表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/137

六十五話:成さねばならぬ

「来たぞ、孟徳」

「よし、では長姫を渡すのだ。またぶつけられては困る」

「ぐぬぬ」


 私は夏侯の祖父から曹家の祖父に受け渡される。

 できればやめて欲しいのだけれど。

 いえ、その前のこの状態の説明を誰か、お願いします。


「あの、私は何故ここに?」

「なんだ、元譲言っておらぬのか? 草餅を食おうと誘ったのだ」

「言ってなかったか? 子林には伝えたぞ」


 それでなぜ私だけ?

 あと夏侯のおじいさま、それ、後で父上が母上に怒られるのでは?


 ここは曹家の祖父の屋敷。

 私は自宅から夏侯の祖父に抱えられ、行先も告げられず連れて来られた。

 そして来てみたら、なんだか知った顔がいるわ。


「お久しぶりでございます、仲達さま、それと賈文和さま」

「長姫、これは、いったい?」

「嫌な予感がしますさねぇ」


 仲達さまは警戒しているけれど、賈文和は諦めぎみ。


 そんな反応されても、私は余計にわからない。

 揃っているのは丞相とその謀臣二人。

 そして懐刀というべき夏侯の祖父。

 そこに何故ただの子供の私まで?

 これは絶対、草餅とか関係ないお話をしていたのではありませんか?


「長姫は白湯よりも葛湯が良いか?」

「はい…………いただきます…………」


 座る曹家の祖父は、そのまま私を膝に乗せる。

 そうすると、上座の曹家の祖父を見る謀臣二人と対面する形になった。


 私が目を向ければお二方は対照的な反応を示す。

 仲達さまは目を逸らして気まずそう。

 そして賈文和は何処か面白そうなお顔をしている。


「私は、お邪魔では?」


 一応連れてきた相手である夏侯の祖父に聞いてみた。

 すると何がと言わんばかりに眉を上げる。


「うん? 孟徳が連れて来いと言ったんだ。邪魔などではなかろうよ。それともこっちの膝に来るか?」

「いえ、座るだけなら私も自力でできます」


 と言っても曹家の祖父に、私を放す気配はない。


 そして、夏侯のおじいさまもあからさまに不満そうにしないでください。

 あと河南尹という要職の方が、突発的な使い走りをやすやすと引き受けないでください。


「おじいさま、この方々と草餅をお食べになるために集まられたのですか?」

「ぷ…………」


 私が口にしたのは、今聞いた呼び出された理由だ。

 なのに、賈文和が口を覆っても漏れた噴き出す音が後を追ってくる。

 上司の家で相当な肝なのか、曹家の祖父がそれくらい気にしないとわかってるからか。


 この方の過去の行いを考えると両方かしら。

 その上でこの顔ぶれなんて、絶対ただの歓談じゃないわ。

 夏侯の祖父に連れ出された時点で嫌な予感はしていたけれど。

 余計に帰りたい思いに襲われる。


「何、面白い話を聞いてな」


 曹家の祖父は葛湯と草餅が来てから、そう話し出した。

 ちゃんと人数分あるので、まずは出された物をいただく。


 けれどすごく気になるわ。

 その面白い話に、私は関係あるの?

 思い当たる節がなさすぎて困ってしまう。

 葛湯は甘いし、お餅もぬか臭さが草餅になったことで紛れて食べやすいけれど、それ以上にそわそわする。


「気に入ったならもっとあるぞ、長姫」

「嬉しいですけれど、帰って食事が入らないと困ります。母上に怒られてしまいますから」

「それはいかんな。うむ、それでな。面白い話というのが、元明から聞いたことよ」


 出処を聞いた途端に察した。

 そんな私に気づいた賈文和がまた笑いを堪えている。


 おじいさん、性格悪すぎない?

 ちょっと告げ口して困らせただけなのに。

 そして目を合わせない仲達さまもわかった。

 きっと大哥経由で聞いていて、それを曹家の祖父に聞かれて素直に話したのでしょう。


「元明さまとは先日、皆で集まって南の話をお聞きしました。合肥城を死守なさった張将軍の話が面白く、皆で夢中になってしまいました」

「うむ、あれは後世語り継がれるだろう武勇よな」

「仲達さまのご子息は、おじいさまこそまさにあの戦において最も優れたるお方だと申しております」

「そうかそうか」


 上機嫌に頷く曹家の祖父。

 これでうやむやにできないかしら?


「拙いな。わしとて己の才覚を知らずして、この座にはおらんよ」


 強気なお言葉が返されてしまった。


(あぁ、とても強気な過去の発言が出て来たわ。天下の人に背くとも、天下の人を背かせはしない…………?)


 東の海の向こうの知識にあるその言葉は、自分が裏切っても他人は裏切らせないという強気な祖父の語録。


 ただそうは言っても、裏切りの連続で生き残り、曹家の祖父は地位を得ている。

 強気に振る舞わなければいけなかった様子が窺えて、私は痛ましささえ覚えた。

 なんだか人間不信で言ってそうな台詞に思えてしまうわ。


「才覚を過信して何度か死にかけているがな」

「言うではないか」


 天然無礼な夏侯の祖父に、曹家の祖父も慣れた様子で返す。

 歳の功か、殺しそこなった側の賈文和は薄く笑ったような表情で動かない。

 代わりのように仲達さまが酷く居心地悪そうに固まっていらっしゃる。


「あの、おじいさま方。何をお聞きになりたいのでしょう?」


 居心地が悪くても嫌でも、もう直接聞くしかこの場から逃れるすべはなさそう。

 私は子供であることを前面に出して、知らないふりで曹家の祖父には上目を使ってみる。


「わしの孫可愛くて賢くて完璧じゃな」

「夏侯家の子だと何度言ったらわかるんだお前は」


 あの、本題に入ってくださらない?


 致し方なく元凶の一端だろう仲達さまを見るけれど目が合わない。

 代わりに笑いを堪える賈文和と目が合った。


「何、長姫が分散侵攻を提言したと聞いてね」

「そんなおおげさなことではありません。数が有利であるならば、相手を押さえるために数を割いてもいいのではないかと思ったまでで」


 実際は疫病対策しか考えていないので、分散侵攻なんておおげさなことではない。

 ただ話している内に、元明からいくらか情報を貰った。

 それによると孫呉の本拠地建業は要地、けれど他にも係争地である漢中や、よく反乱勢力が起こる江夏という土地も無視できないという。


「無視できない土地があるのでしたら、そちらに割けば疫病で動けもしない兵を抱えるよりも有効な手を打てるのではないかと思ったのです」

「うむうむ、問題は多いが面白いな」

「いや、問題しかないだろ。多方面は連携が取れない分難しい。子供の浅知恵だ」


 面白がる曹家の祖父に夏侯の祖父がばっさりと否定する。

 派兵してその場で対処なんて、兵を使う側からすれば勝算も立てられないから駄目なのでしょうね。

 けれど曹家の祖父が面白いという何か目を引く点があったのかしら?


 そう思うと知識で出てくるのは、この戦いにおいて曹家の祖父が孫呉の土地で反乱を起こさせる工作を行っていたという事実。

 曹家の祖父も敵の目を他所に向けることは考えていたし、確実な方法も検討していた。

 けれどこれは失敗する。

 鎮圧された上に降伏した者は兵となり、さらに呉の地での戦いということで、危機感と生活に困った者が募兵に応じて相手の兵数を補強するそうだ。


「…………おじいさまの才覚をもってしても無理なのでしたら、確かに私の浅知恵ですね」


 実行可能な範囲でやって無理なら。

 そう思って退いたのに、何故か夏侯の祖父が目を眇めるようにして笑っていた。


「なるほど、可愛くて賢くて完璧な煽り文句だ」

「え?」

「よぉし、であれば政治工作やめ! 西が大人しいなら西の守り動かしてもいいわい! これほど言われてはなさねばならぬ!」


 夏侯の祖父の思わぬ言葉に驚く間に、曹家の祖父が声を上げる。

 驚いたのは私だけでなく仲達さまも待ったをかけた。


「お、お待ちを! それは少々性急に過ぎます」

「そうですよ。政治工作はしておいて、その上で動かしたほうがより効果的でしょう」


 賈文和が遮るように言うと、曹家の祖父が即採用。

 なんだかわからない内に、ことは勝手に進み始めてしまっていた。


週一更新

次回:変わり始めた戦

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 〉成さねばならぬ …為さねば成らぬ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ