第25話 美人って結局損?
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
百日紅世良が屋敷に帰宅すると、
どこか顔色のよくないメイドが出迎えてくれた。
「まさか、また、ですか?」
「はい。お嬢様あてに花束が届きました。
いつものように恋文も添えられております」
お読みにならない方がよろしいでしょう、と
言葉を濁す辺り、相当碌でもない内容だったのだろう。
つい数週間ほど前から、
世良宛に差出人不明の花束が届くようになった。
花束には必ず手紙、それも熱烈なラブレターが添えられ、
最初のうちは困っているだけで済んだが、
徐々に『僕の最愛の人』『僕の運命の人』
『必ず迎えに行きます』『今度こそ結婚しよう』などと
エスカレートしていく手紙の内容に気味の悪さを覚え、
両親が警察に通報したものの、
実害が出ていない、の一点張りで相手にしてもらえなかった。
「犯人はまだ見付からないのですか」
「警察は実害が出なければ動きません。
ストーカー殺人などがその典型です」
「全くこれだから公務員は!
お嬢様に何かあってからでは遅いというのに!」
怒りに打ち震えるメイドを丹波がバッサリ切り捨てる。
彼が雇われたのも、この匿名のストーカーから娘を守るためだ。
海外のSP会社に勤務していた経験のある彼は、
警察はあてにならない、と判断した世良の父により雇われた。
勿論、入念すぎる程の身辺調査を経て、だ。
故に、瞳も最初は丹波に警戒されたのだ。
「安心してください。俺がいる限り、
お嬢様には指1本触れさせません」
「頼りにしています、丹波」
はあ、と世良はため息を吐き、部屋に戻る。
お金持ちのお嬢様、加えて美人である彼女は、
幼い頃からそういった汚らわしい視線を向けられることは
忌ま忌ましいことに珍しいことではなかった。
同性からは嫉妬され、異性からは気色悪い欲望をぶつけられ。
告白を断ったら『調子に乗ってる』『お高くまとまってる』
『俺らをバカにしてる』なんて悪評を吹聴されてしまったこともある。
(……ひーくん)
幼少期からずっと、男性が絡むと碌なことがない、というのが
百日紅世良の人生だった。
女児からは『世良ちゃんウザイよね』とハブにされ、
男児からはからかわれ、いじめられ続けた幼稚園時代。
男の子は好きな子ほどいじめたくなるのよ、と担任に言われ、
事ある毎にちょっかいをかけられた上でスカート捲りや
長い髪を引っ張られるなどの性的加害を受けた小学校時代。
中学時代になると今度は、色んな上級生や
同級生から頻繁に告白されるようになって。
ごめんなさい、と断る度に、逆ギレされたり泣かれたり、
嫌味を言われたり逆恨みされたりと碌なことがなかった。
純粋に好意を抱いてくれた者であったとしても、
告白を断る、という行為には少なからず心に負担がかかる。
だがそういった純粋な者は稀で、多くの場合そのほとんどが
彼女の容姿か、或いは百日紅家の財産目当てに過ぎず。
だが、それよりももっと悍ましかったのは、
多くの大人が彼女に性的な視線を向けてきたことである。
『世良ちゃんは可愛いねえ』
『美人さんだねえ』
『婚約はまだなんですか?』
『よければうちの子と』
『なんなら私の後妻に』
『もう生理は来たのかな?』
『年上の男は好きかい?』
社会的地位・立場・肩書きのある20代から60代までの男性。
たとえばそれは大企業の社長や会長であったり
政治家の御曹司であったり芸能人であったり。
むしろ一般人よりも、そういった金持ち・建暦者連中の方が
増長して思い上がった分余程厄介であったように思う。
ともすれば男性恐怖症になりかねない程に、
彼女は汚らわしい視線を数多向けられてきた。
この国の中年男性は、どうしてそんなに
女子中高生とセックスがしたいんですか? と。
同年代のお嬢様たちは、『男なんてみんなそんなもんよ』と言う。
お嬢様として蝶よ花よと育てられ、いずれは政略結婚の道具として
御家のために利用される運命を生まれた時から背負わされてきた
彼女たちは、慣れるか徹底的に戦い続けるかを選ぶしかないと言う。
そんな苦い経験ばかりしてきた世良にとって、
唯一綺麗な思い出が幼少期に瞳と過ごした思い出だ。
瞳と、彼の姉の愛と、3人で遊んでいた時は楽しかった。
ひーくんは正義感が強くてかっこよくて、
愛ちゃんはちょっと毒舌だけど優しくて。
思い出補整で少なからず美化されている可能性もあるが、
それでも世良にとってふたりは大事な友達だった、のに。
(ひーくんのバカ。なんで覚えてないかなあ)
ゴロリ、と制服姿のままベッドに寝転がる。
(言わなくても思い出してほしい、なんて。傲慢だよね?)
思い出してほしいのなら、直接そう言えばいいだけだ。
でも、怖い。もし「そうだっけ?」と言われてしまったらと思うと、怖い。
大事な大事な輝かしい思い出が、壊れてしまいそうで。
(運命の人、かあ)
そんなものは信じていないが、ロマンチックな憧れはある。
少なくともそれが件のストーカー野郎でないことだけは確かだと、
世良は可愛らしいライオンさんのビーズクッションに顔を埋めながら思った。




