第22話 トゥルー・ラブ・トゥ・トラブル
(やはり、覚えてませんよね)
百日紅世良はため息を吐いた。
授業中にため息を吐くなどあまり行儀のよい行為ではないが、
今朝のことを思い出すだけでちょっぴり憂鬱になってしまう。
(ひーくん……)
▽
「やーい! 滑り猿! だだ滑り猿ー!」
「猿じゃないもん!」
幼い頃、具体的には幼稚園児の頃。
百日紅世良はいじめられっ子だった。
お嬢様めいた大金持ちというわけではないが、
それなりにお金持ちの家の子で、美人。
いわゆる大人にとって都合のいい子ちゃんだったため、
滑り猿などと呼ばれていじめられるのが常だった。
「さっきからうるせーんだよ! おめーの方が猿じゃねーか!」
「んだとお!?」
「やんのかゴラァ!」
そんないじめっ子から助けてくれたのが、獅子吼瞳だ。
まあ、彼は助けてくれたつもりはないのだろうが。
幼い頃の彼は、わりとガキ大将気質の乱暴者だった。
いわゆる自己中なクソガキで、どうしようもなく世間知らずで。
それでも女の子をいじめて泣かせるクソガキ共を、
無視しない程度の良識は持ち合わせていた。
「泣くなよウザイから。俺が泣かせたって思われるだろ」
「ごめんなさい」
「泣いてる暇があるなら逆に泣かせりゃいいんだよ。
大丈夫大丈夫、せーとーぼーえーだから。
血が出なけりゃセーフって姉ちゃんも言ってたし」
「それもどうかと思う」
家が近所というほど近所でもなくそこそこ遠かったが、
通っている幼稚園が同じだったため世良は瞳と仲よくなった。
元々幼稚園児の頃から優等生で、周囲の女児からは
"世良ちゃんウザイよね。いっつもいい子ぶっててさ"などと
遠巻きにというか仲間ハズレにされていた世良には
全く友達がいなかったため、瞳が初めての友達だった。
「初めまして。瞳のお姉ちゃんの愛です」
「百日紅世良です」
「知ってるよ。いい子ぶりっこの世良ちゃんでしょ?
ごめんごめん、そんな顔しないでよ。
別にいい子が悪いことだなんて思ってないからさ」
「姉ちゃん性格悪い。いつものことだけど」
「あんたに言われたかないわ!」
いじめられないよう瞳とつるむようになってから、
彼の姉の獅子吼愛とも友人になることができた。
現在3年生の世良は年長さん。1年生の瞳は年少さん。
一緒に過ごした時間は半年もなかったように思う。
すぐに卒園して小学生になってしまった世良と
別の小学校に行った瞳は疎遠になってしまい、
世良が獅子吼家に遊びに行くことも
彼ら姉弟が百日紅家に遊びに来ることもなくなってしまったが、
あの頃の思い出は今でも大切に覚えている。
▽
(今更、なんて思われたら迷惑かな)
再会した幼馴染みは、わりとかっこよくなっていた。
昔からかっこよかった、と思うのは贔屓目かもしれないが、
少なくとも1年の教室でバッタリ再会した時、
彼女は瞳から瞳を逸らすことができなかった程度には。
それはたぶん容姿云々がどうというより、
異世界帰りの修羅場慣れした、
大人びた雰囲気が周囲の同級生たちに比べ
人目を惹いていただけかもしれないが、
もしかしたらそれだけではないかもしれない。
(恋なんかしてる暇、ないもんね)
百日紅世良は高校3年生。受験生だ。
もし仮に告白してOKをもらい、付き合うことになったとて、
すぐに自分は大学生になってしまう。
あの頃と同じように、すぐに離れ離れになってしまう。
それでも、と彼女は教室の窓ガラスに映る自分の顔を見る。
折角の女子高生生活ラスト1年なのだ。
真面目で堅物な優等生、なんて陰口を叩かれる自分だが、
思春期らしい恋愛に憧れないわけではない。
人生で一度ぐらいは彼氏がほしい、という願望もある。
受験生なんだから恋愛にうつつを抜かしてないで、
彼氏なんか大学で作れと言われればそれまでかもしれないが。
(そもそも向こうは私のことなんか覚えてないだろうし。
忘れてるんだとしたら、なんとも思ってないだろうし)
幼稚園一緒だったけど覚えてる?
実はあの頃からちょっと君のこと好きだったんだよね、なんて。
見知らぬ女にいきなり言われても気持ち悪いだけかもしれない。
そういえば、と世良は幼少期の記憶に想いを馳せる。
(どこかのお城で、私はお姫様みたいなドレスを着ていて。
それで、泣いている私のところにひーくんが助けに来てくれて、
なんて、そんな夢を見たことがありましたね)
夢の話を今でも覚えているぐらい記憶に残っているのは、
この私があんな古典的なプリンセスな夢を見るなんて、と
よっぽど恥ずかしかったのか、それとも。
(思いきって声、かけてみようかな。
でもそれで変な女だと思われたらやだし……)




