第6話 誰かのために流す涙は美しい
「ヴァイツェンがやられました」
「そんな!」
聖女一行が魔王バドワイズを討伐した栄誉により、
世界最大の覇権国家となったケルン王国。
その一際輝かしい王宮の一室にて。
この世の春を謳歌している筈の勇士たち、
即ち真の聖女と噂されるセルベセリア・コロナ、
その婚約者であるハイネ・ケルン第一王子、
宰相の息子、クール系鬼畜眼鏡のモトゥエカ・ライム、
セルベセリアの義弟、腹黒天使カスケード・コロナ。
今や泣く子も黙る大英雄として凱旋した4人は、
一転して沈痛なお通夜ムードになってしまっていた。
「まさか我々の中でも最も強き者であった
ヴァイツェンがこうもあっさりやられてしまうとは。
ああ、セルベセリア姉様を除けば、ですよ勿論」
「その発言は頂けませんねカスケード。
まるでセルベセリア様を責めているかのように聴こえますが?」
「バカ言わないでよモトゥエカ。
僕がセルベセリア姉様を悪く言う筈ないじゃん」
モトゥエカとカスケードの間にバチバチの火花が散る。
亡きヴァイツェンと並び"三勇士"と持て囃された逸材であり、
揃いも揃って聖女アンよりも勇士セルベセリアを優先し、
凡ミスで聖女を死なせてしまった同罪の者たち。
「ふたりとも、今は言い争っている場合じゃないだろう?
これまでこちらに対し反撃してこなかった魔王が、
遂に本性を露わにした。これは何かあると考えた方がいい」
「その件ですが殿下。
魔王バドワイズには同行者がいたとのことです」
「同行者、ですか?」
仲間の死に青褪めたセルベセリアの体を王子が支える。
彼女は魔王に味方する者など最早残っていない筈、と
その美しい口に手をあてて首を捻った。
「ええ、セルベセリア様。その正体はまだ不明ですが、
魔王と行動を共にするぐらいです。
恐らく我々の敵と考えて間違いないでしょう」
「聖女アンが死んで蘇ったーって可能性はないの?」
「カスケード!」
「そう怖い顔しないでよセルベセリア姉様。
魔王が蘇ったのは聖女の呪いだーなんて
一部の兵士たちの流れてる噂、
姉様だって知らないわけじゃないでしょ?」
「バカなことを言わないで!
アン様はそんなことをするような子じゃなかったでしょう!」
「どうだか? 俺はそこまで聖女の人間性は知らないけど、
俺たちの前ではいっつも不機嫌そうにムスっとしててさ。
姉様が折角気を遣ってやってたってのに、何様だよ。
あいつが姉様を逆恨みする可能性は十分あるんじゃない?」
「それに関しては僕も同意見ですが、
報告によれは同行者は黒髪の男だったそうです」
「じゃあ、蘇った時に魔王の呪いで男になったんだ」
「カスケード! いい加減にしなさい!」
「はいはい。姉様ってばお優しいんだから。
ま、そんなところがセルベセリア姉様の魅力だけどね」
聖女アン・ハイザの呪い。
それは、最近ハイネ王子の命令を受けて
魔王バドワイズを密かに暗殺するために活動している
兵士たちの間で囁かれ始めた与太話だ。
独りだけ先におっ死んだ役立たずの偽聖女が、
セルベセリア様の名声に嫉妬して
地獄から呪いをかけているのではないか、などと。
無論、そんな無責任かつ悪質なデマを聞いた時、
セルベセリアは言いようのない怒りを覚えた。
アン・ハイザが本物の聖女であったことは、
他ならぬ彼女自身が一番よーく知っているのだ。
勇士たちと共に魔王を討伐し、世界を救った。
アン・ハイザが倒した時は、魔王は復活しなかった。
だから、彼女が偽者なんてことは絶対にありえない。
だが、それを上手く説明することが彼女にはできなかった。
当たり前だ。予知夢で未来の記憶を見た、なんて。
狂人扱いされるか、笑い飛ばされるに決まっている。
或いは。或いはいっそ狂信的ですらある今の皆ならば。
そんな与太話すらも、"セルベセリアの言うことなら"と
鵜呑みに信じ込んでしまいそうで、それが怖かった。
「仕方がないよセルベセリア。皆不安なんだ。
責任の所在を誰かに求めて、ううん違うな。
この場合は押し付けてしまいたくなる気持ちは私にも解る」
「ですが、それで今は亡きアン様の名誉を
そんな形で毀損していい筈がありません」
「うん、解っているよセルベセリア。
大丈夫、君の気持ちはきちんと解っているから。
とはいえ私たちがここで言葉を尽くしたところで、
状況は何も変わらない。であれば意味もない。そうだろう?」
「それは……そうかもしれませんが……」
現状一番大事なのは、復活した魔王を速やかに
暗殺して事態を人知れず収束させてしまうことだ。
実は魔王が生きてましたーなんてことが世間にバレたら、
ケルン王国並びに聖女一行の立場は不味いことになる。
身勝手な保身に感じられるかもしれないが、
彼らは為政者だ。この国を守る義務がある。
実際に魔王を討伐する旅をした実績と自負がある。
であれば、綺麗事など言って手段を選んではいられない。
加えて、彼らにはプライドがある。認められない。
自分たちが失敗しただなんて、認める訳にはいかない。
「魔王の目的は恐らく、セルベセリアへの復讐だろう。
何度殺されてもセルベセリアをしつこく付け狙ってくる程だ。
恐らく世界各地に未だ残っている魔王軍の残党を率いて、
明日にもこちらに攻め入ってくるかもしれない」
「であれば、王都の守備を固めましょう。
ヴァイツェンほどの猛者が返り討ちに遭ってしまったのは、
恐らく彼がたった独りで魔王に挑みかかったから。
幾ら剣術の腕だけならセルベセリアを超える実力を持つ
ヴァイツェンと言えども、魔王とその協力者の
ふたりがかりで襲われては勝つのは難しかった筈」
「謎の協力者……一体何者なのでしょうか。
彼は何故、魔王に協力することにしたのでしょうか?」
「そんなの、魔王をブチ殺してからそいつを捕まえて、
吐かせればいいだけだよセルベセリア姉様。
大丈夫、あっちが2人がかりでもこっちは4人もいるんだ。
今更何回も倒した魔王如きに負ける訳がない。
そうでしょ? 今まで通り、気楽に行こうよ」
そんなわけで勇士たちによる秘密の作戦会議は終わり、
一同は亡きヴァイツェン・ウィートのために黙とうを捧げる。
(……本当に、これでいいのでしょうか?)
こんな未来が欲しかったのだろうか、とセルベセリアは自問する。
こんな結果が欲しかった訳じゃない、とセルベセリアは否定する。
確かに本来彼女が辿る筈であった未来に比べ、
人間関係は遥かに改善され皆との仲はずっと良好だ。
セルベセリアを巡って険悪な雰囲気になることもあるが、
そもそもが彼女はハイネ王子の婚約者であり未来の王妃。
想定外のハプニングで結婚式の予定が遅れてしまっているものの、
それを理解しているため本気でギスギスすることはない。
少なくとも公開処刑で断頭台にかけられる未来よりはずっといい。
だが本来死ぬ筈ではなかった聖女が偶発的に命を落とし、
その余波でヴァイツェンさえもが命を落としてしまった。
このままでは復活した魔王との戦いで、
より多くの死者が出るかもしれないと思うと冷静ではいられない。
何故だろう。どこで何を間違えてしまったのだろう。
痛む胸を抱えて、セルベセリアは天に祈る。
誰に、或いは何に祈っているのかも、曖昧なままに。