第24話 通学路に不審な男が
「生徒会長、それに丹波さんも、
ありがとうございました!」
「いえ」
「それじゃあ獅子吼くん。また明日学校で」
「はい。そんじゃ」
百日紅家の車で学校の最寄駅まで送ってもらった瞳は、
走り去る黒塗りの高級車を、笑顔で見送った。
その隣には、猫から巨躯の魔王の姿に戻った
バドワイズが堂々と立っている。
夕方の帰宅ラッシュの時間帯により
駅前広場はかなり混雑しているが、
誰も魔王の存在を認識することはできず、
彼の周囲を無意識のうちに避けて歩行している。
(ずっと生徒会長のこと見てたけど、何か判った?)
「ああ。何もないということが判った」
(それじゃあ、セルベセリア・コロナとは
ほんとにただの他人の空似なのかな)
「――!」
バドさん? と首を傾げる瞳の肩に手を置き、
バドワイズは振り返らぬよう告げた。
「勇者よ。我ら、否、そなたを睨んでいる男がいる。
人混みに紛れてはいるようだが、我の目は誤魔化せぬ」
(誰だろ。生徒会長のファンとか?)
「判らぬ。服装からして学生ではないようだが」
それは黒髪黒服の、中肉中背の若い男だった。
高校生よりも少し上。大学生か新社会人であろうか。
(え? 何それ怖いんですけど)
「うむ、警戒した方がよさそうだ。
とはいえ我がついている以上、」
そなたに危機が及ぶことはないのだが」
(俺が大丈夫でも生徒会長が危ないじゃん!
いやあんなごっつい運転手さんが一緒なんだから
大丈夫だろうとは思うけどさあ)
男はしばらく瞳の後ろ姿を睨んでいたようだが、
すぐに雑踏の中に消えていった。
「どうする? 追うか?」
(いや、一旦明日生徒会長に相談してからにしよう。
生徒会長ってお金持ちのお嬢様で、
しかも親が過保護だって言ってたし。
心配した御両親が陰ながら娘を見守らせている、
みたいな可能性もないわけじゃないと思う)
「承知した。だが、それにしては
そなたに向ける視線が剣呑であった。
我はああいった視線に見覚えがある」
(どんな視線?)
「恋敵を憎悪する、恋する者の目だな。
狂信的な愛を宿した者は危険だ
それが独善的なものであれば、なおの事」
(それは……厄ネタの臭いがするね?)
「ああ。人間であれ魔族であれ、
ああいった思い詰めた目をした輩に碌な奴がいない)
(それはそうかもしれないけれども)
今からでも追いかけた方がいいだろうか。
少なくとも親が雇ったSPなどであれば、
護衛対象にそんな感情を頂くわけがない。
しまったな、と瞳はスマホをバドワイズから受け取りながら思う。
生徒会長と連絡先を交換しておけばよかった。
本来学校にスマホを持ってきてはいけないのだが、
そこは魔王に預けておくことで抜き打ち検査もパスできる。
魔王の認識を阻害する世界の補整力は都合がいいことに、
魔王がスマホを手にした瞬間そのスマホも
この世界の誰からも認識されなくなる便利仕様なので、
上手く使えばシャッター音なしでの隠し撮りなんかも
余裕でできるのであった。
(誰だろ)
「さてな」
魔王バドワイズが勇者のスマホで撮影した男の顔は、
マスクとお洒落ハットでよく判らなかった。
着ている服のセンスから考えて、たぶん大学生か何かだろう。
或いは住所不定無職の成人男性という可能性もあるが、
こんなファッション雑誌のメンズモデルみたいなお洒落な格好をした
住所不定無職の成人男性はいないだろうとも思える。
服装と体型だけなら十分雰囲気イケメンで通じそうな風貌だ。
(我としては、万が一そなたに火の粉が降りかかる前に
先手を打って排除してしまいたいのだが」
(うーん、それは難しいね。
実害があったのならともかく、ただ睨んできただけの相手を
どうこうする権利は俺たちにはないし)
「バレなければよいだけでは?」
(思考回路が魔王。
大丈夫だよバドさん。俺だって元とはいえ勇者だし。
バドさんとの地獄の特訓が体に染み付いてるしね。
それに)
「それに?」
(いざって時は、バドさんが守ってくれるでしょ?)
「……ああ、任せろ」
魔王バドワイズは瞳の肩に置いた手で、
彼の肩をポンポン、と軽く叩いた。
(とりあえず明日生徒会長に相談してからだね。
先走って独断で判断するのは危険だから)
「承知した。では、我らの家に帰るとしよう」
(うん)
ただの杞憂で済みますように、と瞳は願った。
が、そんな願いが叶うような世の中なら、
わざわざ自分が異世界に召喚されたりもしないよなあ、と
どこか諦め半分に、彼は魔王の手を引いて改札をくぐった。




