Ghosts of the Children ― First Steps
地下の子供たちが解放されて一か月くらいたった頃。
アンネマリ以下4名はこの一ヶ月、わりと自由な日々を王宮で過ごしていた。病院に入院する他の子供たちに会いに行くこともできたし、庭を散歩することも許される。王宮の使用人が一緒について回ったがそれ以外は特筆することのないのんびりとした時間が過ぎていく、穏やかな生活。
そんな中、二つの話が進行する。
まずひとつ、地下の研究施設とそれに連なる組織について、情報の整理と捕らえた容疑者たちの処断。
長年王国でギフトを研究し、ノーマルにギフトを開花させようと実験を重ねてきた彼らの功罪は一言では表せないものだった。
彼らの研究成果は、ギフトホルダーがギフト発現因子を保有していること、それらを外部から強化したり弱化したりすることが可能であることなど、誰も知らないギフトの謎を一部分解き明かしている。双子の本来持っていたギフト【鑑定】を【看破】へ上位互換することができたのも、その知識によるものだった。
しかし、その知識が得られた過程が問題過ぎる。子供たちは全員、孤児院から騙しとった孤児か、子を捨てたい親から買い取った子であったし、実験は彼らの血と涙と命を搾り取るものであった。死んだ子供は10年で三桁近くいたし、身体を実験で傷つけられてなお生き延びた子供たちのダメージは計り知れず。比較的ダメージが少なかったアンネマリたちですら、瞳の色が変わってしまっている。何らかのサポートがなければ、この先を生きていけないくらいの影響があり、無辜の子供たちをそのようにしたことは大罪に等しい。
また、その知識を研究者たちから引きずり出して、どう活用していくかが問題だった。非人道的行いを制限する必要もあったし、ギフトホルダーとノーマルの溝埋め、彼らが平等に生きる社会を実現するための云々。
要するに王国政府の要職者が担当分野関係なく頭を抱える大事件が起きていたのは間違いないのである。王国はこの地下組織に先の国王夫妻を殺されているが、それが霞むレベルの事案であったし、これから国王はギフトとギフトホルダーを取り巻く問題に苦心することになるのだ。
変わって、もうひとつの話。それは地下の子供たちが送る、新しい生活についてだ。
「そろそろあなたたちの身元引受人を決めないといけない」
そう言ったのは王国貴族リシュテア・ブライト侯爵令嬢。彼女の経歴…紙にイメージを写す【念写】の能力持ちであり、大学相当の教育を19歳までで終え、実質三年の飛び級を果たした才女というのは有名な話だ。国王の依頼で身分を偽り、騙しきった結果として犯罪者を吊し上げたのも、その結果身分を騙る必要がなくなったというのも、国王の求婚を受けたのも、有名な話。
しかし、本当は未だに身分を騙っている。
有名でない話――――実は海向こうの中等部までを三年飛び級で卒業し、高等部からは王国へ留学してきた異国の人間――――それを知る人間はほぼいない。『月光』という名前を名乗っている時もあったが、その名前にピンと来るような人間はそもそもこの世界に存在しないことになっている。また、異国の人間としてはとうに死んでいるので、もう終わった話だ。
王国の嘘で固められ、国王の愛を受けるリシュテア・ブライト。彼女は、子供たちを自分に割り当てられた執務室へ呼び、質問内容が書かれた紙を差し出す。
「退院の目処がたった子と、あなたたちのひとりひとりに希望を聞こうと思うの。…可能な限り、相性はよい方がいいからね」
顔を見合わせた子供たちに、彼女は苦笑する。
生き残った地下の子供たちの年齢は最高がアンネマリ・アンリマユの14歳、最低はメルの6歳だ。自分で自分の進路を決め、社会へ放り出すには幼すぎるし教育も不足している。
まとめて孤児院に預けるには事情が重すぎるし、各人各様対応していく必要がある――――そう判断した国王の意向は立派だが、子供たちにはちょっと難しいかもしれない。そう思ったリシュテアだが、案外子供たちは自分の希望を書いていった。
そうして聞き取った希望にあわせて候補をしぼり込み、子供たちの協力も得ながら選定した結果を発表する日がやってくる。
地下の子供たちが解放されて二か月。
「お前たちの新生活の場所が決まった」
国王は応接室に子供四人を集めてそう言った。彼の隣には、老夫婦が一組。夫の方は、杖を持っている。
「この二人はクラヴィス夫妻。元は王室警護官をしていて、俺も世話になっていたが、旦那の方が足を悪くして退職したんだ。今は首都郊外の住宅街暮らしだ」
簡単に老夫婦の説明を済ませると、双子へ手招き。双子の希望は、『二人一緒がいい』。
「アンネマリとアンリマユ。君たちはクラヴィス家の双子となって暫く生活。健康を取り戻したら、通信制の学校に。オーダー制の学校だから、遅れている分の教育もきっちり教えてくれる。クラヴィスの家は代々ギフトホルダーが一人はいるのでギフトに慣れている。だから、徐々に人馴れしていこう」
ちょっぴり警戒しつつも、双子は老夫婦が差し出した手を握り、握手を果たす。
「あの、私たちのギフト…」
「【看破】だろう?聞いているよ。何なら、今ここで私と妻を見てくれても構わない」
ぽわ、と双子の瞳が光る。そうやって一通りステータスを確認した二人の反応は違っていて。
「………ほ、本物?」
「あら、それは何についてかしら」
おほほ、と笑った老婦人に、アンリマユがたじろぐ。アンネマリは目を輝かせ、「二人とも、すっごく強い…?」と期待をあらわにする。
「坊ちゃ――――国王陛下、聞いていたより猛者好きですな、この子達」
「そりゃあねえ」
この双子は、二人一緒に守ってもらいたいのだ。自分たちを傷つける悪意からも、自分たちを蹂躙する視線からも。そういう意味では、守ることにたけていて、かつ必要以上の詮索をしないよう鍛え上げられたこの老夫婦は適任なのだ、とかつて守られていた国王は一人微笑む。
わいわいきゃっきゃと会話を始めたクラヴィス家を放置する。この様子なら問題はないだろうと判断し、国王は視線をずらす。
「次、ベネディクト。首都の孤児院に住み、公立小学校に通う…これでいいのか?」
「ああ。普通の生活って、まさにそれだろ?」
長い前髪を横に流した琥珀色の瞳の少年ベネディクト――――フルネームをベネディクト・フラルヴィッツという最近8歳になった少年は、胸を張って自信満々に言い切った。
彼の希望は『普通の生活』。詳細を聴取すれば、「本来の孤児院暮らしをする」という内容。
しかし、国王は思った。せっかくの機会だ、自分を一番に守ってくれる大人を探してもいいのではないか、と。その思いは、質問となってベネディクトに告げられる。
「違いないな。だが、養子になるってのも手だ」
「俺は、死んだ父ちゃんと母ちゃんのことは大好きだし、賑やかな方が好きだからこれでいい!問題なし!」
「分かった。手続きを進めよう」
あまりにも潔い「問題なし!」に苦笑しながら、ベネディクトの隣に立つ少女を見た。
【心読み】のギフトホルダー、メル。横に流したぱっつんの前髪、彼女たっての希望で与えた三角形のヘアピンが左右のこめかみに留まっている。彼女は地下にいた頃から前髪は横に流したぱっつんで、片方のこめかみにクリップを付けていたが、思い入れのあるポイントらしい。後ろのうねった長い髪はメイドたちの遊びを一通り楽しんだ後にセミロングにカットしたが、くせ毛ゆえにもこもこなボブヘアになった。
「メルは、チェンバレン伯爵家に。あちらから強い希望があった」
彼女の希望は、『博士みたいな大人と一緒がいい』。真っ当な大人を誰より切望しているのは、親に捨てられた故か。
あまりに不安そうな顔をするので、安心しろと頭を撫でる。…この動作も、王宮に来てすぐは小さい身体が強張ったものだが、最近は慣れたようだった。自分が『そういう力を持っている』と知っている相手に触れられることが恐ろしいと思う気持ちは、分からなくもない。
「…まあ、顔を見てもらえばわかる。――――入ってこい」
予め指定して少し遅めに到着してもらった男は、やはり律儀に外で待っていた。要求を完璧に満たせるところは満たす、流石である。
「ご機嫌麗しゅう、国王陛下」
「久しぶりだな」
入ってきた男の顔を見て、メルは勿論、アンネマリやベネディクトも表情を煌めかせた。
「メイビス博士…!」
「すでに懐かしい偽名だ」
そう言った『メイビス博士』だった男は、子供たちの前に立って一礼。その隣に国王が立ち、彼を紹介する。
「クライス・チェンバレン伯爵。『メイビス博士』として潜入してもらっていた。」
アンリマユがアンネマリと顔を見合わせてから呟く。
「スパイ…?」
「やだなあ、本名だよ」
本気で困惑する伯爵に、メルが困ったような顔をして見上げる。
「博士、本物の嘘つき………?」
不安そうな言葉に、ベネディクトが爽やかに返す。
「そうかもな。でも、かっこいい嘘つきだ!」
(不名誉な肩書だ、ウケる)
吹き出しそうになる自分を必死に統制しながら、国王は伯爵を小突く。それを合図に、伯爵は、メルの前に片膝をついた。
「メル。良かったらうちに来ないか?…私一人しかいないが、だからこそ穏やかな環境を提供できると思う」
そう言った伯爵に対し、メルは両手で自分のシャツを握りしめる。
「…みんなと会えなくなる?」
「今までのように一緒ではなくなるが、ちゃんと会える。手紙を書くのも一つの手だ」
「手紙…」
「ちゃんとベネディクトともやりとりできるぞ?」
「ななな、なんで俺」
「だったら、行く」
固く握りしめた手が緩む。
「私、たくさん勉強する。もっと頭良くなって、皆も守れるくらい強くなって、博士のようにかっこいい嘘つきになる」
目を輝かせ、やる気に満ち溢れた声音で発せられた内容は何ともしまらない。しかしその言葉は本物だ。
「嘘つきにはならなくていいが、まあ、そうだな…君の希望は、できる限り叶えよう」
そして、苦笑と共にもたらされた返事も間違いなく本物。彼女に対して偽る必要のない、クライス・チェンバレン伯爵の本音。
彼が大きな手を差し出す。
「よろしく、メル」
「うん!」
彼女が小さな手で握り返す。
自分の仕事はひと段落ついた、と国王は一人静かに詰めた息を吐いた。
***
こうして、ひとまず地下の子供たちについては幕を閉じる。
しかし、この事件が浮き上がらせた問題は、まだまだ始まったばかり――――
まだ続きますが、ひとまずここで一区切りです。間を開けずに投稿しようと思いましたが難しかったですね…
次を投稿するまで結構時間がかかると思いますが、またお会いできると幸いです。
ここまでの閲覧、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。




