第3話 修行パートおしまい
「死ぬかと思った!」
「実際何度か殺しかけてしまったしな。
呼吸や心臓が止まった時はさすがの我も胆が冷えたぞ」
志半ばで死んでしまった聖女の代わりに
この世界を救う勇者として召喚された獅子吼瞳は
勇者の剣を杖代わりにしながらゼエハアと息を荒げていた。
魔王バドワイズによる地獄の特訓は功を奏し、
つい先日までただの一般的な男子高校生に過ぎなかった
彼は勇者に相応しい驚異的な実力を身に着けた。
身に着けたのだが、まあ、その過程が地獄だったのだ。
『攻撃が避けられぬ? 避けられるようになるまで
攻撃を浴び続ければそのうち避けられるようになるであろう。
案ずるな。死ぬほど痛いが死ぬことはない。
痛みを回避せんと死に物狂いになるのは生物の常よ』
『魔法が使えぬ? では使えるようになるまで特訓だ。
魔力が底を尽きるまでただひたすらに放出し、
魔力と精神力の底上げを図るのが最も効率的だな。
無論その後はきちんと回復することも必要だが』
『勇者よ。魔法を使う上で重要なのは筋肉だ。
長く過酷な旅を踏破できるだけの肉体は勿論のこと、
殴られ蹴られ首を絞められながらでも魔法を使い、
反撃するためにはまず頑強な肉体ありきだと思え』
『敵の命を奪うことに躊躇するなとは言わぬ。
だが躊躇えば死ぬのはそなた自身であると心得よ。
我が憎いか? 憎くない? 馬鹿者、憎め。
そなたの役割は魔王である我を討伐することなのだぞ。
恨み憎しみを蓄積させ、我を殺すための原動力とせよ。
何? 勇者の心が憎しみに染まってよいのかだと?
案ずるな。浄化の力とそなたの精神状態は無関係だ』
『お、ちょうどいいところに人間どもの軍勢が来たな。
実戦形式だ。今までに学んだことを活かすがいい。
何、いざとなれば我が助けてやるが故、
すとれす解消も兼ねて存分に暴れるがよかろう。
うん? この世界の人間どもと敵対して大丈夫なのかだと?
そなたは異界からの異邦人であり、最後には我を殺し
暗黒の扉を閉めて元の世界に帰るのであろう?
であれば後腐れなど何も残らぬ。存分に蹴散らしてしまえ』
毎日毎日ボロクソ叩きのめされてボコボコにされて。
死ぬ一歩手前まで扱かれたかと思えば
『休憩も大事だ』と丸一日お休みする日もあれば
復活した魔王を秘密裏に討伐しに来た
ケルン王国の軍隊と戦わされるなど、
平和な日本にいた頃からは想像もできないぐらい、
ここ数日の生活はメチャクチャな代物だったと瞳は思う。
だが、辛さよりも楽しさが優っていたのは事実だった。
自分があり得ない速度で強くなっていく実感。
日本にはなかった魔法を使えるようになる喜び。
そしてこれらの一部は全てが終わった後で、
日本に持ち帰ってよいと言われているのだから
それでモチベーションが上がらない筈もなく。
「それにしても、なんで大々的に殺しに来ないんだろうな?
軍隊が来てもコッソリだし、俺が街に買い出しに行っても
闇討ちされそうになるぐらいで正直生ぬるいというか」
「現在勇士一行は魔王討伐の実績を大々的に喧伝し
政治的な優位性を保つことに必死だからであろうな。
魔王を討伐したという実績はただそれだけで
この世界において莫大なあどばんてーじを獲得できる。
為政者ともあればなおさらそれを利用しない手はあるまい」
つまりは外聞が悪いのだ。折角魔王を討伐したのに
その魔王が3回も4回もポンポン復活されてしまっては
『お前ら本当にちゃんと魔王討伐したのかよ!』と
世間から非難が飛んできてしまうのは避けられないわけで。
天狗になってるとか調子に乗ってるとまでは言わないが、
それでも『うちの国の王子が魔王を討伐しました!』と
戦勝パレードまでド派手にやったというのなら、
少なくとも全力で取り繕いに来るのは当然と言える。
「本当はサイベリアンだかベルセルクだかって名前の
悪役令嬢と協力できれば一番手っ取り早いんだけどね」
「セルベセリアだな。魔王の権能をもってすれば
接触することは左程難しくはないが。
我が幾度となく試したにも関わらず、
奴らが一向に聴く耳持たん以上、無駄だと思うぞ」
「まあね。今更別の世界から勇者が来ましたーとか、
お前らが失敗した尻拭いしてやんよーとか言われても、
あちらさんからすりゃいい迷惑だろうし」
現在ハイネ・ケルン王子とセルベセリアの結婚式が
全力で進行していることは風の噂で伝わってきた。
魔王バドワイズは食事を必要としないが
勇者である瞳は飲み食いしなければ普通に死ぬ。
そのため時折変装して街に買い出しに行くのだが、
そこで元聖女一行の話は嫌が応にも聞くことができた。
誰も彼もが魔王討伐に浮かれてお祭りムードなのだ。
それが悪いとは言わないが、可哀想だなと瞳は思う。
真実を知らないというのはある意味幸せなことだ。
少なくとも聖女がしくじったせいで魔王は未だ現役、
このままでは世界が滅びに向かうと知れば、
彼らは手の平を返してケルン王国を非難し始めるだろう。
「誰が悪いわけでもないだろうに、
どうして上手くいかないんだろうね?」
「運命とはすべからくそのようなものだ
誰かにとっての悲劇が誰かにとっての喜劇であるように
或いはその逆もまた然り」
バチバチと焚火の炎が爆ぜる。薄暗い夕暮れ時。
魔王と勇者は串に刺してタレを塗り焼いた魔物の肉を貪る。
半概念存在である魔王に食事は必要ないのだが、
必要ないだけで食べられないわけではないため、
同じ釜の飯を食う感覚で、ふたりは食事を共にする。
「ま、お陰で俺は滅多にできない貴重な体験ができて
しかもお土産までもらって帰れるわけだから文句はないけど」
「うむ。ここ数日のそなたの頑張りは称賛に値する。
幾ら光の素質を持つ者とはいえただの人間が、
ここまで我に散々に打ちのめされてそれでも笑顔で
立ち上がることができるというのは素晴らしい才能だ」
「そりゃあ目の前に極上の餌がぶら提げられてるんだもの
俺はなんとしても日本に帰って家族や友達に会いたいし、
日本で魔法が使えるようになったら最高の生活が
送れるであろうことはまず間違いないわけだからね。
やりすぎて世界とやらに怒られた困るから、あくまで
程々に私利私欲を満たす程度で我慢するけれども」
「そなたの世界か。聖女も魔王もなく、魔法も魔物もない。
さぞ平和で素晴らしい世界なのであろうな」
「全然。魔法の代わりに科学ってのが発達してて、
バンバン人間同士で醜くいがみ合ってるよ。
税金とか年金も酷いって父さんぼやきまくってるし、
こっちの世界と比べても別にいいところじゃないと思うな」
「そうか。だが、我にとっては興味深い世界だ。
我は魔王として死ぬためにこの世界に生を受けた。
聖女に殺され、この世界に蓄積した悪感情を清算する
ただそれだけの目的のためにな。
故にこそ、生きるために生きる、というのは
どういった感覚なのか、知ってみたい気持ちはある」
「……なんか、ごめん」
「そなたが謝ることはない」
「そっか、そうだよな。俺、日本に帰るためには
その前にバドさんを殺さないといけないんだよな」
「そなたが気に病む必要はない」
「いやいやいや! 気にするよ! というか、俺、
ほんとにバドさんのこと殺せるのかな。
いざとなったらできないかも……」
「ふむ、それは困り者だな。であれば、
そなたに嫌われるべく努力せねばなるまい。
手始めに嬲り殺し一歩手前まで常時痛め付け続ける
……のは勇者の業務に支障が出るが故不可能だが、
手酷く罵倒し邪険に扱い続けるというのはどうであろう?」
「お願いだからそれはやめて!
四六時中一緒に行動しないといけない相手に
そんなことされたら俺の心が折れちゃうから!」
「そうか? 人間の相手とは難しいものなのだな」