえ拒否権はないし、もたついている暇もない。


「ところで、どうやって乗るんです?

まさか飛び乗れって言うんじゃないでしょうね?」


「その通りだが」


「無理無理無理! なんか10mぐらい距離あるじゃん!」


「勇者であるそなたの身体能力ならば大丈夫だ。

我に数メートル吹き飛ばされても

痛いだけで怪我ひとつしなかったであろう?」


「言われてみれば確かに。

うおおおおおやったらあああああ!」


瞳はバドワイズと手分けして持ち運んでいる

大量の荷物を背中に担いだまま、

勢いよく断崖絶壁から巨大な海魔の待ち構える

海へと勢いよく全力疾走からの走り幅跳びを決めた。


「っしゃおらあ! やればできるもんですね!」


「うむ、見事だ」


バドワイズも瞳の背負っている荷物の3倍ぐらいある

大量の荷物を両手に抱え、軽々と跳んだ。

ドン、とクジラ型の海魔の背中に魔王が着地すると、

海魔は嘶き勢いよく潮を噴いて、海を泳ぎ始める。

それは快晴。風は穏やか。楽しい船旅の始まりだ。

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