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八十五話:居巣へ

 私たちは合肥到着早々、門で足を止めることになった。

 それでも臧将軍の人となりが見えたのは良かったと思う。


 そして一日まずは休むべきとして、それぞれの宿泊場所へ。

 合肥では後方に待機する家族も居住するので、家一つを借り受けての滞在になる。

 私はまず、新たな家へと駕籠で運ばれた。


「また元仲は別かぁ。やっぱり早く名前が欲しいな」


 一緒に門を潜った阿栄が、一夜を過ごしてそんな愚痴を漏らす。


「そもそも私たちも一緒で本当にいいのか…………」

「みんなのほうが楽しいよ」


 礼儀的なところで悩む司馬の大哥に、上下関係などはまだ理解していない小小が心からの笑顔を向けた。


「客分扱いになるからには、同じ立場がいるとこちらとしては気が休まるな」


 荀家の奉小は大哥に同調するらしい。


 もちろん合肥での我が家に泊まった中には、夏侯の大兄と小妹もいる。

 そしてこの借りた家の家長は私の父で、現状不在。


「さ、皆。駕籠が揃いました。夏侯河南尹へご挨拶に参ります。失礼のないよう気を引き締めておいでなさい」


 働きに出ている父に代わって取り仕切る母が、わざわざ呼びに来た。

 途端に私と慣れてる大兄小妹以外が背筋を伸ばす。

 夏侯家よりも上の曹家の祖父の長子なので、臣下の家系からすれば父相手よりも緊張するようだ。


 私たちはこれから夏侯の祖父へ挨拶に向かい、そこで元仲とも落ち合う予定になっていた。


「なんだか、張り切っていらっしゃるのかしら?」

「怒っている、わけではないんだな、長姫?」


 小妹に続いて大兄も私に確認してくる。

 家に良く来る二人でも、今日の母には違和感があるらしい。


「家にいる時にもあれほどではなかったわ。道中父と何かあったのだとは思うのだけれど」


 旅の間私は使用人たちと画策したとおり、父と母をできる限り一緒にするため離れていた。

 子供だけでまとまってるのは、いい口実になったと思っていたのだけれど。


 合肥到着から一夜、上手くいったかどうかは使用人たちも憚って教えてくれない。

 仲良くしてました、くらいにぼかして教えてくれればいいのに。


「あぁ、うむ。良く来た…………」


 挨拶を受ける夏侯の祖父も、母の不機嫌に気づいて対応に困ってしまった。

 合肥の行政府の一番格式のある広間で、河南尹が息子嫁相手に言葉を選んでいる。


 上座で出迎えたはずの夏侯の祖父は、結局控えている者たちに母を特別に歓待するよう言いつけ、室外へ移動させると私を手招いた。


「どうした?」

「私も父と睦まじくいてくださるよう離れていたので詳しくは」

「…………子林が何かしたか?」


 さすがに曹家の祖父の愛娘相手に、夏侯の祖父も憚るところがある様子。

 言ってしまえばたぶん息子よりも嫁のほうを大事にするのでしょう。


 というか、夏侯の祖父の言葉で思い当たることができた。


「もしかしたら、何もしなかったのやも?」

「何も? …………何もか…………」


 さすがに夏侯の祖父も憚ってはっきりとは言わない。

 けれど夫婦の間で何もなかった可能性を考えて、いつも以上に顔が険しくなる。


 こそこそ話す私たちに、みんな無粋な口は挟まない。

 なので思い切って聞いてみる。


「おじいさまも今回のことはご報告がおありでしたか?」

「うむ、息子だからと呼び出さないようにとな」


 うちの使用人けっこういうのね。

 いえ、家内のことはずいぶん筒抜けなようだし、夏侯家同士連絡網でもあるのかしら。


 それだけ両親の関係性が族内での懸案事項にされていた可能性もあるけれど。


「これはいっそこちらから子林を叱るべきか…………」

「それは、悪手では? 父が焦ってから回りをするようなこともあるでしょう。それにそのような働きかけがあれば母が気づくやも知れません。今後のご予定をお伺いしても?」

「お前たちと居巣に向かうな。子林は代わりに置いていく」


 合肥を守る夏侯の祖父は戦が始まる前に居巣へと一度移動する。

 そして始まる頃には取って返して合肥に腰を据えるそうだ。

 その動きに私たちも同行させてもらう。


 そして夏侯の祖父不在の間は、次子として父が現場を担うという、けっこう大事な役どころ。

 それで言えば父は決して低く見られるような人ではない。

 ただ商売に手を出したり普段の言動が気弱だったりで、過小評価される部分もあるのでしょう。


「好意的に見れば、何があるかもしれない旅の途中です。お仕事に集中されていたと言うこともありえるかと」

「こっちでの仕事のほうが本業だろうに、移動だけでそれでは逆に能力を疑うぞ」

「その辺りは、まだ経験の浅い私ではなんとも…………」

「む、そうか。そうだったな」


 夏侯の祖父は突然黙って、あらぬ方向を見て考え込む。


「…………うむ。どう考えてもこんな話を長姫にしたと知られれば、各方面から小言を言われる。今のは聞かなかったことにしろ」

「あ、はい」


 小言筆頭は母かしら。

 曹家の祖父は気遣いの遅い夏侯の祖父に呆れそうだわ。


「お前たちもだ」


 夏侯の祖父に言われて、元仲たちが揃って応諾の礼を取る。

 私と夏侯の祖父以外喋っていないのだから、どんなに声を潜めても漏れ聞こえている距離。

 さすがに家庭事情を喋りすぎて、恥ずかしくなった。


 その後夏侯の祖父から出発までの時間と、居巣までの予定を聞いて、私たちは広間を出される。

 夏侯の祖父は前線への物資供給の確認でまだお仕事だ。

 そして私たちは母とは別の部屋に案内された。

 たぶん母の機嫌は治っておらず、夏侯家の誰かが話を聞いてるのかもしれない。

 つまり子供には聞かせられない話なんでしょう。


「…………子林さま、悪い方ではないと思うぞ」

「慰めはいらないわ、大兄」


 身内として言ってくれたのでしょうけど、前にも聞いたし、私もそう思っているもの。


「怒ってたのって子林さまのせいなのか?」

「たぶん、そうなのだと…………。長姫が頑張って仲を取り持つ以前の時のような?」


 純粋にわかってない阿栄に小妹も応じて、夏侯家は好き勝手に言い合う。

 しかも内情を知っているから、私からは否定もできないわ。


 代わりに居合わせた、曹家の元仲、司馬家の大哥、荀家の奉小は居心地が悪そう。

 小小はたぶんわかってない。


「その、なるべく飛び火しないようにするから」


 これから我が家に宿泊する大哥と奉小に、せめてそう声をかける。

 たぶん母も他家の子供の前では控えてくれるはずで、問題は父だ。


 父は母の不機嫌に気づきはしても理由はわからないだろう。

 だったら余計なことを言わないよう、こちらで目を配ろう。


「長姫も、大変なんだな」


 大哥が妙にしみじみと私を見る。

 その隣で元仲も頷いていた。


 その上でお互いに意見を交わし始める。


「気を回す者と、間を取り持つ者で分業するほうが少しは気楽にやれるのかもしれない」

「おっしゃるとおりですね。やれる者がやるよう誘導を担ってくれれば、確かに」


 元仲の意見を聞いて、大哥は小小を見る。

 そして元仲が考えているのは妹君かしら?


 そんなに私が両親を取り持つやり方は難しいかしら?

 …………難しいのかもしれないわね。

 私は甘えることもできるけれど、元仲と大哥が父であれ母であれ、素直に甘える姿というのは想像できない。


「思うに、長姫はさらに上の方を動かせるのも強みなんじゃないか?」


 奉小が何やら言い出した。


「どうしてみんな揃って頷くのかしら? 私だっておじいさま方を動かすなんてとても」


 疑わしそうに見ないで。

 おじいさま方は私の予想を簡単に飛び越えてしまうのだから。


 私なんてまだまだ、歴史に名を遺す方々に及ぶはずもないなんて良く知っていた。


週一更新

次回:冬の水辺

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― 新着の感想 ―
[一言]  ここら辺はねえ‥‥‥。  男女の事は理屈ではないですし、夏侯楙さんも慣れない軍事遠征で重圧を感じているとしたら‥‥‥。  繊細な男性だといわゆるそっち系のアクションはとれない事が多いのでは…
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