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Colorful future !  作者: 横山桜
第一章
3/11

Children at the bottom of hell ― 2


 薄暗い部屋に、光線が奔る。


「ほら、メル。こっち見て」


 メルと呼ばれた、6歳の少女は顔を上げた。


 ………最近、新しく入ってきた大人がいる。その人も白衣を着て、私たちの身体を隅まで調べるけれど、どうも今までの大人と違うかも…とちょっと思ってしまう。彼は子供たちを切り刻んだりしないし、変な注射を打つこともしないし、叩いたりもしない。


 地下にいる大人とは違うかもしれない大人、「メイビス博士」は、お医者様としてここにきたらしい。


「まぶしい」

「目の中に傷が無いかを調べるんだ。…髪が邪魔だなあ」


 そう言って私の長すぎる前髪を左に寄せて、改めてこちらをのぞき込む。そして「異常なし」とつぶやくこの男が、そのメイビス博士。見るからに地味で、なんというか特徴が無くて、他にたくさん人がいたらすぐに忘れちゃいそうな人。


「前髪、切っていいかい?それとも伸ばしてる?」


 私たちにそんな自由は無い。髪を切ることも、歯を磨くことも、食事も、なにもかもが、大人の気分ひとつにかかっているのに、なんでそんなことを聞くのだろう。


 返事が無いのを何ととらえたのか。鋏を取り出して、ささっと前髪が切られる。


「ぱっつんになっちゃったなあ…左に流すか…おっ、良くなったぞう!」


 ついでだから、とクリップのようなものが右のこめかみにつけられた。晴れた視界に、メイビス博士の笑顔。


(………)


 彼は私の前髪がどうなったかを手鏡で見せてくれた。左側に流した前髪は、眉を隠す長さまで短くなり、右のこめかみに留まったクリップが長すぎかつうねる後ろ髪を軽く押さえて、視界を開いている。流石にぼさぼさ伸びっぱなしの後ろ髪を切るつもりはないらしい。


「はいじゃあ次、呼吸器確認するから」


 大人しく指示に従う。背中を向ければ、彼の左手がこちらの左肩をやさしく掴み、右手で聴診器が当てられる。


「お腹痛いとかある?」

「ほかに気になるところは?」


 すべてに首を横へ振って、博士はカルテによく読めない字を書き込んでいく。そして、全てが終わったら、必ず私の頭に手を置く。


「お疲れ様。次、ベネディクトを呼んできてくれるかな」


 頷く。医務室でやればいいのに、この診察とやらは子供が所属する部屋で行われる。アンリマユお兄ちゃんが聞いた話だと、「寝たきりの子供がいるのに僕が出向かない理由は無い」らしい。アンネマリお姉ちゃんは、「悪い人ではないと思うのよ」という。ベネディクトは、「良い奴…かもな!」って。


 廊下に出て、隣の部屋に向かう。この診察の時間だと、アンネマリお姉ちゃんの部屋が、私たちの待機部屋みたくなっている。


「ベネディクト」

「おう」


 長い前髪を揺らして彼が立ち上がる。入れ替わりで部屋に入って、アンネお姉ちゃんの隣に座った。


「メル、変なことはされていない?」

「ん」


 手を伸ばせば、アンネお姉ちゃんはその手を躊躇わずにとる。俺も、とやっぱり部屋に待機していたアンリお兄ちゃんが私を抱えて座り直した。温かい熱を感じながら、ギフトを発動する。


【「ほら、メル。こっち見て」】

【「ぱっつんになっちゃったなあ…左に流すか…おっ、良くなったぞう!」】


 先ほどの診察の様子を思い浮かべれば、二人がくつくつと笑う。


「面白い人よね」

「えー、どうだか」


 二人の海辺のような瞳を見上げる。ギフトを使えば二人が何を考えているかは一発で分かるが、今この状況にそれは必要ない、と力をひっこめる。…今はうまくひっこめられた。


「メルは、メイビス博士をどう思う?」


 私の手を摩りながら、アンネお姉ちゃんが言う。


「………変な人」

「そう?」

「大人なのに、私に普通に触れるの」


 アンリお兄ちゃんが私を抱く力を強める。心配、されていると思う。


 この地下に来る前、大人は――――両親は、私の力を怖がった。触れていようといまいと感情が筒抜けに伝わり、伝えてくる私を嫌った。そんな二人を見ていたからか、近所の人たちも私を恐れた。確かに力があふれてコントロールが利かない時期はあったが、それでも無意味に力を使って全てを知ろうとしたことなど一度も無かったのに。


 5歳になって力のコントロールを覚えたころ、ついに両親は私を売った。耐えられない、と思ったようだった。泣くに泣けなかった私を、両親は最後まで不気味だと言い放った。金に変わった私に対して、清々するとも。


 地獄の地下に来てからも、大人は私の力を怖がる。彼らは、ここで何をしているか、私に全て知られてしまうのが怖いらしい。双子に私の力を【心読み】と看破させた大人たちは、必死に私の力、ひいてはギフトを無効化する研究を始めた。私はここでも爪弾き。


 でも、ちょっぴり違ったところもある。アンネお姉ちゃんとアンリお兄ちゃんは、絶対に私の手を振り払わなかった。ベネディクトは、こちらが引いても押してきて、今となっては毎朝私の頭をぐしゃぐしゃにするのが気に入っているらしい。子供たちの苦痛をうっかりギフトで聞き取ってしまった時も、三人だけは私を抱きしめて離さない。


 アンリお兄ちゃんに抱きつく。


「メイビス博士がどんな人かはよくわからない、けど………多分、大丈夫」


 今日も実験が行われている。子供たちの悲鳴が狭い空間に木霊して、陰鬱な空気が私を飲み込もうと真っ黒な波となって襲い掛かる。


 背中をさする温かい手。頭を撫でる柔らかい手。不安を押し流すぬくもりは、外にいては与えられなかったものだ。


(………まだ、だいじょうぶ)


 アンリお兄ちゃんがいて、アンネマリお姉ちゃんがいて、ベネディクトがいれば、飲み込まれずに立っていられる。


 でも、もし彼が四人目になってくれるなら、私はこの人生をまた少し、まだ生きていけると思うのかもしれない。



 ***



 記憶を吹っ飛ばした医者が就職して数日目の夜、誰もが寝静まった時間。誰もいない、誰も来ない部屋で、メイビスは一人ベッドに寝転がる。


 頭の中に浮かぶのは、この地下の姿。


(現在地は医務室)


 今日は気づいたら脳内に見取り図を書き上げていた。我ながらうまく想像できたと思うが、何故こんなことをしているのか。


(そこそこ広い地下だよな)


 医務室の接する廊下と、鉄格子側の廊下は丁字状につながっている。こちら側の廊下が主に大人たちの空間で、研究者たちはそこで阿鼻叫喚の実験を探求心の赴くままに行う。医務室から研究室とは反対側に進めば数室の部屋を挟んでこの施設唯一の階段兼出口があり、山奥の林道につながっている。林道を徒歩で30分進めば首都北部方面に出て、さらに徒歩で20分移動すると王宮がある。


『予想以上に近くにあった、盲点だったな』


 誰かの言葉を聞きながら、見取り図の鉄格子部分へ視線をずらす。


 鉄格子の向こうには、子供たちのための部屋が四部屋並んでいる。手前から、「持たない子供」「持たない子供」「持つ子供と素養ある子供」「アンネマリ」の部屋だ。


 「持たない子供」は、言葉の通りノーマルである子供たちの部屋だ。おそらく「素養」とやらも持たないようで、彼らは研究者たちの実験動物として扱われ、傷だらけで死亡率も高い。手をつけるにも手遅れであることが多く、痛みをごまかし祈ってやることしかできない。そのごまかしも、少ない財源と物資では限界があるが。


(外に内緒にしたい割には、警備が全くないんだよな)


 それほどまでに資金に困窮していても研究をしたいという大人たちの意思にはある意味敬服する。やっている内容はいただけない。


 閑話休題。


 「持つ子供」は、ギフトホルダーのこと。14歳のアンリマユは【看破】…カルテを見る限り、見たものを理解する【鑑定】のギフトを実験で開発した結果生まれた上位互換のギフトを持っているという。メルは【心読み】のギフトホルダー。言葉の通り、心が読めるし、相手に伝えることもできる。


 「素養ある子供」はたった一人、ベネディクトというあの掃除をしていた少年のことだ。「素養」があるとか何とかで、研究者たちは彼が8歳になることを心待ちにしている。


 …まさか、「素養」とは「開発の結果ギフトを得る」ということではなかろうか。いや、そもそも人体実験という時点で反吐が出るのだが、それをさらに本来持たぬ力に目覚めさせようというのがもう、王国民のほとんどのノーマルと王国民のわずかなギフトホルダー…まあ、人間自体を否定する行為であるから、気持ち悪い以上に滅ぼさねばならない邪悪だ。


 それを考慮すると最悪なのが、「アンネマリ」だけに個室が用意されていること。彼女はアンリマユの双子の姉で、14歳。子供が産める年齢だ。とどめに開発済みの【看破】のギフトホルダーと来た。ギフトホルダーからギフトホルダーが生まれる確率は高い。研究者たちは、彼女を母体にするつもりでいる。


(まさに実験用マウスと言わんばかりだな)


 おそらく、数打って実験する期間はもうとっくに過ぎている。だから最近人が追加されている形跡が無い。アンネマリに個室を用意したのは、実験の結果を植え付けるためだろう。彼らは彼らにとって完璧な子供を産ませるつもりでいる。「持たない子供」に実験を続けているのは、彼らを使い潰すまでの余興だろうか。


 長い髪をうねらせた幼い少女――――メルが頭をよぎる。彼女も成長してしまえば、「アンネマリ」の部屋だろう。


(ギフトホルダーの量産化に成功したら、今度は彼らで実験する?…するだろうな)


 胸糞悪い。その一言で済ませられないくらいの下劣な行為だ。医者として、何より一人の大人として、それをただ見ていられるほど無情ではないつもりだ。


『どうするべきかは分かるだろう?』


 分かっている、と返事をしそうになって、言葉を飲み込む。ズキリと頭がいたむ。


 頭の奥から響く声。相変わらず覚えがあるようで、認識が出来ないこの声の主は一体誰なのか。分からないことは山積みだが、時間は有限。こればかり考えているわけにもいかない。


 大半が重傷の子供たち。元気といえるのは四人。使える大人は自分のみ。


 生き残った全員を外へ出すために、男は一人考え始める。明日からは、同僚たちの行動パターンを確認しなければならない。この施設全体に空白の時間があればいいのだが。


『いいか。お前達が守らねばならないことだ――――』


「死ぬな、殺すな」


 覚えのない言葉を呟き、静かに目を閉じた。



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