第19話 誰もが何かを口ごもり
「あ」
「うん?」
放課後。旭川はバスケ部に、軽井沢はフットサル部に、
それぞれ部活に行ってしまい、ひとり……といっても
魔王がすぐ傍にいるのだが、な状態になった瞳はが
折角だからバドワイズと一緒に買い食いでもして帰ろうか、と
玄関口に向かって歩いていた矢先。
百日紅世良。
セルベセリア・コロナにそっくりな顔立ちの
美少女生徒会長と、バッタリ下駄箱付近で鉢合わせた。
「……」
「……あの」
「あ、はい。なんでしょう」
「……いえ、ごめんなさい。なんでもありません」
「いやいや、なんでもないってことはないでしょう。
露骨になんかある顔してるじゃないですか」
「……そう、ですよね。ごめんなさい。
でも、ほんとになんでもないんです」
そう言って立ち去ってしまった百日紅世良を、
呼び止めるべきか逡巡する瞳。
「どう思う? バドさん」
「うむ、そなたの見立て通りに、露骨に何かある顔をしているな。
恐らくは前世の記憶を保持したまま転生したか、
或いは魂に刻まれた前世の記憶が既視感でも起こさせたか」
「そんなこと起こるんだ?」
「ああ。普通の人間ならばまずあり得まいが、
余程鮮烈な体験をした人間は来世にまで
その影響が色濃く及ぶことが往々にしてある」
「詳しいね?」
「これでも"世界"そのものに生み出された端末であるが故。
聖女とは異なり、ある程度の知識は与えられているのだ」
いずれにせよあの様子では、問い詰めたところで
正直に全てを打ち明けてくれそうな雰囲気でもなかった。
それに、だ。面識の全くない3年生の女生徒会長に、
1年生の男子がいきなり絡んでいくのも外聞が悪い。
なんてことを考えていると、不意に背後から声をかけられた。
「あれ? うちのクラスの……」
「ああ、転校生か。今帰り?」
「うん、そうなの! あ、私灰座杏だよ。よろしくね!」
「俺は獅子吼瞳。よろしく」
次から次へとよく出会う、と瞳は運命的な何か、
或いは偶然と呼ぶそれ、を感じずにはいられなかった。
転校生の灰座杏。生徒会長とは違い、
彼女の反応に妙な点は特に見受けられない。
「あれ? 獅子吼じゃん」
「ん、お疲れ」
どうやら彼女はクラスの女子たちと一緒に下校するらしい。
複数人の女子たちにヒラヒラと手を振りながら、瞳は道を譲る。
なるほど転校初日から早速友達を作ろうと頑張っているわけだ。
男子にも分け隔てなく接する気さくさは確かに好ましい。
さすがにこの状況で『ねえ灰座さん、魔王って知ってる?』などと
さりげなく訊いてみるのは難しいかもしれない。
『音楽の授業の?』程度の返しをしてもらえれば上等。
最悪高校生にもなってまだ厨二病を引きずってる痛い奴、
とでも思われクラス内での評判が暴落しかねない
「ま、別にいいか。
今すぐどうこうしなきゃ世界が滅びるわけでもないんだし?」
「確かに。世界の危機に比べれば些事やもしれぬが」
「それより帰りに寄り道しようよ、バドさん。
折角だから俺のオススメのお店とか紹介したいし!」
「む、すまぬが瞳よ。我は金銭の持ち合わせがないのだ」
「別にいいって。それぐらい奢るよ。
異世界じゃバドさんにお世話になりっ放しだったし、
バドさんをこの世界に連れてきたのは俺だしね」
「気持ちは嬉しいが、いつまでもそなたに
何もかもを賄ってもらうのも悪い。
が、この状態で金銭を稼ぐ手段はない、か。
なんとかせねばならんな」
常人の目には見えない魔王と会話する元勇者を、
すれ違う通行人たちが怪訝な目で見てくる。
確かにブツブツ独り言を言いながら
虚空を見上げ楽しそうに喋り続けている人間は奇妙だろう。
やべえ、と気付いた瞳は慌てて念話に切り替える。
といっても瞳に特別な力が残っているのではなく、
人類の思考を読み取る魔王の権能を用いたバドワイズが
一方的に喋るような形のものになってしまうが、
それで意思疎通ができるのなら問題はないでしょ、と
楽観的に構えることができるのも瞳の長所かもしれない。
(バドさんは甘いものって好き?
なんか苦手な食べ物とかある?)
「ない。そもそも好き嫌いが生じるほど、
我は人間の食事を摂った経験はあまりない」
(それでも旅してる時は一緒に食事したじゃん。
その中からこれがいいあれは嫌みたいなのはなかった?)
「特には」
(じゃあ、今んとこなんでも食えるってことだね。
もしなんかこれは嫌、みたいなのに遭遇したら教えてよ。
逆にこれはなんか好き、みたいなのに出会った時もさ)
「承知した」
そんなわけでやって来たるはチェーンの喫茶店である。
学生が寄るには些か割高でお洒落なお店なのだが、
だからこそ背伸びをしたい若者には受けているため。
「あ」
「あれ? 獅子吼くん?」
先に学校を出た女生徒の一団にバッタリ出くわしてしまった。
勿論その中には灰座杏もいる。
「何獅子吼、後着けてきたの?」
「うわ、ストーカーじゃん!
何々? 灰座さんに一目惚れでもしちゃった?」
「そんなわけないだろ」
お互い冗談で言ってるのは解っているため、
茶化したムードでやいのやいのと盛り上がる。
どうやらこれから放課後の女子会をするらしい。
だったら俺らはさっさとテイクアウトして、
歩き飲みした方がよさそうだ、と瞳は新作を2個注文した。