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Colorful future !  作者: 横山桜
第一章
8/11

Ghosts of the Children ― Wil


 俺はヒーローになりたかった。


 名前はウィル。王国南部、南山脈で一番高い山のふもとにある小さな村、そこの孤児院が俺の家。夏の朝晩は首都よりも少し涼しくて暮らしやすいが、冬は朝から晩まで寒い。でも、ちょっと小高いところまで登れば美しい盆地が一望できる――――そこがウリだって、あの頃通い始めたばかりの学校で習ったのは、もう何年前だろう。


「さあ、実験を始めよう」


 そう言ったのは、俺をどことも知れぬ地下に連れてきた男。孤児院から引き取られたと思ったら気絶させられて、硬くて冷たい床に転がされたあの時だって、この男がやっていた。この地下には、人があまりいないみたいだ。


「っ!」


 ベッドに固定され、ライトに照らされる。眩しくて目をつむる間に、身体に傷をつけたり、注射を打たれたり、なんかいろいろ俺を弄繰り回していく。いつものことで、麻酔をかけられているから痛みはないが、これが切れた瞬間から地獄が始まる。


「――――っ、あ、ああああああ!」


 何をしても痛くて、体の中は焼けるような熱が駆け巡って、意識がコマ切れになって、でも【何か】が起きることはない。


「なぜだ、なぜ成功しない?!」


 白衣を着た大人たちが、のたうち回る俺を無視して議論を始める。「死なないということは適性がある」とか、「成分調整がうまくいっていないのか」とか、よくわからないことを叫び回る奴等は、なぜだかとても面白い。


「ウィル…!」

「っ…畜生!」


 俺が痛みから解放されると、決まって『双子』が俺を診る。この双子はギフトホルダーで、【看破】という改造されたギフトを持っていると教えてくれたのは本人たちだ。


「…まだ、なにも起きてない」


 震える両手で、くたびれた俺の手を握るのはアンネマリ。


「身体は限界だ」


 双子の姉と俺を守るように立つのはアンリマユ。


 ふざけた口を利くな、とアンリマユが殴られ、アンネマリが悲鳴をあげて俺の手を握る力が強くなる。双子たちは奴等にとって大事な何かを持っているらしく、絶対に研究には使われないし殺されもしない。その立場で研究に使われる俺たちをいつも守ろうとして、守れなくて泣いている。


 データを取り終えた大人たちに引きずられて、別の場所に放り込まれ検査を受ける。これで、実験の一通りの過程が終わった。


「ごめんなさい、ごめんなさい…!」

「…ごめん」


 まだ生きている子供のうち、「適性あり」が押し込められる部屋で、傷だらけ包帯巻きの俺を抱きしめて、二人が泣く。


「お前らはなんにも悪くねえだろ」


 研究所での先輩とはいえ、話を聞けば自分より年下な二人に守られる現状が悔しい。痛む腕を何とか動かして、とりあえず手が届いたアンリマユの震える背をさする。


 部屋に戻って来たハル――――俺より年上で、でも研究所に来たのが最近の新入りが双子の頭を撫でる。


「ウィル、平気?」

「まだ死んでない」

「…そっか」


 体調を診られていたらしい。包帯が取れ、痛々しい傷跡が残る両手で双子を撫でていた…が、こちらの頭に乗せて、ぐしゃぐしゃと髪を混ぜるように撫でる。やめろ、後で直すの俺なんだぞ。


「彼らの満足する程度には回復したらしいから、次回は僕だ」


 配られたクソマズの飯を流し込んで、申し訳程度に歯を磨く。何一つ整わない環境は、孤児院よりも悪い。


――――嫌だ嫌だ嫌だ!やめてよぉ!痛い!痛いから!


 部屋にいない子供たちの悲鳴が木霊する。四人で寄り添って、耳をふさぐように眠った。




 何回目ともわからぬ実験から何日目の夜だろうか、目を覚ます。いつの間に連れ出されたのか、遠くからハルの悲鳴が聞こえる。震えるアンネマリをアンリマユと二人で挟むように座って、三人で部屋の隅に縮こまる。


「ひぐっ、えぐ…ううっ…」

「姉さん…」


 アンリマユ…アンリは、弟のくせして、必死に姉ちゃんを守ろうと必死だ。アンネマリ…アンネは、誰よりも優しいから、ここにいる子供たちを守ろうと必死になって、守れずに泣いている。手の届くところにあるのに、何もできない。


 あいつらは何故、俺たちを切り刻んで実験するのだろう。俺は頭が悪いのでよく分からないが、世界を救う実験だとかなんとか言っていても、こうして俺たちが苦しんでいるところは救ってくれない。クソッタレだ。祈るだけの神の方がいいことも悪いことも、何にもしないだけまだマシに見えてくる。


「双子、仕事の時間だ」

「っ、嫌!」

「姉さんに触るな!」


 二人が部屋から引っ張り出される。ハルの実験が終わったんだろう。嫌がるアンネを俵担ぎして、怒るアンリを殴って拘束して、無理にでも連れて行くのはいつものこと。扉が閉まる直前、死んでしまったらしい子供が廊下を引きずられていく様子が見えた。


 それを見ても涙が出なくなったのは、いつからだっただろう。


(どうして、俺たちがこんな目に?どうして、俺は何もできない?)


 ここにいる子供たちは皆、泣いて苦しんで死んでいく。生きていても、泣いて苦しんで、死ねない辛さを抱えている。俺らの世界はこんなのだ、奴らはどう救うって言うんだろう。


 【何か】を持っていないときは、ずっとそう思っていた。




 11歳のある日――――その日が、俺の運命の日だった。


 いつもの様に身体を切られて、注射を打たれて、俺はのたうち回る。苦しむ俺を見て、周りの大人たちは実験の成否ばかり叫び合う。クソ、クソしかいない。救うどころか苦しめて、一体何が楽しい。


 そう思っていた時、視界が変わる。


(?!)


 頭に割り込んでくるような、違和感しかない記憶のような何か。でも、それは否定するには知っている人ばかり出てくる。


 双子が泣いている。


 ハルが泣いている。


 あいつらが囲んで泣いているのは、俺だ。


 横たわって、動かなくて、熱すら持っていなさそうな。


 その俺の腕にあるタグには、12と書かれている。それは年齢で、今の俺は11と書かれているはずだ。


(俺は…未来を見ている?)


 恐ろしくなって、三人のタグも見る。10歳の双子は11と書かれ、12歳のハルは13と書かれている。よく見れば、ハルもかなり調子が悪そうだ。


(待て、俺が知ってるハルは、傷だらけだけどピンピンしてる)


 なのに、俺が見ているハルは、顔色が悪い。辛そうだ。傷の数も、今より増えていて、治る前に追加されているような雰囲気に見える。


(信じたくない)


 でも、身体に感じる激痛は現実で、床で頭を抱える感覚は間違いなく自分の動きなのだ。


「一年後に…俺は、死ぬ?」


 その呟きが、研究者たちを黙らせ、俺を変えた。




「成功した!ノーマルを、ギフトに目覚めさせた!」

「次の成功例を早く!これで俺たちは世界を救う!」


 ハルとアンネ、アンリ、俺の四人でいつもとは別の部屋に閉じ込められた。あからさまに待遇が良く、寝具が人数分きっちりそろえてあった。雑魚寝用の布団が三人分。一人分はベッドだったので、アンネ用だろう。


 戸惑う俺たちを放置して、扉の向こうで実験の時期が来た子供たちが引きずり出されていく。


「どういうことだ?」


 俺の疑問に答えたのは、やっぱり双子たちだった。


「ウィルは、【予知】のギフトホルダーになってる」

「いや…俺、学校で受けたスクリーニングではノーマルだって言われたんだけど」

「…でも、確かに、私たちの目には【予知】が見える」

「姉さんの言う通りだ。間違いなくウィルはギフトホルダーになっている」


 双子たちが嘘を吐くとは思えない。何より本当に困惑している様子の彼らに、どうやら俺にはとんでもないことが起きているということだけが分かる。


 一人、腕を組んで静かに考えていたハルが、ぼそっと何かを呟く。


「本当に、あいつらは…」

「?」

「本当に、あいつらはギフトホルダーを生産するつもりなんだって、そう思って」


 信じられなかったけど、とハルは続ける。


「何をやっているかはよく分からなかった。でも、アンネとアンリに、ここに連れてこられたときと、実験直後は必ず【看破】されるだろ?あれで、実験前の情報と、後の情報を見ている…何を見ているんだろうって思っていたけど、多分、『ギフト』が発生したか否かを見ていたんだ」

「まじ?俺、身体の丈夫さを実験されてるのかと思ってた」

「それも見ているとは思うけど…でも、一番の目的は、『ギフト』だと思う。そうでなきゃ、元々【鑑定】持ちの双子がわざわざ実験で【看破】に底上げされる理由が分からなくなる」


 バカゆえに分からない。首を傾げれば、ため息交じりにハルが教えてくれる。


「あいつらは俺らで実験して、ギフトを人工的に発生させようとしているんだ」


 だが、答えは何気なく聞いていいものではなかった。


 俺らの身体を切り刻んで、無理矢理にでも能力者にしようって?


(持たない俺には価値が無いって、そう言いたいのか?)


 分からないなりに考える。そうして導かれた答えは、まるで昨日までの俺を全て否定するようなことだ。


「もしかして、この部屋は…成功確率が高い部屋ってこと?」


 アンネが震える声で言う。


「私もアンリもウィルも、彼らにしてみれば成功した個体ってことでしょう?だったらハルも…」

「そうかもね。でも、言い換えればこの部屋にいない子供たちは皆死ぬかもしれないってことだ」


 ハルの冷たい声が部屋に響く。何かを続けようとするハルよりも先に、アンリが口を開く。


「…運良く生きてるだけで、この部屋の人間が死なない保証もない」


 そう言って、表情を消してしまったアンネの肩を抱いた。言い過ぎたと思ったのか、ハルは小さく謝罪の言葉をつぶやいて、アンネに背を向ける。


「ウィル、あんまり未来なんて見ない方がいい。…見ても、希望は無い」


 寝具を引っ張り出したハルはそれだけ言うと、おやすみ、といつもの言葉を言って布団に潜ってしまった。その様子を見てか、話し合ったところで何も変わらないからか、アンリもアンネも――――アンネはベッドに入ってもらったが――――布団に潜りこむ。それは俺もだった。


(…見ても、希望は無い) 


 そうだろうか。自分の傷だらけ、包帯だらけの手のひらを眺める。


(今までは何も持っていなかった。でも、今は持っている)


 この力で、俺は何かできないだろうか。たとえ敵わないと分かっていても諦めないアンネやアンリ達のように、何も変わらないと言いつつ現状を把握することに努めるハルのように。


 俺も何か、何か一つでも、できないだろうか。


 足りない頭で考える。


(俺の持つ価値…【予知】。残り1年で、知るべきことを全て知ったら、アンネやアンリ、ハル、他の皆も、こんなクソッタレな場所から出られるだろうか)


 ふと思い出す。


(俺は、ヒーローになりたかった)


 俺の希望は、ヒーローになること。


 未来を見て、皆を救えるなら、そこに希望がある。


 奴らの言う『世界』ではなく、子供たちの『世界』を救う。


(…俺は、皆のヒーローになる)


 そこまでたどり着けば、迷うことなど一つも無かった。



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