第13話 君がここへ来た理由
生きている価値とは何か。
多くの人間は多かれ少なかれ自己の存在意義、
生存理由に頭を悩ませるものだ。
が、そんなものを真面目に考えていても
多くの場合は時間の無駄に終わるだけである。
大半の人間は概ね"そんなの知らないよ"と。
生きてるだけで精一杯なんだから、と肩を竦めるだろう。
それは正解である。
「ま、魔王だあああああ!」
「臆するな! 所詮は一度死んで蘇った魔王の亡霊!
立ち向かえ! 今こそ我らが誇りを見せる時!」
北の果て。氷と雪に閉ざされた暗黒の魔王城。
かつては聖女抜きの聖女一行に魔王が討伐され、
その地下に眠る暗黒の扉も完膚なきまでに破壊し。
もう二度とここから魔王が現れることはないだろう、と
そんな風に宣言したのは一体なんだったのかと
笑ってしまいそうになるぐらい、あっさり魔王は帰還した。
「人間どもよ。勇気と蛮勇を履き違えてはならぬ」
「だからといって、逃げたら敵前逃亡だもんね。
兵士の人たち可哀想」
世界から貸与された光の剣を握り締めた勇者と、
暗黒の魔剣を肩に担いだ魔王が並び立ち、
正面玄関から封鎖された魔王城に乗り込んでいく。
なかなかに胸躍る光景だと言えるかもしれない。
とはいえケルン王国軍にとっては笑い事ではないのだが。
「では、罷り通るとしよう」
「ごめんね!」
300年間積もりに積もった人間の悪感情の集積体、
恨みつらみ、ねたみそねみに怒り、悲しみ、エトセトラ。
魔王の体が迸る暗黒の瘴気、即ち魔王バリアによって、
飛び道具は全て弾き飛ばされふたりには通用しない。
では接近戦はどうかというと、
全ての魔物の頂点に立つ魔王が弱い筈もなく。
理不尽にサーフボードほどもある大きさの
巨大な刃で薙ぎ倒され、吹き飛ばされていく。
本来であれば切り裂くところだが、
今は隣に異界からの勇者瞳がいるため、
刃の通りを鈍らせ骨折と内臓破裂程度に手加減して。
「貴様あ! 人間のくせに何故魔王の味方をする!
この恥知らずの裏切り者めが!」
「裏切るも何も、俺は元々そっち陣営じゃないもん!」
勇者パンチ! 勇者キック! と瞳も襲い来る敵兵を
勇者補正による肉体強化で難なく薙ぎ倒していく。
その手に持ってる光の剣はなんだ! と言いたくなるぐらい
とりあえず殴る蹴る首筋にチョップを叩き込むの肉弾戦。
666時間続いた魔王直々の地獄の特訓に比べれば、
たかだか人間の軍隊程度であれば敵にもならない。
とはいえやはり生身の人間に敵意や殺気を向けられ、
大勢で襲ってこられるのは怖いなあ、と勇者はぼやく。
兵は神速を貴ぶという言葉が日本にはあるが、
さっさと終わらせてしまおう、と左程時間をかけずに
一直線に魔王城乗り込みルートを選択したお陰で、
ケルン王国が本腰を入れて動き出す前に
労せずふたりは魔王城に乗り込むことができた。
「これが暗黒の扉?」
「そうだ。まずは破壊された暗黒の扉を修理する。
その後そなたが我を討伐し、
勇者の光で魔王の闇を浄化するのだ。
それで全ては元通りとなり、
この世界は本来あるべき正しい形に戻るであろう」
「本来あるべき正しい形、かあ」
300年ごとに聖女が魔王を殺し続ける繰り返し。
それに思うところがないわけではなかったが、
だからといって異世界人である自分が口出しする
権利もなければその意味もない。
それに。そうでなければこの世界に来ることも、
バドワイズと出会うこともなかった。
「それでは、始めるぞ」
「うん」
勇者の隣で魔王が何やら詠唱を始めた。
その時である。
「そこまでです!」
軍靴の足音響かせながら、ケルン王国軍の兵士が
魔王城の最深部に雪崩れ込んできた。
その数100、いや200はいるだろうか。
入りきらないだけで通路にもまだまだいるだろう。
その先頭に立っているのはモトゥエカ・ライム。
セルベセリアに心酔し、今は賢者と呼ばれている
若き参謀が、間に合ってしまったのである。
「無駄な抵抗はやめなさい。
この状況下では時間の無駄でしょう」
「悪いけど、そうはいかないんだよね」
既にバドワイズは詠唱モードに入ってしまった。
彼の周囲は暗黒の瘴気に遮られ、
魔王バリアが結界のように周囲と彼を遮断し
隔絶してしまった今、彼は瞳を助けられない。
できるのは一刻も早く呪文を完成させ、
暗黒の扉を修理し終えることだけだ。
勇者獅子吼瞳、絶体絶命のピンチである。
「あなたが伝令にあった裏切り者の人間ですか。
一応訊いておきます。あなたは何者なのですか?
一体何故、人間でありながら魔王の味方を?」
「どうせ信じてもらえないだろうけど一応答えとく。
俺は聖女の代わりにこの世界に派遣されてきた
光の勇者ヒトミ・シシク。
目的はあんたらが失敗した魔王討伐を果たし、
魔王の闇を浄化すること」
「……仮にその言葉が真実であるとすれば、
猶更理解に苦しみますね。
そんなあなたが何故魔王の味方を?」
「それは、この世界にとって必要なことだからだ。
魔王っていうのは、300年間この世界に蓄積した
人類の悪い部分の寄せ集めみたいなもので、
それを聖女が浄化することで世界が綺麗になる。
逆に言えばそれをやらないと、
世界の澱み? とか穢れ? 的なものが
いつまで経っても清算されないまま貯まっていって、
いつまでも綺麗になれない世界が病気になって、
将来的にこの世界が滅ぶことになる、らしい。
暗黒の扉はいわば肛門みたいなものだ。
世界の肛門に無理矢理栓をしたら、
体に悪いことぐらいあんたにも解るだろう?」
「……俄かには信じ難い話ですね。
いえ、信じる訳ではありませんが。
あなた、魔王に騙されているのでは?」
「わざわざ別の世界の人間を呼び出して、
そいつを騙す理由がなくない?
騙したいだけならこの世界の人間を騙せばいいじゃん」
「あなたが別の世界から来た、というのも
到底信じられません。何か証拠はあるのですか?」
「証拠は……なんにもないけど」
「論外です。あの精神錯乱者を捕らえ、
魔王の結界を破壊します!
抵抗するなら殺しても構いません!
皆さん! ここが正念場ですよ!」
「くっ! やっぱ駄目だったか!」
そんなわけで、どうしようもなく戦いである。
相手は軍隊、勇者側は瞳ソロ。
おまけに聖女の旅に同行し、
賢者と呼ばれるまでに魔法の腕を磨いた勇士が1名。
「うおおおおお! こうなったらやったらあああああ!
俺は使命を果たして元の世界に帰るんじゃい!」
たとえそのために、人を殺してしまったとしても。