ネットワークより愛をこめて
「ユ、由紀ちゃんさん!大変です!シ、システムから自分に市民になるよう通知が来ています!」と、芽依。私はヒカリが手続きしたんだ、と思った。
「え!なんて書いてあるの?」と私。ヒカリがシステムそのものであることは特に伝えてなかった。
「タイムリーですね!」と寧々。
「どうなさったんですか」と凛が朝ごはんを運びながら言った。
「ええとですね、拒絶反応を起こさなく手術も必要としない接続端末の用意があるそうです!それを装着し、ネットワーク世界の市民として登録するとのことです!やりました!」
寧々、凛、私、そして芽依は手に手を取り合って喜んだ!
「自分はとうとう…」涙ぐんでいた。「みさなんの妹になることができるんですね!」
芽依はヒカリとフィジカル世界へ行った。
瑠夏は病院のベッドで横たわっていた。
お腹のキズは塞ぎかけており、もうボディは全開に向かうだろうと言われていた。
「芽依、来たのか。まずいな。」ヒカリと通話していた。
「ヒカリ、そのエリア、野盗が出るぞ。うろついてると思う」
つい前日、近所のエリアでの殺人事件の顛末を思い出していた。まだ犯人は捕まっていない。ちょっと気にはなる。ヒカリに注意するよう言ってみた。
ヒカリとは、ヘッドセットで通話できるようにしていたので、こうやって意思疎通できるし、芽依が来ることも聞いていた。
「警備ドローンにパトロールさせよう」とヒカリの返事。
「わたしもそちらへ行くよ。もう退院でいい。かなりまずい気がする。今日芽依の装着は中止でもいいかも」
わたしたちの部屋はネットランナー用居住区の一角にあった。地元民からしたら高級住宅街のように見えているらしい。
なので、空き巣などのトラブルもあった。尤も、戸締まりさえしていれば外からの侵入は不可能なのだが、買い物で部屋を出た、などのスキをついてトラブルになるようだ。
瑠夏達、由紀達があまり少人数で行動しないのは暴漢対策だ。
瑠夏は嫌な予感がしていたのだ。それに、そろそろ動き回っても身体も付いてこれると思っていた。
瑠夏は部屋へ急いだ。
芽依はネットスーツに着替えて、ヒカリの到着を待っていた。
そのとき、外からインターフォンが鳴った。
「本日ご予約の芽依様のお宅、こちらですか?」
スタッフが来たんだと思った。芽依は扉を開けた。
こういった場合普通、生身のスタッフは来ない。大概の場合ドローンだ。
芽依はそのとこを知らず迂闊に扉を開けた。
男は医療スタッフのものだと名乗った。一人だった。
おかしいな、ヒカリ一緒じゃないのかと思ったが、こちらへどうぞと背中を向ける。
その背中に激痛が走った。そのまま倒れ込む芽依。
男の手にはスタンガン。即時に手足が麻痺しその場に横たわった。
「今日は大型の獲物だぁ!部屋に入れるとはな!」
仲間と思われる数人が脇から入ってきた。見張りを2名入り口に残して。
男は金目のものが目当てらしかった。
動けなくなった芽衣を抱え込み、手錠をかけ、紐を持ってくるよう指示をした。
「なんだこいつは?おい、お前この女どう思う?」
「若いしえらく上玉じゃないか!売り物になりそうだ?」
「ああ、ロリコンの客もいるしな…高値で売れるんじゃないか?コイツも運ぶぞ」
「よく見えればこんなに沢山のロリっ子がいるじゃなですか」
「今回当たりだ!」クルマにに連れて行け。
抵抗できねえやつを運ぶときは楽でいいわ。そう言いながら芽依を連れ去った。
そして今その部屋に一人の男が訪ねてきた。
「すみませんー!警察ですけど、今ここで事件があったみたいですね。ちょっとお話聞かせてください」と、いかにもやる気なさげに。
それはドローンではなく予想外にも生身の警官だった。この世界でも生身の警官が少数だが存在する。
「あ、いいですよ。僕、住人なんっすけども、ちょっと気分が悪くなって休んでたんすよ」と言いながら男は警官の胸ポケットに何枚かのお札をねじ込んだ。
「ああ、何事もなかった、ボクはなにもみてませんよ」
お札を数えながら、警官はそう言った。助かるぜと言いながら警官はその場を去る。
その後、ヒカリは医療ドローンを連れて部屋にやって来た。
そこには、誰もいない空間だけが広がっていた。
ヒカリは焦った。
ワンボックスカーの後部座席に、朦朧とした芽依、意識がない由紀、小夜子、六花、寧々、凛が投げ入れられた。芽依の上に由紀が投げ入れられた。
最終的に全員投げ込まれた。
芽依は大変な事件に巻き込まれたと恐怖の気持ちに包まれた。が体が動かないのではなにもできない。抵抗もできない。
後部座席に女の犯人と若い男の犯人、助手席に中年の男、運転席にはリーダーらしき男が乗り込んだ。
「若い女、大量GETですね!」
「今日は大収穫だ」
このままクルマが発進してネットワークの接続エリア外に出てしまった場合、精神はボディに戻されてしまう。つまり、5人全員が強制的に暴漢のクルマで目覚めてしまうということだ。
それを知っているのだろう。暴漢は「手足を縛っておけ。いきなり起きて暴れられても困る」と言った。
暴漢たちは拘束具をもってきていた。
ネットの世界では暴力的行為は許されない。が、現実社会なら話は別である。しかも犯罪組織であればなおさらだ。
芽依は足を縛られ、手は後ろ手にされた。ほかの姉妹たちも同じよう縛られた。
「怖いか?ん、怖いよな」と泣いている芽依に向かって若い方の男が言った。
「お前たち売ると良い金になるんだよ」芽依は頭の中が真っ白になった。
穏便でない単語。「売られる!?私達が!?」
自分たちがモノのように売られるということがショックなのだ。
「わたし達売られるの?」口にテープが貼ってあるので言葉にならずモガモガと呻いただけだった。
「売られた先で、第二の人生が始まるんだよ。どういう生活が始まるかは…わたし達にはわからん。売られた先で聞いてくれ」と手足を縛りながら女の犯人が言った。
「う、うう。ここは?」と由紀が起きた。手足は縛られていて動かない。「何だこれ!」
「お、目覚めたか。今から楽しいことが始まるんだ」と言ってクルマを運転している男が笑いながら言った。
「あんたら、なにする気よ!」とリッカが声をあげる。意識を取り戻したようだ。
「あれ、ここどこよ。手足が動かん。なんかのプレイかな」とサヨが呑気に言っている。その横でリッカが動いた!
「うおお!!」と叫びながらリッカが縛られたままの両足で運転席の犯人の頭を蹴り上げていた。
後部座席の若い男に馬乗りのされ、手や頭、胸を取り押さえられつつ更に蹴り上げている。
暴れたためネットスーツが胸までめくれ上がった。
バチバチッ!そこにスタンガンが飛んできた、女の犯人だった。リッカは身を捩ってそれを避ける。思わずリッカに馬乗りしていた若い男もスタンガンを避けた。
サヨが縛られた両手で女の首を抑えた。
ヒカリは何処から拾ったのかバイクを操り、ワンボックスの跡を追う。電動式中型バイクだ。中型といっても、小さい身体のヒカリには足が届くのがやっとの大きさだ。
そこに居合わせた瑠夏を後部に跨がらせ「全員、連れ去られた!お主の悪い予感とはこのことだったのか。その能力驚くばかりじゃ」
「あまり人に言わない能力なのだがな。信じるかい?その話は後で。今は急ごう!」
バイクは前後のホイールから余分な電力を放電させながら青く光った。それと同時に加速する。
白い髪を風になびかせるヒカリ。見た目はまだ小学生。小さいナリでバイクを動かすそのギャップ。しかも白いワンピースに膝出しにサンダル。
瑠夏は不思議なものを見ている気になった。
「腹はもう平気かや?」
「ああ、大丈夫だ」
「では瑠夏、このバイクを任せる。妾はネットワークで直接飛ぶぞよ。急ぎ付いてくるのじゃぞ」
と言い残してバチバチと光を空間に放ったかと思ったら、ヒカリは跡形もなく消えた。
瑠夏は、わわわと言いながらハンドルを握って体制を立て直した。瑠夏でもネットワーク世界でなら同じように“飛ぶ”とはできるが…さすがにここでは出来ない。バイクで先に進むしかできることはない。
バイクに搭載されているモニタを見ると、ヒカリの位置が分かった。そこが犯人のいる場所なのだ、それを追いかけた。
一方暴漢のクルマの屋根に突如ヒカリが現れた。その手には巨大なカマが握られている。
「妾の子らを誘拐するとは、悪い子じゃ」
ヒカリはペロリと舌なめずりした。カマはバチバチと紫の電光をまといはじめる。そのカマで屋根を切り裂く。ガンガンと音を立てて暗闇へ飛んで消えていった。
最初に目に入った光景はひっくり返ったリッカだった。
大乱闘中のサヨ。
手足を縛られた由紀と寧々それに凛が見えた。
「乱暴はそこまでじゃ!お主たちも妾の子。お仕置きを食らい、心を入れ替えるのじゃな!」
ヒカリはそう言いながら車内に侵入し、同時に巨大カマで運転している男の頭を狙う。それを避ける男。シートの上半分だけが裂けていった。
その脇からスタンガンを持った手がヒカリを狙う。
サヨがその手を蹴り上げた。スタンガンが手から飛び落ちた。
リッカはそれを両手で拾い上げて後部座先の女の首に押し当てた。バチッと音がすると女は気絶した。
バイクを飛ばす瑠夏。フィジカル世界でバイクを運転するのは初めてだった。やはりネットワーク世界より車体が重く感じる。
ワンボックスの前へ出れるようナビに指示した。ナビAIは言われた通りのルートを表示する。先回りを試みた。
「みんな大丈夫か!」ヒカリが叫ぶ。
「わたしは無事です!」由紀
「自分もなんとか!」芽依
「ボクも」サヨ
「リッカも平気だよ」リッカ
「寧々も!」
「凛も!」
ツーンッ!と頭のなかでなにかが割り込んできた。由紀の頭の中にこの間抱いた頭の持ち主がなにか訴えるのを感じた。ゼスチャーでこの男どもを指さしている。
「ああ!この人達!この間の幽霊の一件、あれの犯人だ」由紀が声を上げた。
「お前らふざけんな!売り物だろうがっ」
ナイフが中を舞った。
「あなた達、ネットランナーをそんなに追いかけ回して楽しいの!?」由紀が叫んだ
「最近、妊婦のネットランナーに覚えは…あるでしょ?」
「ああ、あれは突然現れたんだ。妊婦だし売れないと思ってな。遊んでやったんだよ。情けで逃してやったぜ」
由紀の頭がズキズキし始めたと同時にその時の情景が流れ飛んでくる。ますでその場に居合わせたように。
その光景は“遊んでる”なんてものではないおぞましい光景。何も出来ない失望した女性。それをいいことに言葉にできない暴力。弱いと知って痛めつけ、その挙げ句無理やりの乱暴だった。
由紀は血の気が引く思いだそれは共感した彼女から伝わってきた恐怖だった。
「お前たちは逃さないけどな!」げひゃげひゃと運転しながら男が笑う。
その瞬間、まばゆい光とともに自動車に大きな衝撃が走った。由紀達は自動車の中で宙に浮かんだ…ように感じた直後左右の壁やらシートやらにめちゃくちゃに何回も叩きつけられた。
自動車は転倒し、転がった。前後左右のウインドウが割れ、ボディが曲がりながらぐるぐる回った。
瑠夏のバイクが正面から突っ込んだのだった。
「おまたせ!」と瑠夏。
「いや、これは死ねる…」と一同がクルマから這い出てきた。
警察のサイレンが響き渡った。
男の一人は頭から血を流してクルマの下で倒れていた。女はクルマの後方に放り出されて動かない。運転席の男も上半身がクルマのフロントガラスを突き破って車外に出ていた。首がへんな方向へ曲がっていた。
少女たちもクルマの外に飛ばされていたり、あっちこっちに飛ばされていたが、意識はあるようだった。
由紀には透けた女が微笑んでる姿が見えた。
「あ、あなたは…」涙が出た。
微笑みを見せたその顔、悲しそうな顔しか見せたこと無い彼女が見せた最初で最後の微笑みだった。
手を伸ばした。
柔和な顔を残し消えてしまった。二度と会うことはないんだな、天国へ行ったんだなと思った。安らかに眠ってくださいと念じた。
またもや、少女たちは保護されることとなった。
不思議なことに全員軽症だった。そのためすぐネットワークに戻ることができた。