第4話 大人の事情はどこの世界にもある
現在元聖女一行が置かれている立場は危い、と
魔王バドワイズは勇者瞳に語った。
「奴らは当代の聖女アンを守護する勇士として、
魔王討伐の旅を成し遂げた、ことになっている。
故に、我が復活したことが世に知れるのはよろしくない」
「まあ、倒した筈なのになんでって思うだろうね。
聖女と魔王が相討ちになったって話だけど、
相討ちじゃダメだったんじゃない? ってなったら、
聖女が死んじゃった今となってはどうしようもないし」
「故に、大っぴらに我の討伐に乗り出すことができん。
我らはその隙を存分に突かせてもらう」
「具体的にはどうするの?」
「世界修復の鍵は魔王城の地下に存在する暗黒の扉だ。
あれが破壊されたままでは300年後に魔王を生み出せん。
聖女がいても倒すべき魔王がいないのでは
この世界の自浄作用が働かずに澱みは蓄積する一方だ」
魔王らしくバドワイズは姿を消すことができる。
故に、フードを被った瞳が旅人のふりをして
バドワイズの集めた金で宿屋に泊まっている。
ふたりはテーブルの上にこの世界の地図を拡げた。
「我らが今いるのがここ、西のホップ王国だ。
最終的な目的地は北の果てにあるこの魔王城。
本来であればぐるっと大陸を徒歩で横断せねばならぬが、
それは手間なので魔物に乗って海を縦断する」
「船じゃなくて魔物なんだ」
「本来であれば空を飛んでいきたかったのだが、
我が魔王軍の誇るドラゴン部隊は先の戦争で
1頭残らずセルベセリアに狩られてしまった。
再び我が眷属を作り出すにもりそーすが要るのだが、
今の我は復活したてであまりそちらに割ける余力がない」
「余力がない状態でしこたまボコボコにされたんですけど!?」
「人間1匹風情叩きのめすのに……失言だった。
我は魔王故、悪気はなかったのだ。赦せ、異界の勇者よ」
「別にいいけどさあ。そんで、海を渡って魔王城まで行くの?」
「そうだ。とはいえ直に海に面しているわけではないため、
北の大陸に着いたら一旦近場の街で宿を取るとしよう。
恐らく既に連絡が回っている以上、事情を知る人間どもが
我らを待ち構えている可能性も十分にあり得るが、
その程度であれば全て我がなんとかしよう」
「わあ頼もしい」
「問題なのはむしろ魔王城に到着してからだな」
バドワイズは1枚のコインを地図の上に置いた。
「現状ケルン王国軍が魔王城の監視をしている。
恐らく奴らは復活した我が魔王城に近付くことを警戒し、
場合によっては先回りしてそちらで籠城している可能性もある」
「どうにか話し合いで穏便に解決したいところだけど、
話をするにもまずは戦って勝たないと先に進めそうにないね」
「そのためにそなたを短時間で鍛え上げたのだ。
今のそなたならば奴らとやり合うのに申し分ない筈。
肝心の実戦経験不足も追っ手とやり合っているうちに
随分と解消された今、警戒すべきは人殺しへの忌避感か」
「そうだね。なんだかんだ追っ手の連中は
毎度気絶するまで叩きのめして放置してるけど、
未だに命まで奪った経験はまだないわけだし」
「そやつらは我がキッチリ始末しておいたので問題はない。
元聖女一行は貴様を刺し違えてでも止める覚悟で
襲ってくる可能性が高い以上、躊躇は命取りだ。
が、異界の者であるそなたにそこまで手を汚させるのも
さすがに巻き込んでしまった側の我としては忍びなく思う。
よって、いざという時は我がなんとかしよう」
「気持ちはありがたいんですけど、いいんですか?」
「ああ。元より人類の敵として生まれ、
数え切れぬほど大勢の人間の命を奪ってきた身だ。
今更その数が増えたところでなんの問題もない」
む、とバドワイズが顔を上げた。
人間のそれよりも少しだけ長い尖った耳がピクリと動く。
「どうやらケルン王国軍の追っ手に嗅ぎ付けられたらしいな」
「どうする? 逃げる?」
「いや。そなたには安眠できる寝床が必要だ
睡眠不足は人類であれ魔物であれよろしくない。
よって、連中は我が処す故安心して待つがいい。
抱き込まれたであろう宿屋の店主もな」
「うーん、店主さんまで巻き込むのはわりと罪悪感。
でも、この世界を修正するために必要なんだよね」
「元はといえば聖女を蔑ろにした勇士どもが悪い。
一連の被害の元凶は全て奴らにある故、
そなたが心を痛める必要はないぞ、異界の勇者」
「そこで"はいそうですね"って言えちゃったら、
それは曲がりなりにも勇者としてどうなのかなあ」
とはいえ現状、瞳には他に提示できる選択肢はない。
バドワイズに殺すなとお願いしたところで、
"善処する"とだけ言われて終わる気がする。
「えーと、頑張って? 怪我しないように気を付けてね?」
「ああ。では、期待に副うべく頑張るとしよう」
世界を救うために召喚された勇者でありながら、
紛れもなく瞳はこの世界の人間にとっての敵なのだ。
なんとなくそれが物悲しくて、
唯一頼れる魔王にエールを送ってしまったのは、
まあ無理からぬことであったと言えるだろう。