表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/137

六十話:心配と強がり

 模擬戦が終わり、辺りは賑わいに満ちている。


「宴の後にお呼びがあればすぐに出頭するように」

「そんな大層なことでもないんだがね」


 そんな中、許侯が厳しく言いつけている。

 賈文和が足掻いてみるけど効き目は薄そうだ。


 宴は模擬戦の勝者を称賛するために行われるという。

 もちろん負けた側にも振る舞いはあるって聞いた。

 そしてお酒が出るから子供の私たちは退散予定だ。


(これで賈文和がお話してくだされば、きっとおじいさまも納得して継嗣を選んでくださるはず)


 そうすれば無益な兄弟間での争いなくなるし、子建叔父さまも不遇をかこつこともないだろう。

 そして丁家兄弟が殺されることもないと思いたい。


「はぁ…………」


 思わずため息をもらすと、大兄が気遣ってくれる。


「疲れたか? 階段を降りる時に手を貸そう」

「長姫小さいし、俺が抱えてもいいぞ?」


 阿栄は気遣いなのかちょっと悩むわね。

 確かに親戚の集まりでは抱えられてるけど、だからって同年代からまではちょっと。


 そう思っていると私たちの上から影が落ちた。

 見ればそこには夏侯の祖父が私たちを独眼で見下ろしている。


「よし、ならば降ろしてやろう」


 私たちが何を言う前に、夏侯の祖父が手を伸ばした。

 その顔が嬉しそうで、私は咄嗟にお断りの言葉が出ない。

 普段あまり表情は動かない方で、その上で動く時はだいたい誰かを叱る時だ。

 なので私はもちろん、大兄も阿栄も驚いていた。


 そして…………階段口で頭をぶつけました。


「うぉ、あ、ぶつけたか? すまん」

「こら、元譲」


 音を聞いて曹家の祖父がやってくる。


「お主以前もそうしてぶつけて、わしの長姫に怒られたことを忘れたか」

「う…………」


 そう言って腕を差し出す曹家の祖父に、夏侯の祖父は不服げながらも私を渡す。


 正直痛いけど、これはしょうがないことだし、以前のことは私も覚えてない。


「おじいさま、夏侯のおじいさまをお叱りにならないでください。いつもご壮健でいらっしゃるので私が失念していました。視界が不自由でいらっしゃるのですから、私からお教えしなければいけないところです」


 夏侯の祖父は戦で片目を失っている。

 その傷が元で表情が動かしづらく、普段不愛想だと聞いたことがある。


 海の向こうの知識にも、平衡感覚や空間把握能力という言葉が浮かんだ。

 それは両目揃って機能する人の力だとか。

 思えば夏侯の祖父は片目であるにも拘らず、堂々とした動きをしている。

 不自由で当たり前なのに、不自由を感じさせない努力を当たり前だと思っていたなんて。


「…………わしの孫、いい子すぎないか?」

「あの姉上が育てたとは思えませんね」

「子林の気弱さが良い塩梅で影響したんでしょう」


 そして曹家の祖父に、子桓叔父さまと子建叔父さまも寄って来てそんなことを言う。


 夏侯の祖父はさっきからひたすら打った私の頭を無言で撫でている。

 不服顔だったのが何かを噛み締めるような表情なので、たぶん機嫌は治った?


「大変な目に遭ったわ」


 櫓を降りてそのまま宴に連れて行かれそうになった私のぼやきに、一度は離れてしまった大兄と阿栄が苦笑いを浮かべる。


 さすがに体力もたないと訴えて、なんとか降ろしてもらったのだけれど。

 どうして成人済みのはずの元仲までいるのかしら?


「宴はいいの? 子桓叔父さまは会場へ行かれたはずでしょう?」

「いや…………君たちを送る人間が必要だろう」

「そういう言い訳で逃げて来たんだ。席、子桓さまの近くにされるから」


 阿栄が暴露し、慌てる元仲。

 未だに父親と距離があるのは、やっぱり自分の出生を疑っているからかしら?

 妹君のことで子桓叔父さまが歩み寄っている今、好機だと思うのに。


「何ごとも数をこなして慣れよ。他の方もいる集まりなのだから行かないと、ね?」


 というか、歴史ではほぼ公式出てこないために、子桓叔父さまと近しかった司馬仲達さまのような一部しか人となりを知らなかったという知識が浮かんで来る。

 生母である甄氏への寵が薄れたこと、その後に毒を賜って死んだことも大きく影響した結果だろう。

 ただ現状でもこの面倒を避けようとする行動から認知度が低い可能性もある。


 知識を探れば元仲が皇帝となってからの政策は、血縁者に強い兵権を持たせる方向になる。

 それによって王朝の守りと団結を強めようとした。

 けれど結果として、下の世代ではその兵権が強すぎたために増長する者が出る。

 行きつく先は司馬仲達さまによる政権の強奪だ。

 そして仲達さまの孫の代になると王朝転覆に繋がっていく。


「長姫を送ることは慣れてます。元仲さまはどうぞお戻りを」


 私の意見を推す大兄にも言われて、元仲も年少者相手に我儘をいう気恥ずかしさから足を止める。


「あ、どうせなら兵法学び始めたばかりの阿栄も連れて行ってはいかがかしら。模擬戦の後ですからそうした戦術の話をなさるでしょう」


 一応成人間近だし、私を曹家の祖父が連れて行こうとしたならそこまで格式ばった宴でもないはず。

 気詰まりになったら話を逸らす要員として、元仲の逃げ道に。

 そしてできれば、阿栄が討ち死にしないように知恵をつける場になってほしい。

 そんな一挙両得を狙って、私は阿栄と共に元仲を宴に引き返させた。。


 元仲には今から曹家の祖父の臣下と関わりを持ってもらうのもいいわよね。

 それによって血縁者以外にも頼ることをしてもらわないと。


「本当によくやる。小妹にいつも気を配っていたのが、少し歩き回れるくらい元気になったら会う者誰にでも気を配り始めるんだから」


 あら、大兄にそんな風に思われてたなんて。


「あまり無理をし過ぎて倒れないように、まずいと思ったらまず俺にも言え。嘆くご両親は見たくないだろ」

「えぇ、そうね。忠告ありがとう。そのついでに、今日頭を打ったことは秘密にして」

「…………俺はいいけど、その内ご本人が何処かで漏らすと思うぞ」


 うーん、否定できない。

 けれど遅らせたほうがなんともないと言えるし、ここは黙秘で。


 そんな話をしつつ帰るために籠を手配しようと、砦の門へ向かう。

 するとそこに見慣れてはいるけれど、場違いな小さな人影があった。


「大哥、それに小小も」

「長姫、良かった。まだ帰っていなかったんだね」


 嬉しげに笑う大哥は発言から私に用事かしら?

 小小も会えたことが嬉しいようで駆け寄って来た。


「もう日も沈むから、長姫を送るために来たんだよ。あ、大兄もこんにちは。模擬戦どんなだった?」


 先日我が家に来て面識があるため、小小は無邪気に聞く。


「都に戻るまでの牛車を用意したから、できれば僕も聞きたい」


 大哥も興味あるらしい。


 そして都の中では乗り物には制限がかかる。

 けれどそこまでは揺れも少ない牛車を用意してくれたようだ。


「長姫が疲れているなら、まず休むことも考えるけど」

「いえ、大丈夫よ。お言葉に甘えさせてもらうわ」


 身内感覚の大兄にも心配されたけど、大哥の様子はまた違ってちょっと新鮮だわ。


 そう思っていると、小小ははしゃいで牛車のほうに走り出し、それを大哥が慌てて止めている。

 いきなり年上の余裕がなくなった大哥を微笑ましく見ていると、大兄が囁いた。


「奉小が対抗意識燃やす理由わかるな。その上で向こうも遅れまいと行動して来てるし。長姫、下手に争ってもなんだし、元仲さまで手打ったほうがいい気がする」

「え、ちょっと、何を言い出すの?」


 睨むように見ると案外本気っぽい大兄がさらに続ける。


「丁家の誰かみたいにこじらせる男出すなよ」

「そ…………れは…………し、しないわ」


 母の娘として、ちょっと否定しにくい懸念だ。

 けれどそんなことにはならないようにしたいとは、思う。

 言い切って強がってみせたけれど、私の語尾はふらふらと揺れていた。


週一更新

次回:戦の予習

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 夏侯惇おじいちゃん、孫を可愛がりたいのにところどころでうっかり発動してるなぁ。お母様は怒鳴らないだろうけど、やんわりと釘を刺すのが目に浮かびます。 曹操さんはこうなるのわかっていて、抱っこ…
[良い点] 主人公ちゃんかわいい! あと、おじいちゃんたちもかわいい! [一言] 武人らしい体格と怖い顔に怯えず、気遣ってくる頭のいい孫(かわいい)とかめちゃくちゃかわいいだろうなと思いました あと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ