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第2話 ヒロインはちょっぴり憂鬱

「セルベセリア様、おはようございます。

朝食の準備ができておりますよ」


「おはよう婆や。今日もいい天気ね」


セルベセリア・コロナには未来の記憶がある。

それは自らの致命的破滅をもたらす悪夢だ。


『セルベセリア! 貴様との婚約は破棄する!

公爵家の権力を笠に着ての狼藉最早赦し難い!

挙げ句救世主である聖女アン・ハイザに嫉妬し

彼女に暴漢をけしかけるとはケルン王国民の面汚しめ!』


公爵令嬢である彼女には両親が決めた婚約者がいる。

それがケルン王国の第1王子、ハイネ・ケルン様だ。


幼い頃からハイネ王子とセルベセリアは仲が悪かった。

というか、一方的に王子が彼女を邪険にしていた。

セルベセリアは傲慢で、率直に言えば人間のクズだった。

だから王子の態度は至極当然のものだったのだろう、と

今になって思い返すと顔から火が出てしまいそうになる。


そんなセルベセリアは過去に、いや未来で一度死んでいる。

婚約者であるハイネ王子をポっと出の平民の女に奪われ

実は聖女だった彼女の魔王討伐の旅に同行した

王子一行が全員聖女アンに惚れてしまったのだ。


幾ら魔王を討伐し世界を救った聖女とはいえ、

平民の女が王族貴族を侍らせ逆ハーレム状態。

当然周囲の人間がそれを面白く思う筈もなく、

特にかつてのセルベセリアはその筆頭だった。


「おはようセリィ。今日も可愛いね」


「おはようございます、ハイネ様。

そのような過分なお言葉、

わたくしのような者には勿体のうございます」


「過分なんかじゃないさ。

君は誰もが認める真の聖女なんだから。

そんな素晴らしい婚約者を持てて、僕は幸せだよ」


5歳の時だ。セルベセリアは過去に戻った。

聖女アンを暴漢に襲わせようとした罪が発覚し、

彼女は大罪人として投獄され、公開処刑に処された。

断頭台でギロチンにかけられた彼女は、何故かは

不明だが気付けば5歳の頃に戻っていたのである。


「ですが、魔王は復活してしまいました。

やはり魔王を真の意味で討伐するには、

聖女の力が必要だったのはないでしょうか?」


「可愛いセリィ、心配は要らないよ。

君と僕らの力を合わせれば、あんな魔王なんて

これっぽっちも恐るるに足らない存在だ。

奴が100回蘇るというのなら、101回奴を殺そう。

君の偉業を今更疑う奴なんて、誰もいないさ」


5歳で己が破滅する未来を知ってしまった彼女は、

それから10年間心を入れ換え真面目に励んだ。

ハイネ様とは距離を置き、魔法の力を研鑽する。

ワガママは一切言わず、誰にでも優しく善良に。

いっそ公爵家を出て平民になることも考えた。

だがそれらは全て両親とハイネに阻止されてしまった。


わたくしなんてどうせ、と内心卑屈になって、

周囲に見捨てられないよう、或いは見捨てられても

生きていけるようにとこの10年間頑張ってきた彼女は、

気付けば周囲から溺愛され崇拝されていたのである。


未来のケルン国王であるハイネ王子を筆頭に、

彼女の義弟である公爵家の長男カスケード、

将軍の息子ヴァイツェンや宰相の息子モトゥエカなど

本来であれば聖女に惚れ込んでしまい、

セルベセリアを断罪する筈だった美少年たちは全員

今はセルベセリアの心強い味方となってくれた。


だが。


(聖女には……悪いことをしてしまったかもしれませんね)


セルベセリアは頑張りすぎてしまったのである。

魔王討伐後の世界で用済みになり、

婚約を破棄されても独りでも生きていけるように

10年間ただひたすらに己を研鑽し続けた彼女と、

15歳で聖女の力に目覚めるまではなんの変哲もない

ただの平民だったアン・ハイザの間には、

あまりにも大きすぎる実力差が生じてしまっていた。


本来であれば聖女アンは魔王を討伐する旅の中で

聖女を守護する勇士たちに守られ少しずつ強くなり、

聖女としての使命に目覚めていく筈だったのかもしれない。


だが、聖女を守護する筈だった勇士たちは全員、

既に聖女アンではなくセルベセリアにお熱だったのである。

聖女一行の旅路にセルベセリアが同行を命じられた時、

最初彼女は何故自分が選ばれたのか分からなかった。


『周りが全員初対面の男性だらけというのも

聖女様が気後れしてしまう可能性が高いだろう?

だから同じ女性であり、なおかつ気遣いができて

素晴らしい魔法の才能と明晰な頭脳を持つ君が

同行してくれたらこれほど頼もしいことはないと思う』


愛しのセルベセリアと1秒だって離れたくないハイネ王子と

彼に同意した仲間たちの目論見によって、

セルベセリアは不慣れな聖女を補佐するために

魔王討伐の旅に女性代表として同行することとなった。


『何よ! 口を開けばセルベセリアセルベセリアって!

そんなにセルベセリアさんが凄いのなら、

あなたたちだけで勝手に魔王を倒しに行けばいいじゃない!

何が聖女よ! 何が光の力よ! 私もう知らない!』


その結果が、本来あり得ざる聖女の死だ。

セルベセリアと比較され、実力不足を嘆かれ続けた彼女は

どれだけ努力しても報われない環境にストレスを溜め続け

最後は癇癪を暴発させて、逃げ出してしまった。


『今はそっとしておいてあげた方がいいんじゃないかな?』


『むしろ気を遣いすぎだろ。ほっとけよ、あんな女』


『そうですよ。なんですかあの態度、みっともない』


『あんな女が本当に聖女だとはとても思えんな』


皆は口々に、セルベセリアこそが聖女に相応しいと述べた。

だが、自分が聖女ではないことはセルベセリア自身が

一番よく知っているため、そんな筈がないと言い張った。

そんな姿さえも、"謙虚だ"と彼女の魅力を煽るだけ。


『きゃああああ⁉』


『ハイザさん!?』


結果、聖女は魔物に襲われてあっさり死んでしまった。

まさかの聖女の死に一行はさすがに焦ったが、

死んだ人間を生き返らせることは誰にもできない。


一体どうすべきか皆で話し合った結果、

魔王は自分たちだけで倒そう、という結論に至った。

良心が痛んだが、それ以外に道はなかった。


何せ聖女による魔王討伐は世界中の人間の悲願だ。

それを守りきれず死なせてしまったとバレれば

ケルン王国の名声は地に落ちるであろうという打算もある。


幸い魔王は聖女抜きでも討伐することができた。

300年に一度魔王が現れるという暗黒の扉も、

セルベセリアの魔法でなんとか破壊することに成功。

これで未来永劫魔王が現れることはない、筈だったのだ。


『聖女アンは魔王と相討ちになって死んだ』ことになり、

世界には平和が訪れ、凱旋したセルベセリア一行は

名実ともにこの世界の救世主となったわけだ。

これでケルン王国も未来永劫安泰である、と

誰もが輝かしい希望溢れる未来に期待していたのに。


(これは……運命を捻じ曲げてしまったわたくしへの罰なの?)


討伐された筈の魔王バドワイズは復活し、

勇士一行にこのままでは世界は滅びると告げてきた。

無論、そんなものは魔王の戯言に過ぎない、と

皆は憤慨しているが、セルベセリアにはそうは思えない。


何故なら彼女は正しい未来を知っているからだ。

聖女アンが魔王バドワイズを討伐し凱旋した未来では、

魔王がたったの数日で復活することなんてなかったからだ。


(判らない、どうすればいいのか判らないの)


今更聖女の力に縋ろうにも、聖女は死んでしまった。

自分たちが邪険に扱い、半ば見殺しにしてしまった。


「何も心配することはない、可愛いセリィ。

君たちは僕ら……僕が守るよ。この命に代えてもね」


かつてはあれほど欲したハイネ王子からの愛情さえも、

今のセルベセリアにとっては薄っぺらく感じられてならなかった。

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