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第5話 魔王はそこそこ強くて凄い

宿屋の扉を開けたら魔王バドワイズがいた。

まあ、発生する被害はさておき状況的にはギャグだろう。

作者が悪ノリしたフリーゲームのような展開だ。


「今何時だと思っておる。眠れ、人間ども」


「クソ! この腐れ魔王が!」


「怯むな! 我らの勇を示す時だ!」


復活した魔王が「話があるのだが」とセルベセリアの前に、

もっと言えば元聖女一行の前に現れて以来、

リーダーであるハイネ王子を筆頭に、

彼らは魔王を秘密裏に排除すべく躍起になっている。


一度や二度は殺せたが、三度目ともなればそうはいかない。

人類との対話を諦めた世界の指示に従い、

魔王は元聖女一行に期待することをやめ、

異界から召喚した勇者に望みを託すことにした。


それは即ち、対話する必要がなくなった魔王が

それまでしていた手加減や容赦をやめるということでもある。


「魔王バドワイズ! 今度こそ貴様を討伐してやる!」


「それは不可能だ。うん? そなたの顔には見覚えがあるな。

ああ、聖女を蔑ろにした勇士どものうちの1匹か。

聖女亡き今、我を完全消滅させるのは不可能だと

何度言えば理解できるのだ貴様らは」


「やってみなければ分からん!」


剣を引き抜き、斬りかかるヴァイツェン・ウィート。

彼はモトゥエカ・ライム、カスケード・コロナと並び、

偉大なるセルベセリアの旅路を支えた三勇士として

その功績を現在進行形で称えられた世界最高の騎士だ。


「魔王の言葉には耳を貸さぬその姿勢。

聖女の供連れとしては正しき判断であろう。

だが、聖女亡き今全ては独り善がりでしかない」


「黙れ! セルベセリアを侮辱するな!」


「うん? 何故我の言葉が奴を侮辱したことになるのだ?」


聖女抜きで魔王が討伐された後、口さがない者たちは

『聖女アンは何かの間違いで選ばれた偽者だった。

セルベセリア様こそが本物の聖女だったのさ!』などと

魔王を倒したセルベセリア真の聖女説を主張し始めた。


ヴァイツェンもまた、そんなセルベセリア真の聖女説を

支持したいと内心考えて水面下で動いた者のひとりだ。


『まあ! ヴァイツェン様はとっても努力なさっているのですね!

それはとても素晴らしいことだと思います!

ヴァイツェン様に守ってもらえる聖女様はさぞ幸せでしょうね!』


幼い頃、彼は将軍の息子という重圧から逃げたかった。

周囲の期待、父親直々の厳しすぎる教育、

いずれこの国に現れるという聖女と共に、

魔王を討伐するのだという使命感。

だがやっぱり、まだ幼い子供には辛すぎたわけで。


コッソリ隠れて独りで泣いていた彼の心に、

そっと寄り添ってくれたのがセルベセリアであった。

彼女は彼の欲する優しい言葉をかけ、

どんな泣き言を聴いてもバカにすることなく、

ヴァイツェンが立派な騎士になることを心から信じてくれた。


だから頑張れた。だから立ち上がれた。

だから、そんなセルベセリアを差し置いて、

見知らぬ平民の少女が聖女として覚醒した時、

これは何かの間違いなのではと疑ってしまった。


恋は、愛は人を盲目にしてしまうものだ。

聖女アンはセルベセリアよりも遥かに弱かった。

聖女アンはセルベセリアよりも遥かに使命感がなかった。

聖女アンはセルベセリアよりも遥かに努力が足りていなかった。

だから厳しくあたった。聖女とは魔王と戦う者だ。

世界を救うまで、泣き言は赦されない。


まるで自分の代で待ち焦がれた聖女が現れなかったことに

コンプレックスを抱いている彼の父親が息子に

過度な期待を押し付けたのと同じように、

彼は聖女アン・ハイザに特訓という名の私刑を与えた。

その結果猛反発され、彼女はヴァイツェンを嫌った。


『セルベセリア様セルベセリア様ってなんなのよ!

私はセルベセリア様じゃない!』


『当たり前だ! 根性なしでいい加減なお前なんかが

セルベセリア様と同じである筈がない!』


彼は恋に溺れ、守るべき聖女を守ることを放棄した。

本物の聖女を蔑み、惚れた女が聖女であればいいのに、

いや彼女こそが聖女でなければおかしいのに、と

傲慢にも己の理想を正当化して叩き付けた。


「眠れ、愚者よ。我が桃源暁(とうげんきょう)にて」


「がっ!?」


その報いを受ける時が遂に来たのだ。

魔王には生まれ付き、魔王が魔王足るための

権能(スキル)が世界より与えられる。

魔王バドワイズの権能は夢にまつわるものだ。

彼の権能は誰かや何かを跡形もなく消し去ってしまう。

まるで最初から夢でも見ていたかのように。


勇者瞳が避けるまでに3時間近くかかった

サーフボードばりに巨大な魔王の巨剣による一撃。

狭い廊下をまっすぐに突き進んでくる死の刃。

それに切り裂かれた騎士ヴァイツェンの肉体と精神は、

血を噴き出し内臓を撒き散らすよりも先に、

風に吹かれた紫煙の如く霧散してしまった。


「……先に勇士共を全滅させてから

ゆっくり行動した方が結果的に早かったりするのか?」


パチン、と魔王が指を鳴らすと。

床に転がる王国軍の兵士たちの死体が掻き消える。

撒き散らされた血も綺麗サッパリ消えてしまった。

後に残されたのは何事もなかったかのような静寂だけ。

廊下で起きた騒ぎを聞き付けて、

恐る恐る顔を出した他の客も、青い顔で自室に引っ込む。


後はヴァイツェンたちに金を握らされた、

或いは事情を聴かされたであろう宿の店主を

始末するかどうかだが。

バドワイズは緑の髭が生えた顎を擦りながら考える。

考えた結果、彼は勇者瞳の待つ部屋に戻った。


「お帰り。大丈夫だった? 怪我とかしてない?」


「ああ。追っ手は無事退けた。

追撃が来ないか見張りは我がやっておく故、

そなたは安心して寝床に就くがよい」


「それはありがたいけど、バドワイズは大丈夫なの?」


「我は魔王であるが故に、睡眠は原則不要だ。

その気遣いには感謝する。が、心配は要らぬ」


「それじゃあ、おやすみ」


「ああ、おやすみ」


先程この世から消滅させたヴァイツェンと同い年の青年。

この世界の同年代の男たちから見れば、

幼くさえ感じられる平和ボケした殺し合いのない国の人間。

なるほど、と魔王バドワイズは思う。

こんな状況で、こんな顔で無防備に寝られるぐらい

平和ボケしているだけ、彼のいた世界はきっと、

この世界よりもずっといい世界なのであろうな、と。

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