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第10話 罪悪感との向き合い方

人を殺してしまう、というのはどんな気持ちなのか。

奥の日本人にはそれが分からないだろう。

何故なら殺したいほど人を憎んだ経験や、

実際に殺してしまった経験を持つ人間は、

世の中にほんの一握りだからだ。


人は常に目先の未来のことを考えて生きている。

だから実際に嫌いな奴がいても、憎い奴がいても、

そいつを殺してしまうところまではなかなかいかない。

何故なら人を殺したら逮捕されるからだ。

警察に捕まって刑務所送りになるからだ。

そうなれば待っているのは社会的な死。

少なくとも、もうまともな人生は送れまい。


人を殺す。誰かの未来を奪う。

その代償に、自らも未来を閉ざされる。

まあ、それでも出所後に立ち直る人間もいれば、

ちっとも反省しない人間というのもそれなりにいるのだが。


「さて勇者瞳よ。我はそなたを鍛え上げた。

理由は理解していような? 戦わせるためだ。

我を殺し、我が核となる怨嗟の闇を浄化し、

300年分の人類の悪感情を清算する。

まあ、そなたになら無抵抗で討たれてやるのも

吝かではない故、どうしても無理そうならば

そなたが後ろを向いているうちに自害してもよい。

が、この世界の人間どもはそうはいかぬ。

我らが何かを企んでいると知り、それを阻止せんとす。

であれば必然、戦いは避けられぬものとなる」


「うん、解ってるよ。解ってはいるんだけど」


額にドリルを装備した巨大なクジラ型海魔に

乗っての海の旅を終え、ふたりは旅を続ける。

寒さの強い北の大地は快晴でも肌寒く、

夜になれば吹雪いてくることもあった。

だがそのための備えは既に済ませている。

勇者が魔王に守られて旅をする、という状況は

奇妙なものだが、不思議と楽しかった。

だがそれも、魔王城に到着すれば終わる。


獅子吼瞳を突き動かす原動力は、我欲だ。

この世界で頼まれた通りの仕事をこなしたら、

ご褒美に現代社会にチートを持ち帰ってもいい。

そのチートというのは勇者の持つ権能、

即ち優れた身体能力や光の魔法。

傷を癒やしたり光や雷光や熱光線を操ったり、

現代社会で使えれば間違いなく凄いことになる。

が、実際どれだけ使い道があるかというと、

あんまりないような気もしてくるのが難しいところだ。

たとえば高校で爆発魔法をぶっ放せるだろうか。

回復魔法を使えても医者にはなれない。


或いは魔王に鍛えられた戦闘経験はどうだろう。

勇者の身体能力を使えば、プロの格闘家、

或いはスポーツ選手にはなれるかもしれない。

だがそれは常識的な範疇内でのお話であって、

パンチ一発で対戦相手の顔面が吹き飛ぶ、

なんてことになったら格闘技どころの騒ぎではない。

日常生活を送る上では意外とチート能力って

潰しがきかないんだなあ、と瞳はしみじみ思う。


「寒くはないか? 勇者よ」


「平気平気。むしろ足元が滑りそうで怖いね」


「転んで怪我でもしてくれるなよ。

そなたの身に何かあれば、全てが破綻するのだから」


「大丈夫、と言いたいところだけど、気を付けるよ。

俺、昔家族旅行でスキーに行った時に、

ホテル周辺の凍結した道で滑って転んで

そのまま手首を骨折しちゃったことがあってさ。

あれは痛かったし、悲しかったなあ。

結局初日のちょっとだけしかスキーできなくてさ、

なんのために旅行に行ったんだってガッカリだったよ」


雪と氷に閉ざされた一面の銀世界を、

北国仕様の重装備になった勇者と

なんら変わらない格好の魔王がふたりで歩き続ける。

聖女一行の旅であれば魔物が襲ってきたのだろう。

だがここにいるのは全ての魔物を従える魔王。

そしてその魔王の手助けのために召喚された日本人。

静寂が耳に痛く、吐く息が凍り付きそうなほど白い。

北海道には一度も行ったことがない瞳にとって、

これほどの大自然の中にいるのは初めての経験だ。


「案ずることはない、異界の勇者よ。

そなたは必ずや使命を果たし、元の世界に帰れる。

そうすれば家族に再会することも、

家族で旅に出ることもできよう」


「うん……うん」


中学時代の夏休み。

人生初の海外旅行に行った友人が、帰国するなり

何やら悟ったようなことを言い出したことがあった。

旅は人を変えるのだ、という話は聞いたことがあるが、

実際にこうして異世界を旅してみた中で、

瞳の中の何かが成長しつつあるのを感じている。

それがなんなのかは言葉にし難いが、

彼の精神面は既に多大な影響を受けている。


「程なくして人間の街がある筈だ。

既にケルン王国からの追っ手がかかっているか、

或いは情報が先回りしている可能性もあるが、

最悪力尽くで押し込めば、

数日ぐらいはどうとでも明かせるであろう」


「そうかもね。この世界を救うために、

この世界の住人を敵に回すって、なんか変な気持ち」


「ふむ。異なる世界からの来訪者、

言い換えれば異邦人であるそなただからこそ。

そう考えれば適任であったのやもしれぬ」


こちらを殺す気で襲ってくる人間は怖い。

正当防衛なのかは分からないが、

殺されそうになったからと反撃するのが怖い。

殺してしまったらと思うと凄く怖い。

でも、その怖さは捨ててはいけない気がして。


「うお!?」


「おっと」


踏み締めた雪が崩れて足元を滑らせ、

転びそうになった瞳をバドワイズが受け止める。

彼には瞳を巻き込んでしまった負い目がある。

この世界の存亡にはなんら関係ない、

別の世界の人間を巻き添えにしてしまった負い目が。

であればこそ、犠牲になるのは己だけでよい。

故にこそ、彼は魔王とは思えぬほど瞳に優しく接する。


「ごめん、ありがとう。助かったよ」


「構わぬ。……辛ければ負ぶっていくか?」


「まだ大丈夫、だけど、そうだね。

もし途中でギブアップした時は、お願いしようかな?」


「承知した。辛くなったらぎぶあっぷとやらをするがいい」


次の街は、まだ見えない。

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