Ghosts of the Children ― letter
おまたせしました。キリがいいところまで突っ走りたいですね(できるとは言っていない)
例の四人組にとって二度目の脱出は真夜中、屈強な大人たちに囲まれたものだった。
「背負える子は背負え」
「担架じゃないとダメな子はこっちだ」
「警察病院と連絡が取れた!――――第一陣から出発するぞ!」
「うっす」
昼間の大脱走とは違い、合理的に物事が進んでいく様子を見ていたアンリマユは、ふいに隣に座ったアンネマリの横顔を眺める。心配なのだろう、海辺のごとき二層の瞳がぼんやりと光っており、【看破】を使用していることが見て取れた。
「どう、姉さん」
「………本当に、本当に警官だ…助けが来てる…」
アンリも【看破】を使って彼らのステータスを見るが、ちゃんと肩書が「警官」になっている。人によっては「山岳救助」の経歴もついていて、山慣れしている人を引き連れてきたことが読み取れた。彼らを連れてきたのは、僕らの近くに立っている二人の大人。
「俺がこの国の王です。待たせてごめんな」
「私はリシュテア・ブライト。陛下のお傍に仕えています」
先ほど二人から正式に名乗られてしまった。夜に溶け込む黒い戦闘服を着ている人たちに紛れて、何故かカラフルでエキサイティングな登山服を着ている二人組がまさかこの国の王様とそのお嫁さんだなんて、一体誰が想像しただろうか。
「お嫁さんって言ってよ~」
「まだ嫁入りしてませんから。婚約期間です」
「ねえ『メイビス』、僕のお嫁さんが冷たい」
「知りませんよ、お二人で解決してください」
「何だよ~」
こんなゆるっとしたやり取りが国王(本物)とその嫁(予定)とスパイ(仮)。本当か?と思ったが、それは国王自身が自らを僕たちに【看破】させたことで真実だと判明した。『メイビス博士』については見ないでほしいと言われたので、見ていない。…多分、僕たちの【看破】は、彼が『メイビス博士』ではないと知った以上、素性をすべて見抜いてしまうだろう。それは、間違いなく困ることだ。
(僕たちは、別にギフトで誰かを困らせたいわけじゃないからね)
だから『メイビス博士』にギフトを使うことはしない。
暫く時間がたつと、すべての子供が運び出されて、最後の集団として国王組が下山する。体力が世間一般よりも落ちている子供は、大人たちに背負われることになるのだが。
「あなたはメルちゃんでいいのかしら?」
「だめ、あの、だめなんで、す」
案の定メルが困り顔で身を引いている。黒ずくめの大人も困ったような顔をし始めて、その様子を見てアンネが事情を説明しようかと近づく。アンリはそれを止めた。
「アンリ!」
「多分、自分で言える。…言えるようにならないといけないしね」
視線をずらせば、ベネディクトはすでにガタイの良いオジサンに背負われて夢の世界へ旅立っている。ステータスが「睡眠状態」になっていて、どこまで行ってもベネディクトは強いなあと感心してしまう。
(警戒心があるようで無いってのも、才能かなあ…?)
そんなことを考えつつ、メルの様子を再度伺えば、彼女はきちんと顔を上げて、自分を背負おうとしてくれている大人へ説明する。
「ごめんなさい、でも、その、心が読めるから…大人も、子供も、皆嫌だって言うから」
だからダメだと思う。尻すぼみな声量で何とか言いきったメル。
双子はそろって、相手が何と答えるかを静かに見る。
「失礼な人達ね、あなたが勝手に心を読むって決めつけて」
そう言ってメルの頭を撫でたその大人の女性は、再度メルに背中を向けて背負われるよう催促する。
「…こわくない?」
「勿論。それとも、あなたは私の心、全部読んじゃうの?」
「そんなことしない」
「そうよね。だから、こわくないのよ」
おずおずと、メルが彼女の背中に体を預ける。ぎこちなくもようやく背負われたメルに、別の大人が笑いかける。
「よーく頑張ったぞー!」
「…ありがと」
「麓に降りたら旨い飯を一緒に食おう!」
「ん」
えっちらおっちら下山を開始した彼らを見ていたアンネとアンリの頭に、手が載せられる。
「悪い大人ばかりでもないだろ?」
そう言ってウインクをしたのは『メイビス博士』。手が離れたと思えば、アンネの肩に彼の白衣が掛けられる。アンリには、国王のウィンドブレーカーが掛けられた。
「アンリ、それ?!」
「????????」
国王のウィンドブレーカーが両肩に載っている――――その衝撃を受け止めきれず動揺した双子に、国王が笑いながら二人の背中を押す。
「ほら双子、お前たちも行くぞー」
「陛下、『メイビス博士』!双子ちゃんたちも!置いていきますよ!」
すでに歩き始めていたリシュテアさんも、こちらを見て笑っている。
(………なんか、多分。きっと、悪くない)
そう思ったアンリは、隣のアンネを見る。
どうやら、双子の姉も同じように思ったらしい。
「きっと、大丈夫」
アンリを見るアンネの瞳は、ギフトの光ではなくカンテラの光できらめく。頼れそうな大人たちに連れられて、幾年ぶりの自由へ足を踏み出した。
***
下山して数日。何故か王宮で客人として滞在することになってから、国王が僕らを応接室へ呼び出したのはわりと早かった。
「なんか、もっと待たされるんだと思ってたぞ!」
「僕もだよ」
同室に割り当てられたベネディクトが椅子から降り、持っていたテキストを机に置いた。意外なことに、最近8歳になったこの少年は学習意欲が高い。することもない客人暮らしだ、「遅れている分を取り戻したい」と自ら希望したテキストを開いては分からないところを暇そうな大人を捕まえては聞いている。
(事情を聴くだけだろうな…こちらへの説明は、多分ない)
用意された服を着てみたが、間違いなく上等な服はちょっと緊張する。襟付きの服なんて初めてのレベルで着ていなかったし、ちゃんと着られているか心配過ぎて近くにいた大人に聞いてしまったくらいだ。
「問題ありませんよ。ちょっと髪を触っても?」
監視役を兼ねていたのだろうメイドは、僕らの着こなしを褒めたうえで、髪を整えてくれた。ワイシャツにズボンという簡単な服装でも、上から下まできっちり決めた自分の姿にちょっと戸惑ったのはベネディクトも同じらしい。そわそわしている。
メイドに連れられて、呼び出された部屋に向かう。扉を開ければ、ソファで書類を読んでいた夜空色の瞳がこちらを見た。
「よう、アンリマユ。ベネディクトも」
「こんにちは、国王陛下」「こんちは!」
隣で砕けた物言いをするベネディクトを小突くが、国王は笑って許す。…本当に王様なんだろうか。
「良くも悪くも身近に人が少ないから、寂しいんですよ」
そう言って席へと案内してくれたのはリシュテアさん。手書きのドリンクリストと共に飲み物は何がいいかと聞かれ、僕はリストから紅茶を選んだ。ベネディクトはリンゴジュース。
「二人ともさっぱりしたな。ベネディクトなんか前髪以外別人だ」
「後ろはいいんだが前髪はなんか…名残惜しくて」
「似合ってるぞ。横に流す髪型と相性がいいんだな」
たわいもない話をしながら、姉さんとメルの到着を待つ。リシュテアさん曰く、「あの二人はかわいらしいでしょう?だからみんなおめかしさせたくてしょうがなかったみたい」だそうだ。
「アンリ、ベネディクト!」
「?!」
しばらくしてやってきた姉さんとメルは、見違えるほどオシャレになっていた。
姉さんの髪はセンター分けのセミロングで、毛先が緩やかに巻かれている。服はブラウスにゆったりとしたスカートを合わせていて、胸元には海のように青いリボン。
「別人かと思ったよ…」
メルは『メイビス博士』が切った前髪を少し整え、後ろの髪は三つ編みをしたポニーテールにしている。ちょっと重たそうだが、大きいリボンがお気に入りだという。ブラウスにサスペンダー付きのプリーツスカートで、首都で流行っている子供服なのだそうだ。
「メルちゃんの髪も切ってあげるべきだったわね…」
「ポニーテール、とか、おさげ、が楽しいから今はいい」
どうやら、メルは髪型自体を変えようという気がないらしい。大きいリボンと、三つ編みの先っちょをにぎにぎと握っては嬉しそうに口の端を緩め、結構楽しんでいる。…地下では見られなかった様子だ。
そのメルが顔を上げ、国王の方を向く。
「…ほかの、みんなは?」
「他の子らは治療のために病院に送った。あそこなら医療設備は整っているし、皆時間をかけて可能な範囲で回復するだろう」
「よかった」
国王がメルに隣の席を示す。ととと、と近寄ってそこへ座ったメルの頭を撫でるその姿は父親のようだ。…父親の記憶がないので、本当にそうとは言えないが。
「…なあ、こくおうへーか」
「無理しなくていいぞ、ベネディクト」
「えっと、王様」
「何だ?」
リシュテアさんはメルと反対側の国王の隣に座り、僕とベネディクトが座る隣に姉さんが座る。
「俺たちと一緒にいていいの?仕事は?」
「君らが寝てる間、リシュテアと必死に済ませたから今日は問題ない」
「え」
「完徹なんて久々です!ギフトもたくさん使わせてもらいました!」
「………」
何でこのお嫁さん(仮)はすごく生き生きと寝ていないことを報告するのだろうか。旦那も徹夜が当然のような発言をしていることが怖い。
「それにお前たちを保護した時から、今日はお前たちに費やすと決めていた。…聞きたいこともたくさんあるし、それはきっと俺らが直に聞くべきだ」
しかし、僕らのためと言われたら強く言えないのも事実。何も言わず沈黙していると、静かな部屋にノックの音が響く。
「遅くなって申し訳ございません、陛下」
リシュテアさんが立ち上がり、席を案内する。僕らはというと、見知らぬ大人の姿にちょっと体が強張った。その様子を察知した国王が、説明を入れてくれる。
「彼はリシュテアのお父上、ブライト侯爵だ。無表情だが悪人ではない」
「私のお父様よ。ギフトには理解がある人だから、心配はいらないわ」
ブライト侯爵という、見た目からは年齢不詳な男性はどうやらノーマルらしい。しかし、ギフトに理解があるというのは、娘がギフトホルダーだからだろうか。その疑問は、姉さんが聞いてくれた。
「ブライト侯爵も、ギフトホルダーなのでしょうか」
「違う。私には何の力もない。だが、我が家は代々外交を担う。故に職務上様々なギフトホルダーと縁を持ったことはある」
こちらの疑問に静かに答えた侯爵は、リシュテアさんが差し出した緑茶に口をつける。
「また腕を上げたか?」
「ありがとうございます」
親子間で短いやり取りがなされた。…これが、親子ってものなのだろうか。
「さて、メンツもそろったし――――地下の話を聞かせて欲しい」
国王から、本題突入の号令がなされる。一瞬のうちに張り詰めた空気は、
「とはいっても、こちらは君たちを監禁してた組織が何をやっていたかは調査中で、その分析のためにも君たちの話が聞きたいんだよね」
やっぱり国王の声で崩された。しかし、表情は真剣だ。
「尻尾は見えてたからね、長い間目はつけてた。先王の時代から圧力はかけていたけれど、研究施設や本拠地を探り当てるのに時間がかかってしまって。…子供を連れ去る手口も、一応合法的な流れが多かった。化けの皮をはがすのに苦労させられたが、君たちが受けてきた苦しみを考えると、本当に申し訳なかったと思う」
ちらり、とメルを見る。彼女は怒らない。…本音なのだろう。
「これから俺たちは嫌なことをどんどん聞いていくだろう。だが、どうか答えてもらいたい」
頼む、と頭を下げた国王。隣に座るリシュテアさんも同じように頭を下げた。姉さんが僕たちの顔を一通り見てから、声を発する。
「答えます。それが私たちの、生き残った子供の役割ですから」
そう言った姉さんは、ポケットから紙を取り出す。【映像】の記録された紙だ。それを広げて、僕たちがどういう算段で地下を逃げ出したかの説明を【映像】から聞かせる。
「…これも、ギフトか」
「はい。【映像】っていう、開発されたギフトを持たされた子供が残してくれました」
大人三人が「ギフトを持たされた」という点で顔をしかめる。察しの良い人たちだ。リシュテアさんが、口を開く。
「未来を見通したような内容なのはどうして?」
「【予知】の力を持たされた子供が、必死に情報を掴んでくれたんです」
子供たちについて、思い出せる範囲のことを話す。彼らが何をして、何を残してくれたか。この施設で長い時を生き残った僕たち二人には、その義務がある。大人たちの疑問にも答えられる範囲で答える。
「僕たちの【看破】だって、もともとは【鑑定】だったんです。あいつらに研究された結果、ギフトも瞳も変わってしまった」
「私たち、もとはこんな青と茶色で二層に分かれた瞳じゃなくて、一面真っ青だったんですよ」
メルも、ベネディクトも、静かにそれを聞いている。時折袖で目元をぬぐうのを見ても、僕らは話し続けた。
もらった飲み物が空っぽになるころ、漸く話す内容が一区切りついた。
ひとまず、脱走の経緯をすべて話し終えた――――そう思ったとき、国王が姉さんの持つ紙に興味を示す。
「その紙、ベネディクトが持つと反応しないんだな」
「そうですね。もしかしたら、ギフトホルダーしか反応しないのかも」
「持ってみていいか?」
かまわない、と姉さんが国王に紙を渡す。すると、【映像】が発動する。いつもの作戦の説明が流れると思いきや。
【僕は子供代表のハル。当時この研究所でまだ生きている子供の3人目、年齢的には最年長の子供だった。だった、っていうのはね、本物の僕はあくまでも死んでいるからなんだ。君が今見ているのは、僕のギフト、【映像】で描かれた幻の僕。死人が喋る姿がどんなものか、ちょっと想像つかないけれど…変な話だよね――――】
え?
「私たちが触れた時とコメントが違う…!」
「本当か?」
「なんというか、作戦指示書みたいな内容だったから」
想定外の事態。姉さんも驚いたようで、口をパクパクさせている。
その様子を見てか、腕を組んだ国王が静かにつぶやく。
「リシュテアや俺…つまり、ギフト持ちの大人が触れるとこの文面なのか…」
「お父様は?」
「私も反応しない。ベネディクト君と同じように、ノーマルだからだろう」
ブライト侯爵がいつから触れていたのか、紙から手を離す。
一通りの様子を静かに見ていたベネディクトが、「なあ」と声を発した。
「もしかして、メルが触ったらまた違うんじゃないか?このハルって人は、メルに期待してたんだろ」
それは考えたこともなかった。僕たちは二人でこれを見ることしかしなかったから。
「名案だ。メル、頼めるか」
「ん」
おさげとリボンを揺らして、メルが立ち上がる。すす、と机の上を移動させた紙にメルの手が触れた瞬間。
「――――っ、」
突然、メルの目尻から大粒の涙が零れ落ちる。
「メル?!」
ベネディクトが反射で立ち上がり、リシュテアさんは慌ててハンカチを差し出した。メルは紙から手を離し、受け取ったハンカチで止まらない涙を拭う。
「こころが、あるの」
声を詰まらせながら、メルは続ける。
「アンネお姉ちゃんやアンリお兄ちゃん、私たち地下の子供、私たちが出会う大人――――外の世界の大人に伝えたいって」
「………それは、俺とリシュテア、ブライト侯爵が見ても構わないものかな?」
国王の質問に、彼女は頭を縦に振った。
「きっと、"みんな"が望んでる」
涙をぬぐったメルが、両手で紙を持ち上げる。まばゆい光と共に、声が響き始めた。