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第12話 夫ここでネタばらし

(困ったことになった)


ハイネ・ケルン王子は他に誰もいない寝室で、

砕け散ったリンゴほどの大きさの宝玉を前に独りごちた。

ケルン王国には先祖代々伝わる秘宝がある。

その名も"コンテ・ヌーの涙"。

かつてこの魔王を討伐しこの世界を救った時の聖女が、

いざという時のために子孫に遺した贈り物だ。


それは"失敗をやり直す"という権能の最期の一端。

平たく言えば、使い捨てのタイムマシンだ。

一度使えば砕け散るそれが既に砕けているということは、

誰かがそれを使ってしまったということ。

誰が、なんて言うまでもない。


『困っている人たちがいるのなら、助けないと!

私はそのために聖女に選ばれたんだから!』


『アン。幾ら聖女だからといって、君は高潔すぎるよ』


ハイネ王子が魔王を討伐したのは、今回で二度目だ。

一度目は聖女アン・ハイザの旅の仲間、勇士として。

聖女を守り抜き、共に魔王を討伐し、

世界に平和をもたらした真の英雄となった。

その後聖女を害そうとした悪の令嬢セルベセリアを

公の場で断罪し、彼女を公開処刑に追いやった。

それが間違っていた、とは思わない。

あの頃の彼女は死んで当然の悪女だったからだ。


『そんな世間知らずの小娘がなんだというのです!

王妃には、血筋も教養もあるわたくしの方が相応しい!

殿下にもそれぐらい解っているのではありませんか!?』


『何が血筋だ! 何が教養だ!

君には誇れるものがそんなものしかないのか!

その自己中心的で独り善がりな自己愛、もうウンザリだ!』


だが図らずも、彼女の言葉は的を射ていた。

聖女アンと結婚し、英雄王と呼ばれる王になったハイネ。

最初は間違いなく幸せだったと思う。

だが平民だったアンと、王族であるハイネの間には、

どうしようもない価値観の差があったのである。


『変わっちゃったね、ハイネ。

昔のあなたはそんな人じゃなかった筈なのに』


『君はいつまでも変われないな、アン。

いい加減妥協を覚え、現実と折り合いを付けて

生きていくことを覚えるべきだとは思わないのか?』


『思わないよ。だって私は聖女だもん。

聖女の力は、世界のための力。

どこかの国の所有物にしていいものじゃないんだよ!』


世界平和は前提だが、その上で自国を優先し、

自国民のために物事を考えるハイネと、

世界中全ての人間を等しく愛した理想の聖女アン。

ふたりのすれ違いは徐々に悪化していき、

最後には喧嘩別れ寸前のところまでいってしまった。


『いい加減にして! 口を開けば自分のことばっかり!

私はあなたの道具じゃない!』


『いい加減にするのは君の方だ!

いつまでも現実味のない理想論ばかり振りかざして!

夢見る少女でいられる時間は終わったんだ!

世界中の誰も彼もを救うことなんてできないんだよ!

少しは家族のことを顧みろ!』


『家族ですって!? 笑わせないでよ!

男児ができない、男児ができないって!

ふたりも娘を授かっておいて、

まだ子供を作ろうとするあなたがそれを言うの!?

あなたこそ、家族を愛してなんかいないんじゃないの!?』


離婚はできない。できる筈がない。

聖女に見捨てられた愚王、の誹りは免れまい。

聖女の夫、という立場を失くせば、

ケルン国王の名声に間違いなく翳りが差す。

それは即ち、国を、民を、守るための庇護を失う。


『セルベセリア……

もしあの時のぼせ上がっていた僕が君の言葉に

少しでも耳を傾けていたのなら、

今頃未来はどんな風に変わっていたのかな』


だから彼は手を出してしまった。秘中の秘である国宝に。

失敗を一度だけやり直せる、コンテ・ヌーの涙に。


『ハイネ様。実は、折り入ってお願いがあるのです』


『なんだい? セルベセリア』


『わたくしとの婚約を、破棄して頂きたいのです!』


結果、子供に戻った彼は失敗をやり直す機会を得た。

だが想定外だったのは、セルベセリアの存在だ。

何故かは分からないが、彼女もまた彼と同じように、

記憶を保持したまま未来から逆行してきてしまったのだ。


ちなみに王子は知らないが、その理由はコンテ・ヌーの涙が

最初から"そういうもの"だからである。

失敗をやり直す。それ自体は間違いではない。

ただ、"愛した人ともう一度"という前置きが欠けていたのだ。

使用者と愛する者の精神だけを過去に飛ばす。

どうやら聖女アンとの倦怠期を迎えていた王子は、

元カノであるセルベセリアの方に好意が移っていたらしい。


人間はよくも悪くも過去を美化する生き物だ。

目の前の相手をするのにウンザリしてしまった女よりも、

若りし頃の輝きの中にだけ生きる過去の婚約者の幻影、

即ち"あの頃はよかった"の象徴であるセルベセリアに、

知らず知らず思いを馳せてしまっていたのである。


当然そんな事情など知る由もないハイネ王子は

最初こそ驚き、だがその驚きをすぐに彼は隠した。

その方が、都合がよかったからだ。

一度処刑されたセルベセリアは別人のようになっていた。

あれほどワガママ放題で自分勝手だったバカ女が、

見違えるように謙虚でおしとやかな淑女になって。

これは使える、とハイネ王子は判断してしまったのだ。


平民になっても強く生きていけるようにという彼女の

鍛錬を後押しし、優秀な講師を招聘した。

彼は一度魔王と戦い、魔王の実力を知っている。

であれば、魔王に対抗するためには

どれだけの力があればいいのかも概ね理解していた。


セルベセリアの性格が悪かったからといって、なんだ。

そんなものは多かれ少なかれ誰もが持っている。

性格の悪くない貴族なんて、この世には存在しない。

聖女アンにはあくまでお飾りの救世主になってもらい、

彼女を利用して自分は英雄王になる。

そして妻に迎えるのはセルベセリア。

聖女の親友となった彼女の夫として、

彼は聖女を裏から操る……筈だったのに。


(ままならないな。人生というものは)


セルベセリアはあまり頑張りすぎなくていいんだよ、と

遠回しに咎めるハイネの言葉を振りきって、

あまりにも頑張りすぎてしまったのだ。

その結果、誰も彼もがセルベセリアを好きになった。

セルベセリアは素晴らしい女性だと口々に賞賛した。


そんな彼女を崇拝する気持ちが裏目に出た結果、

聖女アンは事ある毎にセルベセリアと比較され続け、

その結果ふたりの仲は非常にギクシャクしてしまった。

ハイネが助け舟を出したところで、

転がり落ちゆく悪い流れは止められない。

そうして聖女は死んでしまった。魔王を討伐する前に。


(私はどうすればいい? どうすればよかったんだ?)


コンテ・ヌーの秘宝による時間遡行は一度限りだ。

彼の御先祖様が子孫のために、

いつか現れる次の聖女のために遺してくれた贈り物。

それを私利私欲のために使ってしまった彼は、

もう二度と過去に戻ることはできない。


聖女抜きでの魔王討伐に失敗し、

何度倒しても復活する魔王をどうにかする手段は

もはやどこにもないと、諦めるしかないこの状況で。

やり直す前の未来にはいなかった、

魔王に協力するイレギュラーまで現れてしまった。


今度こそ上手くやる筈だった。上手くやれる筈だった。

だが状況は、あきらかに前回よりも悪化している。

現状こそが何よりの失敗そのものではないか、と

彼は砕け散った宝玉を前に、自嘲するしかなかった。

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