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Colorful future !  作者: 横山桜
第一章
4/11

Children at the bottom of hell ― 3


 昼間、しかし光届かぬ地下。鉄格子の向こう最奥、アンネマリの部屋にて。


 実験による苦痛から発せられる子供の悲鳴が響く中、アンネマリはアンリマユと二人で身を寄せ合う。ピト、とくっつけた肩から伝わる熱は、今日も弟が生きていることを実感させてくれる。


 光の弱い電球が、部屋を薄暗くも照らす。外の明るさがどれくらいなのか、記憶が薄れているから自信は無いけれども、多分この部屋は夕方のような明るさだとアンネは思う。


(外………)


 幼少期から14歳の今日まで長い時を過ごしたこの地下において、安心できる瞬間など一度もない。しかし、実験サイクルを把握しきった彼女にとって、今のこの時間だけは、誰も来ないと知っている。隣の部屋ではメルとベネディクトが昼寝をしていて、鉄格子の向こうでは大人たちが実験につきっきり。例外――――メイビス博士だけがいまいち行動を読み切れていないものの、今日の回診はすでに終わっている。おそらく鉄格子を越えてこちらに来ることは無いだろう。


 隣でどこから取って来たのか、紙を器用に立体のウサギへと折り込んでいく弟に声を掛ける。


「ねえ、例の話。実行しようと思うのよ」


 弟が紙を落とす。折りかけのウサギがこちらを見る。


「今しかないと思うの。メルが来てから1年、ベネディクトが8歳になるまであと2週間。子供たちが増える気配はなく、新しく連れてこられる様子もない。…多分、今が一番、逃げる人数が少ない」

「まあ、確かに」


 アンリがウサギを拾い上げた。ただ、折り紙の続きは始まらない。


 私は自分に宛がわれたベッドのマット下から、擦れてボロボロになった紙の束を取り出す。その束を開き、中から色あせた白紙を出して、折りたたまれたそれを広げる。


 アンリと二人、それに触れた。そうすれば、紙から立体映像が浮かび上がる。半透明で、ところどころノイズの走る映像で表された12歳の少年は、こちらを見た。


「ハル」

【――――アンネ】


 名前を呼べば、記憶に残るものと同じように笑う。思わずこぼれそうになる涙を、アンネは紙に触れていない左手で拭った。


 ハルというこの少年は、三年前に死んだ「1番目の素養ある子供にして2番目の成功事例」だ。大人たちの実験で【映像】という「自分の思いを紙に込めると、それを紙面上で映像として見ることが出来るギフト」に目覚めさせられた、元々はノーマルだった男の子。私たちよりも少し年上の、賢い男の子。


【やあ、アンリ。久しぶりだね。大きくなった】

「ああ。お前()は変わらないな」

【そういうものさ】


 目の前で生きているかのように話すハルに様々な感情が込み上がってくるが、あいにくこの「ハル」はハルだけで構成されたものではない。


【ウィルも、こちらに出てきたいって言ってるけど、時間が無い。始めようか】


 ウィルは「2番目の素養ある子供にして1番目の成功事例」、【予知】のギフトホルダーにさせられた男の子。この映像の少年を構成する要素のもう一人だ。


 これからの話は、ウィルがいなければ無かった話になる。口火をハルが切った。


【前提条件は覚えているね?】

「メルが健康なこと。昼間、外に出られる瞬間があること」

「あとは、メル以外に走れる子供が一人以上いることだ。俺達も走れる」

【良好。これならメルに一人つけてもよさそうだ】


 私たちの返答に、ハルが笑う。嬉しい時の笑いではなく、何か企んでるときの笑い。


【作戦の第一歩だ。やっと始められる】


 新しく映像が紙面に浮かぶ。丁字状の施設――――この施設の図面だ。私たちの部屋から鉄格子を抜け、左に曲がって駆け抜けると階段、出口がある。


【ここは最寄りの街から徒歩30分の距離。多分、子供の足だともう少しかかるな。でも、林道があるから、それを下る方向へ辿っていくといい。予知した限りだと、この時期になると警備ないから】


 林道…外は山だという。初めて知った事実に、アンリと二人顔を合わせる。アンリも驚いた顔をしているから、子供は誰一人知らない情報だろう。


【ウィルの見た内容での最適解は、アンリとアンネが大人たちの邪魔をすることだった。だから、二人には大人たちを引き付けて走ってもらう。状況によっては、自ら捕まってほしい】

「わかった」

「どうやるといいかしら」

【めいっぱい殴ってやれ。アンネもビンタくらいはかましたいだろ?】

「が…頑張るわ!」


 身体を掴まれたら小指を反対側へ捻じってやるんだよ。ハルのアドバイスに頷きながら、ふと疑問を覚える。


「でも、鉄格子はどうやって突破するの?出入り口も。鍵があるわよね?」

「出入り口は暗証番号タイプだったね」

【暗証番号はこれだ】


 紙面にまたも浮かび上がった数字を必死に暗記する。


【鉄格子の鍵は最奥の部屋、扉から見て左奥のタイルの裏に隠してある】


 姉さんの部屋か、とアンリが呟く。彼が言われた通りのタイルに指をかけると、大した力を掛けずにタイルがはがれ、鍵が出てきた。用意周到だ。まだ使わないので、元通りに隠しておく。


【実行日時は僕たちも知らない。日付を確認できるものがここには無いからね。だから、君たちがやるって決めたその時が作戦開始時刻になる】


 ノイズの走る瞳がこちらをまっすぐ見つめる。生きていないのに、生前の光をはっきり灯したそれは私の心に突き刺さり、目をそらせない。


【メルを絶対に麓へたどり着かせろ。彼女がキーパーソンに助けを求めてくれるから。僕らや君らにできるのはそこまでだけど、そこまでやったら絶対に助けが来る。そういう未来を、ウィルが見てる】


 だから頑張れ。


 死者はそう無責任な言葉を残して霧散した。紙を折りたたみ、元あった場所へしまい込む。


「姉さん…」


 涙がこぼれる。右手で拭っているとアンリが隣に立って、空いている左手を握ってくれた。


「泣いてる場合じゃないね」


 ウィルは、この作戦を立てる上で必要な情報を得るために、どれだけの未来を見たのだろう。ハルは、どんな思いで作戦を立て、死後も私たちを導くための【映像】を仕込んだのだろう。


(きっと、相当な無理をしたはず)


 三年前、彼らの最期を思い出す。二人ともギフトを得る直前までとは全く違った。


 ウィルの顔色は土色になり、頬がこけ、何をするにも辛そうで。それでも死ぬまで、ウィルは絶対に苦しいと言わなかった。実験で要求された時間の未来を見ることが出来ずに罰を受けても、力が暴走して夢にまで未来を見ては眠れない日が続いても、いつだって。


 ハルに追加実験と称してギフトを上位互換するべくつけられた傷は、死ぬまで絶えることが無かった。ボロボロの全身包帯巻き状態で、苦痛に流す涙もなく息絶えてしまった。


(それでも、生きている私たちのためにここまでやってくれたから)


 まずは第一段階、私たちが頑張るターンを乗り越えなければ。


「頑張ろうね、アンリ」


 弟の手を、力強く握り返した。



 ***



 メイビスは医療鞄を手に医務室を出る。周囲の研究者でもカギを管理できる階級の者に声をかけ、鉄格子のカギを開けてもらう。


「お前がそっちに行くのかよ」

「子供たちを無理に連れてくるより、手間も省けますから」


 あきれ顔の同僚に笑いかける。ここで何が起きているかを絶妙に理解できていないような、平和ボケしたアピールをしているつもりだが、通じているといい。…こちらに興味を持たれてすらいない可能性もあるのは喜んでいいだろうか。


「終わったら誰でもいいから声かけろ」

「ありがとうございます」


 丁寧に礼を言って、一番手前の部屋に入る。毎朝行う健康観察の時間がやって来た。傷一つない身体を持つ子供は限られている。少なくとも、この部屋と次の部屋にはいない。


 あまり経験のない、壮絶な臭いのする部屋に立ち入る。監視窓から中を覗こうと、音を立てて扉を開けようと、子供たちがこちらに振り向くことはない。こちらに興味を持つには、彼らは弱りすぎている。


(大人だから、という理由もあるかもしれないな。…この地下の子供たちにとって、大人は敵だ)


 ろくな生活をさせず、地下に閉じ込めて体を傷つけ実験を行う大人たち。自分たちは標準の生活水準を保ちながら、子供の悲鳴が一日中響くことに何の疑問も持たない彼らは異常だ。決して口には出さないが、メイビスにとっても■■■■にとっても、この状況は容認できない。


 なお、その大人たちは、夜はたいてい寝所で寝ている。てっきり一日中研究漬けのマッドサイエンティストかと思っていたが、案外正常な生活を送っているらしい。本当におかしな奴らだ。


『夜の山が危険だから、子供たちに逃げられることはないという油断もあるのだろうがね』


 脳裏に響く声に同意する。先日、夜間にこっそり外へ出てみたが、警備の一人もない。それが不必要なくらいには外は暗くて行動に適さない状況だった。野生動物もいれば、山ゆえに想定外の段差だってある。子供が逃げ出すことは難しいだろう。


(子供たちを逃がすなら、昼間しかない)


 しかし、昼間は子供たちの大半が実験で悲鳴を上げる。逃がしたい対象が大人たちに捕まった状態では、逃げるも何もない。


 困ったなあ、と内心でつぶやきながら、傷だらけの子供たちの包帯を替え終える。気づけば二部屋分の子供たちの処置が終わっていて、メルやアンリ達の部屋の前に立っていた。


 彼らの部屋のカギを開ける必要はない。鉄格子の中ならば、子供たちは自由に動き回れる。部屋と廊下、申し訳程度のトイレ等しかないが。


「おはよう、三人とも」

「博士だ」


 アンリがこちらを見る。何をしているのかと思えば、有り余った紙をもらってきたのか、手の中でイヌの立体折り紙が作り上げられていた。それを見てメルは目を輝かせている。


 この部屋最後の一人ベネディクトは、特に何をするでもなくアンリの背中にもたれかかっていた。折り紙に興味を見せているでもない。


「毎朝の診察だよ。暇そうなベネディクトからにしようか」


 そう言えば、アンリはメルを連れて部屋を出ていく。隣の部屋の扉が動いた音がするので、アンネの部屋に移動したのだろう。


「じゃあ、ベネディクト」

「うっす!」


 今日も元気な返事をした彼の体調を慎重に見極めていく。彼の体に傷がないことだけはよく分かっていたが、彼が部屋の清掃を行う際にどんな仕事もこなしていることから病気の心配がある。子供である以上、まだ体は未完成でふっと突然死んでしまうこともあるのだから、慎重になりすぎて損はない。


「異常はある?」

「今日も元気だぞ!」

「ならばよし」


 自分の見立て通り、元気そうで安心する。カルテに記入しながら、ふと気づいたことを話しかける。


「あと1週間と半分で8歳になるんだね」

「そーだぜ。また一歩大人の男に近づくんだ」


 胸を張ったベネディクトの顔右半分が揺れた前髪に隠れる。


 髪を切れない期間が長い故か、ベネディクトは長髪は後ろで束ねて、前髪も横へ流している。精神的にいい状態ではない。しかし、多少の栄養不足はあれど彼はこの地下において健康そのものだ。比較対象の状態が悪すぎるとしても、「実験体」としての期待が高いのだろう。


 そんなことを考えていると、ベネディクトが「質問!」と言った。断る理由はないので、続きを促す。


「なあ、メイビス博士はメルのことこわいと思わないのか?」


 こわい、それは【心読み】を恐れないのかということだろう。


「いいえ」

「そっか」


 嬉しそうにベネディクトが笑う。そこに憂いのような、暗い感情がある気がした。思わず続ける。


「何故、そのようなことを聞く?」


 こちらから聞き返されるとは思わなかったのだろう。きょとんとしてから、視線が下がる。


「俺が死んでも、博士が味方なら双子も合わせて三人。メルは一人ぼっちにならなくて済む」


 彼の顔に笑顔はない。陰鬱な空気を吹き飛ばす明るさも。


「俺は3番目の素養がある子供。前の人たちは知らない。これって、死んでるから知らないとしか思えないよな」


 大した日数を共にしたわけではない。しかし、自分の知らないベネディクトの苦悩がそこにある。地下で過ごした二年は、確実に彼に影を落としている。


「変なこと喋った。忘れてよ、博士」


 ベネディクトは診察のために座っていた丸椅子から飛ぶように降りた。


「次、アンリだろ?呼んでくる」


 長い髪に隠した表情は読めない。部屋を飛び出し、隣の部屋からわずかに聞こえる快活な声は、先ほどまでの影など感じさせない底抜けの明るさ。


(助けを呼ぶべきだ)


 切実に思う。しかし、警察に助けを求める間に感づかれれば、大人たちは子供たちを容赦なく殺して逃げるだろう。研究データも持っていくに違いない。


 それではいけない。子供たちと依頼人のために、そうあっては困る。


(依頼人?)


「………」


 眉間に寄るしわを伸ばす。


 わからないもの、守るものが多いと苦労が多い。慣れぬ状況に活路を見出すには、まだ時間がかかりそうだった。



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