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桜の木の下

最初はなれないフィジカル世界も、何回か来てると楽しみもちょっと増えてきた。

街は人であふれていた。こんな混んでる場所は見たことがないため圧倒されそうだった。屋台がかなり出ておりそこで食事している人、露店で買い物している人、なにやら踊りながら芸を見せている人もいる。太鼓の独特のリズムで演奏している人もいる。

このあたりの独特なニオイがするのは食事のニオイか。変わった空間だなあ。

みんなで散策がてら食料の買い出しだ。

「へ~、これをレンチンしたらすぐ食べられるんだ。便利だね」サヨが言う

「フィジカル世界での私達、ネットワーク用食ばかりだからね、こういうのはいいかも」と瑠夏。

ネットワーク食とは、栄養をバッチリ固めたようなクスリみたいなもので味気ない。栄養取ること重視、トイレもあまり行かなくて良くなるというものだが、たまにはこういう食事もしたくなる。そのため買い足した。食べたい時にいつでも食べれるように。


「6人分だからすごい量だわ。お、重い…」リッカがいう。

「お~交代しよう」といってサヨが代わった。

サヨは荷物をリッカから受け取った。その途端サヨが走り出した。


「あ、コラ!サヨ!

「サヨ姉ぇうかれすぎ!」

すごい速さで角を曲がる。私達はサヨを追って走った!

「ワッ!!!」

「うわぁぁ!!」私は驚いてころんでしまった。

「いてて、角待ちすんなよ!」さらに私に足を引っ掛けてリッカも転倒。

サヨがカドに隠れていて、脅かしてきたのだった。

「子供じゃないんだから…」瑠夏が言う。

「いや、子供だし」サヨが口をとがらせた。


「ああ、みなさん、ここそんなに治安よくないのであまりはしゃぎませんよう注意してください。変な人が暗闇に隠れているかもしれませんので…」

「ええ~っ」サヨ含め一同驚いた。

「もし、連れて行かれたら目も当てられません…」

周りを見渡すと、先程とは違い、お寺というか…お墓?


「ここ、雰囲気すごくない?真っ暗だし」

皆一様に周りを見渡した。

「ああ、ここ墓地ですね~ささっと通り過ぎましょ」

「ね、ねえ、そこだれか居るよ?」寧々が言いながら暗闇の方へ歩いて行く。

「ちょっと!さすがに危ないわ」真っ暗なのになんで歩けるの?

「さっきの話、真に受けるなよ~」とリッカ。


私は恐る恐る寧々の後を追った。足元が暗くて見えないので私は足元を確認するように歩いた。あまり早く歩けない。

が、寧々の足取りは速い。


寧々はお寺の門をくぐった。


「まってよ!」

バタンと門が締まる。まるで私を拒むかのように。

門に手をかけ体重を込めて押した。ギギギ…と開く。しかし、石畳が本殿のほうへ続いている。見晴らしは良いのだがそこには寧々は居なかった。そんなに離れてなかったし、こんな一瞬で消えるとは…

皆が後から追いついた。


「どうしよう…!寧々が消えちゃった」私は皆に言う。

「方角的に奥にしか進めないから、奥へ行こう」と瑠夏。

「寧々はきっと見つかる」とサヨが私の肩を抱いて、頭を撫でた。

「暗すぎて危ない。注意して歩くんだ」と瑠夏。


下を見ながら歩くと、裸足のような…足跡っぽいものが見えた。寧々は靴を履いているから寧々のものじゃない…と思った。

その時一瞬イメージが脳裏に写った。ネットスーツの胸、その下にお腹、脚が見える。裸足を引きずるように歩く映像だった。お腹から血があふれているように見えた。

これが足跡の主なのかしら…。



本殿へ入ると、玄関で靴を脱いだ。歩くと、床が埃だらけで、私の足跡がついた…私の足跡以外無いのだった。ということは寧々はここには居ない…?

皆にそう言ってみるが、他にどうする考えも浮かばなかった。

「この先もっと危ないと思う。リッカ、サヨ、ここで、お凛を守ってくれ」と瑠夏が言う。


私、瑠夏、芽依で先へ進んだ。


「寧々!迎えに来たよ!お願い出てきて!」

返事はない。虚しかった。本堂に入る。仏像が祀られている。立派な大きさだ。今では真っ暗だが、昼間は人が居るのだろうか。

扉を開け、中庭にでる。


そこには巨大な木が…ソビえていた。ジグザグの形の紙で出来た紙垂シデがずっと張り巡らされており、祀られていた。

よく見ると、そこには着物を着せた日本人形が沢山吊り下げられていた。子供の形の日本人形。男の子、女の子の人形が幾つも木からぶら下がっていた。

木の根元の人形に目が止まった。この子だけぶらさげられずここに立っていた。身長は5,60センチほど。この子は寧々によく似た髪型、短い黒髪で、ネットスーツを着ていた。ネットスーツは私達全員が着ては居るのだが、その人形はあまりにも寧々に似ていることは分かった。


「寧々だ、この子」とみなに見せた。皆頷いた。目元が生々しく感じた。


瑠夏がその人形を受け取った。

「この付近は重い空気のようなものが感じられる。多分私達は違う次元に迷い込んだかもしれない」

その時。黒い大きな影がすぐそこに居ることを感じた。大きな人影だった。ストレートな髪、長い手足、裸…かな?ネットスーツかも知れないけれど、全て真っ黒で何故か口元だけ笑っているのが分かった。私は怖すぎてその場にひざから崩れ落ちた。

瑠夏が抱きかかえてくれた。

黒い人影はもう見えなくなっていた。


「私、もしかしてどうかしちゃってるのかもしれないけれど」と前置きを言ってから、今見た人物のことを皆に語ってみた。


「わたしも由紀と同じものを見たよ」瑠夏が言う。

「なにも感じなかったです…面目ない」と芽依。

「私達も危険だが、今一番危険なのは寧々だ。この人形の意味してることがわからない」

「そ、そうね」私は震える脚に力を入れ前へ歩む。どうしても足が震えて言うことを聞かない。

瑠夏が私の前にかがんで、ひょいっとおんぶしてくれた。瑠夏は落ち着いた匂いがする。


背中の上で私ってなにもできない子だなぁと思った。

できることなら、わたしも寧々に優しくしたい。頼りにならないお姉ちゃんになってないかな、と不安に思った。



桜並木が並んでいて奥まで続いていた。季節ならきれいな花を咲かせているんだろうな。真夜中にたくさん並んだ巨大な木は寒々しく不気味だったのだが。

「これ、桜だよな…」

「枝の隙間から沢山の顔が見え隠れしていない…!?」重なった枝から沢山の人が覗いてるかのような気になった。


頭がキーンと痛くなり、次の瞬間大きな池のほとりのお堂に私は立っていた。周りは真っ暗だった。さっきまで瑠夏の背中にいたのに…


ここはどこ…?という疑問を抱く。

周囲のニオイはひどく、なにか腐ったような吐き気を催すほどの異臭だった。異常な空間に居ることは十分理解していた。


私はお堂の中から池を見ていた。

木造のお堂から歩いて出た。外は真っ暗闇だが、池はよく見えた。

その池の中央に、大きな桜の木。とても大きくて立派…。ああ、こういうのが御神木というのかな。白い花を沢山咲かせていた。生き生きとしていた。

その花びらが時折、冷たい風に乗って宙に舞う。


そんな桜の木の根本に青白い顔をした寧々立っていた。

「寧々…」

「お姉ちゃん…、寧々歩けない…」

息も絶え絶えのようでふらついているのが分かった。髪から顔からネットスーツまで濡れていた。

私は慌てて寧々の元へ走り出した。が、足を掴まれているような感覚があり、重くて走ることがままならない。

それでも池に入り進んだ。足先から池に入る。冷たい池だった。私もネットスーツはビシャビシャだ。濁った水を吸って土色に染まった。


寧々の元へ行かなければ。


大きく真っ黒な影が寧々の背後に突如現れた。さきほど見かけた女性!

「この人、ここで…ここで眠ってる…」と寧々が言う。「わたし分かったの。ここに来た理由が…」

寧々がこの人の事を知っている!?


「ど、どういう事!?」

ふらついていた寧々はその場でとうとう崩れ落ちた。黒い女はただ見つめている。


「寧々!」

私は半狂乱で一生懸命走った。重い足を引きずって。寧々がずっと遠くに感じられた。


突然なにかに足をすくわれた。その拍子に私も顔から池の中に突っ込んでしまった。

反射的に伸ばした両手に人の肌が触れた。寧々だと思い、頑張って立ち上がった。

そして私が抱きかかえたものは…ぐったりした寧々だ、と思ったが、髪が長かった。寧々ではない。身体も水を含んでいるせいか黄色くぶよぶよになっていた。重いので池から持ち上がらなかった。白い桜の花が私やその身体に張り付いた。

「!」

その刹那、首がごろっと身体から離れ、ぽちゃっと池に落ちた。飛沫が顔にかかり目に入った。長い髪が顔を包み込んでいたから顔はわからなかった。私は気を失ったようだった。



…高揚した気持ちが感じられた。彼のそばにいると感じる気持ちが“愛”だと知った。…

…お腹の子が出来たときにはどれだけ嬉しかったことか。男の子かな?女の子かな?ネットランナーにしようかそれとも彼とともにこの世界にいてもいいかも。…


…おい見ろよ、このうっすい下着、誘ってやがるぜ!…

…ネットランナーだぜ、空から俺たちを監視してる、高慢ちきなやつらだ。ムカつくぜ。…


…やめて、乱暴しないでッ!お腹には赤ちゃんがいるの!…


…あの人はどこにいるの?私を守るっていってくれたあの人…

…おなかの赤ちゃんだけは無事にいて。…




「由紀!、寧々!」

瑠夏、リッカの声がする。私と寧々は池のほとりに運ばれていた。

「み、見つけた」多分、あれを見つけてほしかったのかな、供養してほしかったのかなと思った。

私はもう一度桜の下まで歩いた。先程まで咲き誇っていた花はもう何処にもなく、花びら一つなかったことに気がついた。


先程のあたりを震える手で探った。水の温度が体温を奪う。私の身体ももうすっかり冷え切っていた。両手に感触があった。これだ。女性の頭部だった。長いこと水につかったせいで皮膚が崩れており、目だったところには穴が空いていた。その彼女を愛おしく抱きしめた。

本当に怖い思いをしたんだよね。つらかったね。もう大丈夫見つけてあげたからね!と心で思った。


芽依に頼んで緊急通報してもらった。


寧々がいうには、フィジカル世界に好きな人が出来た。ただ付き合っているだけでなく、住んでいる世界に差があることを悩みながらの付き合いだった。そんなある日彼女は妊娠した。悩み悩んでフィジカル世界に来たところ野盗に襲われたというのだ。ひどく乱暴された。ネットワークの装備は見ようによっては下着なので、それをみた野盗は興奮したのだろう。乱暴はエスカレートした。さらに、ネットワークの住人でもあるし、襲われるには十分な理由だ。一通り乱暴が終わった後その足であの桜の池で事切れたというのだった。そんなことを不思議と理解してしまったと言っていた。


警察もすぐ来たので私達は保護された。全員病院へ送られることになった。

暫くしてフィジカル世界の優佳先生も飛んできた。そしてベッドで横たわっている私達一人ひとり抱きかかえてくれた。

わんわん泣いていた。

抱きかかえてくれる優佳先生に身体を全て預けてみた。先生はもっと泣いてしまった。その涙は暖かく感じられた。



あれから、数日たつが恋人が名乗り出たという話は聞かなかった。

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