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第15話 手が赤いと書いてハンドレッド

「殺しちゃった! 人を殺しちゃったよう!」


「落ち着け、不可抗力だ」


「正当防衛だったかもしんないけどさあ!

それでも殺しちゃったんだよう!」


うええええ! と魔王バドワイズに抱き締められながら、

そのぶっとい腕の中で号泣する勇者瞳。

魔法で人間を蒸発させたのも大概トラウマ案件だが、

この手で刺殺してしまったのは更に衝撃だっただろう。

この世界に来る前の、いやこの世界に来た後でも、

彼は16歳の平凡な男子高校生に過ぎない。


無理矢理テンションを上げて、

平気なフリをして恐怖を誤魔化していたとしても、

いざ戦闘になればやっぱりどうしようもなく日本人なのだ。


「ああああああ! ああああああ!」


「すまない、本当にすまない。

全ては我の責任だ。その咎を負うべきは我にある。

そなたは何も悪くない。何も悪くないのだ、ゆ……瞳よ」


誰に何を言われようとも、彼の心の傷は癒えまい。

別の世界の子供を巻き込んでしまった。

そう、彼はただの子供なのだ、と。

その時初めて、バドワイズは世界の違いを理解した。

この世界では成人でも、異なる世界ではそうではない。

生きるために敵を殺すことの重みが、

あちらとこちらでは随分と違うらしい。


殺されるために生み出される魔王と。

魔王を殺すために選ばれる聖女と。

聖女の代役として連れてこられた、

本来であればなんの関係もなかった勇者。

号泣する彼を上手く慰めることもできずに、

バドワイズはただ抱き締めていることしかできなかった。



「終わらせよう、全てを。終わればそなたも家に帰れる」


「……うん」


ようやく落ち着いて冷静になった瞳は、

そのまま泣き疲れて眠ってしまうのではないかと思うぐらい、

心身共にボロボロの状態だった。

だが、彼が立ち直るのを待っていられる時間はない。

ともすれば増援が駆け付けてくるかもしれないからだ。

それならばさっさと全てを終わらせて、

彼を元の世界に帰してやった方がいい。


「やれるか?」


「ごめん、ちょっと無理かも」


「謝ることはない」


優しい笑みを浮かべた魔王バドワイズは、

床に転がったままの勇者の剣を拾い上げる。

聖なる浄化の力の塊であるそれに、

浄化されるべき魔王が触れてしまったのならば、

それは彼の手を酷く焼くが、痛いだけで持てなくはない。

魔王は勇者の剣を逆手に持つと、

それで自らの胸を貫いた。魔王の心臓を。


「これで終わりだ、何もかも。

ご苦労だったな、異界の勇者よ。

我らの因果に巻き込み、辛い思いをさせてすまない」


心臓を貫かれた魔王の肉体が、徐々に崩れ始める。

その屈強な肉体を血肉の如く構成していた

暗黒の瘴気が光の粒子となって、浄化されていく。

その表情には一点の陰りもなく、むしろ晴れやかだ。

これでようやく解放される。そんな安堵が滲んでいた。


「折角友達になれたのに、もうお別れなんだね」


「少し寂しくはあるな。そなたと共に、

もうしばらく世界を旅してみたかった気持ちもある。

が、そなたは家に、家族の元に帰るべきだ」


「バドさんはそれでいいの?」


「よい悪いの問題ではない。

魔王として生まれた以上、魔王として死ぬことが、

我に与えられた使命であり役割だ。

ああ、でも。もしも生まれ変わるのならば、そうさな。

今度はそなたの世界に生まれてみたいものだ。

さすれば……そなたと友になれるであろう?」


「――友達だよ。俺らは、とっくに友達だよ!」


今度は瞳が、バドワイズに抱き付いた。

だが抱き締めようとした大きな体も、

すぐに光の粒子となって空中に霧散してしまう。

それでも小さな小さな人間の温もりは、

大きな魔王の心を抱き締めたのだ。


魔王は人間ではない。

ただの概念存在であり、一個の生命体ですらない。

故に、生まれ変わりなど起こらない。

待ち受けているのは永遠の消滅だけ。

そんなことは当人が一番理解していてなお、

彼は希望溢れる言葉を異界の友に贈る。

数奇な友情の証として、最期に贈るのだ。


「そうか。ありがとう、獅子吼瞳よ。

そなたは紛れもなくこの世界にとって、

我にとっての救世主であった」


ふてぶてしい、不敵なものしか見えない魔王の笑み。

だがそれは、彼の心からの笑顔で。

微笑みだけを遺して、魔王バドワイズは勇者の剣と共に

この世界からの完全消滅を果たした。


もう二度と、魔王バドワイズがこの世界に蘇ることはない。

300年後に現れる魔王は、聖女は、

今回の出来事とはなんら関係ない、全くの別物だ。

未来からの逆行者、セルベセリア・コロナにとっては

真の意味での救いが訪れた瞬間である。


「ううう! うあ、うああああああああ!」


全てが終わり。今度こそ、獅子吼瞳は崩れ落ちる。

やがてその慟哭も聴こえなくなり、

魔王城には静寂と、ひとりの勇士の亡骸、

そして綺麗に修復された暗黒の扉だけが残った。

それは無事使命を果たした異世界からの召喚勇者が、

元の世界に帰還したことの証明であった。

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