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第1話 世界の危機に俺参上!

獅子吼(ししく)(ひとみ)は名字が珍しいことを除けば

どこにでもいる平凡な男子高校生だった。


何かに青春を捧げるだけの情熱もなく、

将来の夢もなければのめり込める趣味もない。


だからもしこの世に"選ばれた人間"がいるとするなら、

それは自分ではないと思っていた。


「え?」


学校帰り。友人たちと別れひとりになって。

コンビニにでも寄って帰るかな、と考えていた矢先。

彼は突然この世界から消えた。


そうして気付いた時、異世界に召喚されていたのだ。

目の前には見知らぬ大男が、彼を覗き込んでいる。


「え!?  何何何!?」


「手荒な招待になってしまってすまない、異界の勇者よ。

突然で恐縮だが、我と共にこの世界を救ってほしい」


赤い肌。緑の髪。牡牛の角に虎の牙、熊の爪と蛇の尾。

おおよそ人間とは思えない巨漢が跪く。


「我は魔王バドワイズ。この世界を救うため、

そなたには我を"正しく"討伐してほしいのだ」


「は?」


訳が分からないよ、と瞳は呆然となった。



魔王。それは300年に一度復活する、世界の澱み。

この星に蓄積され続けた人類の悪感情の集積体。


それを討伐し、正しく浄化するのが聖女の役目だ。

魔王が生まれ、それを清算するための聖女が生まれる。


そうしてこの惑星は健全な営みを続けてきた。

だが、それに綻びが生じてしまったと魔王は言う。


「今回、想定外の異常事態が発生してしまった。

聖女ではないただの貴族の令嬢が、

あろうことか聖女抜きで我を討伐してしまったのだ」


「それは……」


よくあることじゃない? と言おうとして、瞳は押し黙る。


「聖女でない者が魔王を討伐する。

それ自体はなんの問題もない。

むしろ歴代の聖女も、頼れる仲間を募り

皆で協力して魔王を討伐するのが恒例だからだ。

だが、魔王を討伐した後に聖女の持つ光で

魔王の闇を浄化せねば、なんの意味もない」


幾ら肉体を吹き飛ばされようとも、

人類の悪感情の集積体である魔王は

人類がいる限り短時間で復活してしまう。


だからこそ浄化して消し去らねばならないのだが、

あろうことか今回の聖女は魔王と出会う前に

なんらかの理由で死んでしまったという。


「聖女の役目は魔王を浄化し、

魔王が現れる"暗黒の扉"を内側から閉ざすこと。

役目を終えた聖女はこの世界を去り、

また世界には300年平和が保たれる、筈なのだが。

聖女の身に一体何が起きたのかは我にも判らぬ」


「その、聖女ってそんな簡単に死んじゃうんですか?

もっとこう、神様の加護とかないんですか?」


「ない。肉体的にはただの人間の少女に過ぎぬ。

故にこそ聖女の周辺には、運命に導かれた

聖女を守る勇士一行が集う筈なのだが、

何故か奴らは別の女を守護しておった」


「なるほど、それが件の悪や……貴族令嬢と」


「彼女は素晴らしい魔力を持っていた。

聖女でもないものが魔王である我と拮抗し、

仲間たちと協力して遂には我を討伐した。

だが、悲しいかなそこに聖女がいなければ

斯様な偉業にもなんの意味もありはしない」


セルベセリア・コロナと名乗った貴族の令嬢は、

素晴らしい魔法の才能を遺憾なく発揮して

そのまま暗黒の扉を物理的に破壊してしまった。


暗黒の扉とは魔王がこの世界に現れるための扉で、

魔王とは人類の集積した悪感情の化身である。

つまり、定期的に浄化されなければいずれこの惑星に、

人類に悪影響を与え始める必要悪なのだ。


ウンチが出るのが嫌だからと肛門を塞いでしまったら、

いずれ腸が破裂して死んでしまうように。

暗黒の扉も魔王も聖女も、この世界が正しく

運営されていくために必須なのだと魔王は言う。

さもなくば300年後に新たな魔王が現れることもなく、

世界のはらわたはいずれ内側から破裂して星が死ぬ。

そうなれば待っているのは世界の滅亡、

それも惑星規模での臨終なのだからタチが悪い。


「それを聖女の仲間に教えてあげたらどうなんです?」


「試みた。が、聞く耳持たれなかった。

魔王の戯言と一蹴され、二度三度と殺された。

この"世界"は聖女を死なせ、我の忠告を無視して

愚行を繰り返す現行の人類に失望し始めている」


「まあ、復活した魔王が何を言ったところで、って

感じてしまうのは無理もないと思いますけど。

だったら聖女をもう一度選び直すのはダメなんです?」


「それは不可能だ。

魔王の闇300年の人類の悪感情の蓄積であるように、

聖女の光もまた3000年間蓄積され続けた

人類の"いい側面"の集積体であるが故に。

再び300年の時を待たねば聖女は生まれぬ」


「そんな状況で俺なんかに何ができると!?」


「うむ。実はそなたには光の勇者の素質がある」


「あるの!? 俺ただの一般人だよ!?」


「うむ、あるのだ。案ずることはない。

聖女も15歳の誕生日を迎えるまでは、

他者となんら変わらぬただの一般人に過ぎぬ」


跪いていた魔王がおもむろに立ち上がった。

でけえ、と身長3m近い屈強な巨漢を見上げる瞳。


「世界が新たに聖女を生み出せぬのならば、

その代理となる浄化の力の持ち主を呼び寄せればよい。

そう判断したこの"世界"が、そなたの世界から

そなたという存在を一時的に借り受けたのだ」


「わあ」


勝手に貸し借りしないでほしい、と瞳は頭を抱える。


「まず我が暗黒の扉を修理する。

その後そなたには光の勇者として正式に我を討伐し、

光の聖女の代わりに我が闇を浄化してもらう。

そうすれば元の世界に帰ることができるぞ」


「途中で失敗したら?」


「契約不履行で帰れぬ」


「途中で死んだら?」


「丁寧に埋葬してやろう」


「拒否権ないじゃないですかやだあ!」


「申し訳ないとは思うが、諦めてほしい。

何、そなたの"世界"も鬼ではない。

見事勇者としての使命を完遂した暁には、

この世界で培った勇者としての権能の一部を

そなたの世界に持ち帰ってもよいことになっている」


「それってつまり?」


「そちらの世界の文言を借りるのであれば、

異世界帰りの勇者が現実世界でちーと使い放題、

という奴だ。まあ厳密には使い放題ではなく、

一部枷は設けられるであろうが」


「やります! 俺、この世界を救うために頑張ります!」


「うむ、やる気が出たのはよいことだ。

であれば、我も喜んでそなたを死ぬ気で鍛えるとしよう」


「へ?」


「何せ事は急を要す故。

すぱるた式で済まぬが、何、本当に死なせはせぬ」


ゴン、とどこからともなく取り出された魔王の剣。

刃だけでもおおよそサーフボードめいて巨大な剣が、

廃墟の石畳に重厚感たっぷりに突き刺さる。

それを片手で軽々と引き抜いた魔王バドワイズは、

勇者の剣を呼び寄せるがよい、と告げた。


「あの、呼び出し方知らないんですけど?」


「そこからか。前途多難だが、まあ頑張るよりあるまい。

では世界を正しく救うべく、よろしく頼むぞ勇者……

そういえば、そなたの名はなんというのだ?」


「あ、瞳です。ヒトミ・シシク」


「では勇者瞳よ。勇者の剣を呼び出すためには、

まずそれなりにかっこいいポーズを決めてだな――」

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