第16話 トータルリザルト
お疲れ様でした。勇者・獅子吼瞳。
「あ、はい」
あなたの頑張りのお陰で、
あの世界は無事元通りに修復されました。
世界は正しく運行していけることでしょう。
「そうですか」
それで、世界を救ったご褒美の事なんですけど。
残念ながら全部は持ち帰れないんですよね。
ほら、世界と世界の間にはそれを隔たる壁があって、
人間の魂がそれを乗り越えるために
余計なものはあまり持っていけないんです。
ですので、あなたが選んでください。
「何を選べば?」
残念ながら形あるものは無理なんですよね。
だから勇者の剣は諦めてもらうとして、
1・勇者としての優れた肉体。
2・勇者だけが使える光の呪文。
3・非課税の成功報酬1億円。
この3つの中からどれか好きなものを選んで頂きたい。
「なんか、3番目だけ妙に生々しいですね?」
"チート能力なんかあってもそれで金を稼ぐのは難しい"
なんて文句を言っていたことがあったでしょう?
ですので、即物的に現金を用意してみました。
あなた専用の口座を開設してそこに1億円振り込みます。
勿論世界から与えられたご褒美ですので、
周囲がそれを気にすることは一切ありません。
「世界を救った報酬がたったの1億円ぽっちなんですか?」
一生遊んで暮らせるだけの金と伺いましたが、
もしかして少なかったですか?
すみません、そちらの世界の事には疎くて。
「あ、いや、なんかすみません。
友達を1億円で売ったみたいでなんかやだなって」
なるほど、お金なんか要らないから友達を返してくれと。
解りました。それじゃあ、
4・魔王バドワイズを持ち帰る
も追加しちゃいましょう。
「そんなことできるんですか!?」
はい。世界を救った後は救った後の世界で
チヤホヤされながら一生を終えられる聖女と違って、
魔王には特に実利がありませんから。
さすがに我々も鬼じゃありませんので、
一方的に損な役回りを押し付けられた魔王には
労いを込めて死後永遠の安らぎを与える訳です。
まあ、当人がそれを知るのは浄化された後ですけどね。
ですので、バドワイズ本人が同意すれば魂だけを
そちらの世界に一緒に送り出すことも可能ですよ。
ただ、本人が嫌だと言った場合、
あなたにはなんの報酬もなく無一文で
元の世界に帰って頂く形になってしまいますが。
「じゃあ、それでいいです。4番でお願いします」
本当にいいんですか?
もしかしたら拒否られるかもしれませんよ?
「その時はその時で。だって、バドさん言ってましたもん。
もう少し世界を旅してみたかった、って。
永遠の安らぎってのがどんなものかは知らないけど、
自由に世界を歩き回れるようなものじゃないんでしょう?
だったら、こっちの世界を旅してみるのも
楽しいんじゃないかなって、俺は思うわけですよ」
解りました。では、改めましてお疲れ様でした。
ひとつの世界を救ったあなたの頑張りに敬意を。
本当にありがとうございました。お陰様で助かりましたよ。
「いえいえ。そんじゃ、お疲れ様でした」
▽
目覚まし時計の鳴る音で、獅子吼瞳は目を覚ました。
そこは見慣れた自室のベッドの上だ。
(戻ってこられた……それとも単なる夢だったんかな?)
勇者になって世界を救う。小学生みたいな夢だ。
鳴り響く目覚まし時計を止めようとして、手を伸ばし。
「うん?」
「おはよう、勇者……いや、
もうそなたは勇者ではなかったな、我が友瞳よ」
「どわああああ!?」
悲鳴を上げて、ベッドが転がり落ちてしまった瞳。
「なんで魔王が添い寝してるんだよ!?
せめて床に座ってるとかさあ!?」
そう、そこにいたのは魔王バドワイズ……いや、
今は魔王としての責務から解放された、ただのバドワイズだ。
「すまない、驚かせてしまっただろうか」
「驚いたよ! あー心臓に悪い」
とはいえ、だ。瞳の顔が喜色に染まっていく。
断られるなら断られるで別に構わなかった。
結局のところ、バドさんが幸せになれるならそれでいいと。
だが、彼は永遠の安らぎではなく、
瞳と共にこちらの世界で生きてみる道を選んだ。
であれば、嬉しく感じるのは当然である。
「バドさん! よかった!」
「うむ、心配をかけてすまなんだ。ありがとう、瞳。
そなたのお陰で我は、もう少し世界を見聞できそうだ」
あまりにも窮屈すぎる瞳のベッドから起き上がり、
そのままベッドに腰かけた魔王の、いや、元魔王の腕の中に
飛び込んできた小さな人間の友を彼は抱きとめる。
勇者が異世界から持ち帰ったチートは、
異世界で友達になった魔王でした。
そんなありきたりなハッピーエンド。
エンディングと共に、スタッフロールが流れ出しても
おかしくはない、完全無欠のハッピーエンドである。
が、人生というのは続いていくわけで。
「瞳ー! いつまで寝てんのー!」
「うげ!? 姉ちゃん!?」
部屋のドアが開かれ、やべえ! と瞳は慌てる。
赤い肌。緑の髪。牡牛の角に虎の牙、熊の爪と蛇の尾。
おおよそ人間とは思えない巨漢が弟の部屋にいて、
しかも笑顔でハグしているのだから驚かれても不思議ではない。
「あんた独りで何やってんの?
彼女欲しさに遂に頭でもおかしくなったわけ?」
「へ?」
「見なかったことにしてあげるから、さっさと下りてきなさいよね。
あと目覚ましさっさと止める! うるさいんだから!」
バタン! とドアを閉めて、瞳の姉の愛は部屋を出ていく。
「助かった、のかな?」
「ああ。まだ伝えていなかったが、
我の姿はこの世界の人間には見えぬ。
こちらからは干渉できるが、あちらからは干渉できんのだ。
世界の理を最低限崩さぬため、とかなんとか」
「じゃあ俺は? バドさんに触れたけど」
「勇者であるそなたは特例、ということなのであろう。
なんにせよ、だ。これでそなたに迷惑をかけずに済む」
迷惑だなんて、と言いたいところだが。
冷製に考えれば魔王が家に来たとか、
この世界でどうやって生きてくのだとか、
その他諸々の問題点が山積みなのもまた事実。
ありがとう世界さん! と瞳は世界に祈りを捧げた。
上手い具合に融通を利かせてくれて本当にありがとう、と。