表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/137

五十一話:虎賁見学

 お見合い相手と目した元明対策に、仲良しお泊り会を決行した私は、追撃を食らうことになった。

 子桓叔父さまの差し金で司馬家の大哥と小弟がやって来て、終わりに荀家の奉小からは手紙が届いた。


 書かれていたのは、自分だけ招かれなかったという不平。


(大哥も招いてはいないのだけれど、こんなことをわざわざ送ってくるくらいには婚約話そんな乗り気なのね)


 しかも紹介者が子桓叔父さまだけど、保護者の現荀家当主はあまり仲良くないという面倒さが奉小にもあるはず。

 司馬家とは動きの差が如実で、荀家として近いのは子建叔父さまでもある。

 だというのに、子桓叔父さまに紹介された私との結婚にまだ乗り気らしい。


 夏侯家としても曹家の祖父の功臣である荀家を無下にはできない。

 そのため私は今日、奉小の誘いでお出かけをすることになった。


(東の海の向こうの知識だとデートと言うのだったかしら?)


 なんだか違う気がするわ。

 だって場所は朝廷で、もはや街ほどの規模とは言え遊びに来るような場所じゃない。

 そして門が多く幾つも区切られていて門番も必ずいるからいっそ物々しい。


 私たちがいるのはある程度出入りできる端のほう。

 そこで虎賁という皇帝直属の衛士の訓練風景を見学することになった。


「あんなに長い槍を振って、すごいです」

「あれは槍じゃなくて矛だぞ、小妹」


 物珍しさに目を輝かせる小妹に、大兄が訂正を入れる。

 はい、また盾役に連れてきました、身内。


 場所の選択は奉小で、珍しいことと皇帝直属という格式高いことが理由。

 あとは奉小の兄が虎賁に所属してるからというのも入るかもしれない。


「槍のほうが長いんだ。あそこの柱からこちらの柱まで長さがある。宮中での取り回しはできないよ」


 奉小が示すのは、東の海の向こうの知識的に二メートル以上ある柱の間。

 小妹は素直に関心して、大兄が皮肉げに続けた。


「無用の長物の実物があった訳か」


 八歳で何言ってるの?

 私は大兄の下だから気にならないけれど、歳が上の阿栄からするともしかしたらこういうところが可愛げがないのかもしれない。


「宮中には多いさ。儒家とかね」


 奉小も八歳なのにいきなり批判?


 しかも何やらお互いに顔見合わせている。

 そして頷き合った。


(もしかして今のませた発言で何か通じるものがあったのかしら)


「荀家と言えば儒家なのに、そんなことを言っていいのか?」

「だからこそ、見えることもあるんだよ。そっちも思うところがあるんじゃないのか」

「過去ばかり見ていて、実際に使うとなるとか?」

「そう、過去の栄光はいいと思うけどそれで現在を縛るのは違う」


 何やら語り合い始めたわ。

 小妹が困って私のほうに寄ってくる。


「大兄、小狡いところあるけれど、まさか儒教が嫌いなの?」

「こうするべしって上から言われるのが嫌と言ってました」

「その割りに行儀のいいふりはできるのよね。阿栄より」

「えっと、実を取るとか言ってました」


 素直な小妹相手に何を言っているのかしら。

 うん、誰も虎賁の人たちが訓練するのを見てないわね。


 申し訳なさからちらっと見ると、綺麗に足並み揃えて歩く練習をしている。

 どうやら宮中での動きも大事な職業らしい。

 それでも兵士の一種だから武器も持ってるし扱いも練習する


「長姫、大兄は何が嫌なのでしょう? 礼儀作法は必要だと思います」

「それが日常で使えるならね。けど、儒者は一から十まで古の賢王の真似をしろ、古の偉人がしなかったことをするなと言うのよ」


 夏侯家は基本武門であまりこだわらない。

 けれど私たちは夏侯家の中でも身分のある曹氏の血縁。

 立ち振る舞いは厳しく言われる立場だ。

 そこで出されるのも儒教が推す古代の習わし、その流れを汲む礼法なので、小妹からすれば教えられたことを否定されてるように感じるのかもしれない。


「私は寝てる間に母上から教わることのほうが多いけど、大兄と小妹は?」

「はい、儒者が来て教えてくださいます」


 知識層としては基本知識だから儒教について習うのは当たり前だ。


「それで嫌いになるって、もしかして、口うるさい人?」

「私、大兄たちとは別に習ってますから。でも、阿栄は嫌がって逃げます」


 どうやら阿栄が勉強嫌いになった端緒のようだ。

 そして大兄が小狡く逃げるようになったのもそこが理由じゃない?


「儒教は重んじるほうが品格ありという声望は得られるけれど、実践して褒められる方って少ないかもしれないわね」


 知識でも、今の時代で著名な実践の儒者は奉小の亡き父荀令君などがいる。

 戦争が続く世の中、夏侯家のように気にかけてられない者も多い。


「逆に、礼節がないがしろにされるような世の中だから、うるさく言ってでも立ち振る舞いに気を付けてもらおうとしてるのかも」

「それはどうなんだ? 徳は強制するものじゃないはずだろう」

「元より内容が間違っていることの証左かな」


 小妹と話してたら大兄が入って来て、続いて奉小も不遜なことを言う。


 私としては儒家の説く孝徳は嫌いじゃない。

 けれど曹家の皇后のように、その考えを捻って自分に都合よく使おうとするから、こういう逆張りみたいな考えも出て来るんだと思う。


「理想を語るだけ語って実践できないんじゃな。それよりも無理なく現実的に実践できる教えのほうが有用だ」

「そうだな。礼儀を守って縛られるよりも、自らの義を考え実行するほうがずっといい。もっと本質的に、単純でいいんだ」


 なんだか意気投合してるわ。

 大人に言ったらたぶん怒られる考え方だけれど、子供同士だからこそ言い合えるのかもしれない。


(あら、知識にはこの二人、大人になっても仲良くなるってあるわ。奉小は長じて老荘思想の大家に?)


 格式ばった儒教とは対極の自然主義的老荘思想。

 権威主義の儒教よりも、自然のままあるように生きることを徳とする。


(これは、生真面目な元仲と大兄が合わないわけね)


 元仲はどちらかと言えば儒教的で、正しいか間違いかで考える。

 阿栄は口うるさいのが嫌いなだけで、自分で考えて自由にするより、儒教的に白黒はっきりするほうが好きそうだ。


 不仲になるのは困るけれど、考えの好みはどうしようもない。


「ねぇ、お二人。男子として生まれたからには武功を立てるとは言わないの? そちらのほうが実のあることでしょう?」


 いっそ政治的なところから離れないかと思って聞いてみたら。


「阿栄じゃないんだ。武功を立てるよりも国のことを考えているさ」

「必要なら献策して率いることもあるだろうけど、重きは置かないかな」


 どちらも興味なしと。


「不思議ね。私たちの祖父は戦いで名を上げた方よ。そして荀令君も自ら戦地に赴かれている。祖父の代から続く戦いを治める以上に、思想が大事なの?」

「父上は確かに戦時にあっても徳を実践されたと聞いてる。けれど献策でより良く導くようにというのが本質だ。思想は大事だよ、行く道の導として」


 奉小は自分なりに考えて、亡き父とは違う方向を見ているらしい。


「戦地に立つことも必要なのはわかってる。だけど、ただ使われるか、自ら率いるかは違うはずだろう、長姫」


 大兄もなかなか考えているようだ。

 その上で反発ならそれも一つ道なのかもしれない。


(正直、自分の結婚から遠ざかろうと親戚を挟んでいる私が言うことじゃないわね)


 心の中で反省し、現状を思い返してみる。

 元仲と大哥からは両親について相談されてるけれど、大兄と奉小からはそんなことない。

 何を悩むかも、それぞれ考えがあってこそ、何を大事にするかがあってこそなんでしょう


 二人には余計なことを言ってしまった。

 そう思って視線を辺りに振ると、書類を一人で抱えた不健康そうな人がいる。


(なんだか、知識で社畜って言葉が浮かんで来るわね?)


 向こうも足を止めて、子供ばかりの私たちを見ているようだ。


「…………もしや、噂の長姫かな?」


 突然の呼びかけに、私は心の中で叫ぶ。


(本当何処まで広がってるの!? 知らない人まで私を知っていてほしくないわ!)


 この時代にプライバシーという考えがないことが悔やまれた。

週一更新

次回:鶏肋の心

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ