第17話 嵐を呼ぶな転校生
異世界から帰還した勇者、獅子吼瞳は高校1年生。
なので平日は学校がある。
「ここがそなたの生まれ育った世界……
我のいた世界とは大違いだな」
「まあね。驚いた?」
「うむ、驚きすぎてしまってしばらく声も出なんだ」
自分にしか見えない魔王とお話する男子高校生。
そこだけを抜き出すといつまで中二病を患ってるのかと
心配されてしまうかもしれないシチュエーションだが、
魔王バドワイズは紛れもなく実在する。
そんなわけで瞳は彼を部屋に独りでいさせるのもアレだったので、
案内も兼ねて学校に連れていくことにした。
どうせ誰にも見えないから平気でしょ、と。
テレビを筆頭とする家電にスマホ、電車にバス。
魔法を基準に発達した異世界とは異なり、
ありとあらゆるものが違いすぎる世界には
さすがの魔王も目を白黒させてしまっているようだ。
「瞳、危ない」
「うお!?」
そんな瞳が学校に向かって歩いていると、
いきなり青信号なのにトラックが突っ込んできた。
いわゆる異世界転生トラックの類いであろうか。
だがトラックが瞳を撥ねるよりも先に、
魔王バドワイズがその強力でトラックを正面から受け止める。
「怪我はなかったか? この世界にも勇者の命を狙う
魔物がいるとは思わなんだぞ」
「いや、魔物じゃないよ! 人が運転する乗り物だよ!」
「そうなのか? そなた、この世界においても
他者から命を狙われる定めにあるのか?」
「さすがにそれはない、と思うけど。単なる偶然じゃない?
それよりバドさんは大丈夫だったの!?」
「うむ。この程度の攻撃であれば造作もない」
「さすがは元魔王だね」
猛スピードで突っ込んできたトラックを片手で受け止め、
そのまま力尽くで横転させてしまったバドワイズは
心配、の二文字を顔に貼り付けながら瞳の顔を覗き込む。
だが心配してしまったのは瞳の方だ。
まさか猛スピードで突っ込んできたトラックを、
軽々と片腕一本で捻じ伏せるとは。
「キャー!?」
「なんだなんだ!?」
「とにかく、警察に通報しないと! あと救急車!」
いきなり道路のど真ん中でトラックが横転したため、
周囲の通行人たちは悲鳴を上げる。
特にここは通学路。学校へ向かう学生も多い。
幸い死傷者はいなかったようだが、
さすがに大騒ぎになってしまうことは免れず。
そんなわけで、異世界から帰還したばかりの瞳の
通学初日はいきなり波乱の幕開けと相成った。
「おっす瞳、おはよー」
「何お前、朝から死にかけたらしいじゃん。大丈夫だったん?」
「おはよーみんな。久しぶりー」
「いや、久しぶりって。昨日会ったばっかじゃねえか」
「大丈夫? マジで頭とか打ってね?」
「あー、うん。大丈夫大丈夫」
結局駆け付けた警察に事情を説明しているうちに、
瞳の遅刻は確定してしまった。
事情が事情なだけに叱られることはなかったが。
どうやらトラックの運転手は居眠り運転をしてしまっていたらしく、
まさか魔王が受け止めてくれました、などとは言えないため
居眠り運転中にハンドルを切り損ねた結果、
奇跡的に瞳を轢いてしまう前に横転したのだろう、
という形で事件は解決の方向へ向かうだろう。
「なんにせよ死ななくてよかったじゃん。
朝から心配かけたお詫びにジュースでも奢ってもらおうか」
「ほんとだよ。まだ死にたくないよ俺。
つーか、そこは慰めるために逆にお前が奢るとこだろ」
「デブのカロリーを無駄に消費させるとか大罪よ?
脂肪は資産価値なんだから」
「そんな資産価値聞いたことねえって。
にしてもいきなりクラスメイトが事故死するかもとか、
あんま考えたくねえよな」
「ほんとだよ。実際に死んでたらと思うと笑えないよ」
幸先悪いなあもう、とぼやく彼を出迎えてくれたのは、
友人の旭川と軽井沢だ。
旭川はいわゆる動けるデブタイプのB系バスケ部員で、
軽井沢は線の細い眼鏡のイケメンである。
どちらも入学してすぐに仲良くなった。
しばらく異世界に行っていた瞳からすれば、
本当に久々の友人たちとの再会であるのだが、
どうやら瞳があちらの世界で過ごした時間は
この世界におけるたったの一晩程度だったらしい。
お陰で失踪扱いされずに済んで助かったのだが。
当然、彼らの目にも魔王バドワイズの姿は見えていない。
「ところで、あれ誰?」
鞄を置いて友人たちと喋り始めた瞳は、
クラスに見知らぬ女子の姿が増えていることに気付いた。
「転校生だよ。今朝来たんだ」
「ふーん」
「灰座杏だって。なかなか可愛い子だよな」
「は!?」
「何故、聖女がここにいる!?」
いきなり大声を出してしまった瞳に、クラスメイトたちが驚く。
それは、前を向いていた彼女も同様だったのだろう。
振り向いた美少女転光生の顔を見て、
バドワイズが驚くのも無理からぬ話であった。
ストロベリーブロンド……ではさすがにない長い黒髪。
色白の肌に意思の強そうな凛とした瞳。
誰もが目を惹かれる美人というわけではないが、
誰にでも好かれそうな愛嬌のある庶民的な顔立ち。
アン・ハイザ。異世界で魔王を討伐する前に死んだ聖女。
そんな聖女に瓜二つの、おまけに名前もそっくりな女が、
まさかのこの世界に存在していたのだから。