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五十話:血筋の重さ

 曹家の祖父からのお見合い相手として秦元明が送り込まれた。

 さらには対抗した子桓叔父さまから、司馬家の大哥と小小が送り込まれるし。

 まぁ、私が呼んで盾にした夏侯家の大兄と小妹、阿栄、曹家の元仲が元からいたけど。

 ともかく理由はあれだけれど、揃ったのは次代を担う若人ばかり。


 そこに呉子という兵法書を著した方の話題を私は放り投げた。

 すると面白いほど男の子たちは熱中して議論を進めてくれたのだ。


(まぁ、私が奇襲への対処は? なんて議題を折々に放り込んだせいもあるけど)


 理由はもちろん、阿栄の父である妙才さまの死因を考えてのことだ。

 蜀の国の黄忠という老将に奇襲をかけられ亡くなるので、それを阿栄が防いでくれればこの上ない結果だろう。


 やる気が勉学の進捗に直結していた阿栄は、友の元仲が支え、年齢が一歳違いの大哥と大兄が競うように話していたことで触発されたらしい。

 お蔭で元明は四人の議論の調整役に回って、私の相手をするどころではなくなった。


(私は邪魔にならない所で、小妹と小小と一緒に遊んでいれば良かったし)


 翌日も司馬家の兄弟はやって来た。

 他家の才子の登場に、元仲も大兄も我が家の書を読んで予習しつつ阿栄に教えるため、あぶれた小小の相手もまた元明がしてくれたのだ。


(明日には帰るのだけれど、なんだかお客さまに子守を押しつけただけのような…………)


 夕餉も終わり寝る準備の頃、居間のある正房から出て私は自室へ向かいながら考える。

 ふと内庭へ目を移すと、客間のほうに向かう元明の姿を見つけ得た。

 しかももう日は暮れているのに灯りを持っていない。


「元明さま、お待ちください。私の明かりをどうぞ」

「これは、長姫。お気遣いなど不要ですよ。どうぞあなたがお怪我をしてはご両親はもちろん、曹丞相も悲しまれる」

「私は慣れていますし、元明さまのほうが階段などありますから」


 ここと客間とは構造物が違って、門があり短いものの階段もある。

 私は侍女に持たせていた灯りを元明に渡し、侍女自体は私の先を歩いて安全確認をすることを請け負う。


 そんな私の心配に元明は笑う。


「長姫は本当に素晴らしい女性だ」

「私などまだまだです」

「曹丞相が簪を挿す前から、その婚姻に関わろうとなさるはずだ」

「それは…………」


 今まで触れて来なかった話題に私が驚くと、元明は一つ頷いて見せる。


「私は、長姫であるなら曹丞相のお話を受ける心づもりはあるけれど、君はどうだろう?」

「ごめんなさい。元明さまほどの大人ならまだしも、私にはまだ早いと思うのです」


 私のお断りにも、元明は笑って頷く。

 どうやら触れて来なかったのは私の気持ちを察してのことだったようだ。


 そして今言ったのは、最後だから。

 知らないふりもできたのに、けれどこうして後に引かないようお気遣いくださった。


「それに、足りないのは私のほうだ。長姫の周囲にはすでに、将来有望な若者たちが集っていた」

「いえ、半分は身内ですし」

「おや、荀家からもお誘いがあると、先ほどお父上から聞いたよ」


 確かに荀家の奉小から手紙が来ている。

 あちらは子桓叔父さまとは少々距離があり、仲がいいのは子建叔父さまで、情報が遅くなったようで今日になってから集まりを知って我が家への来訪を願う内容だった。


 今日が最後だったので、奉小には悪いけれどお断りの返事を出した後だ。


「きっと彼らは長じて後私よりも高位に上るだろう」


 てらいもなく言う様子に、私は不思議に思っていたことを問いかける。


「何故、元明さまは他人の陰に控えることを望まれるのでしょう?」


 私たち子供の相手の時、議論でも年齢的に最も指導的立場に立てるはずが、仲介役に収まり決して前には出なかった。


 今も自分よりと、自らを卑下するような言い方。

 控えめというには、少々後ろ向きな発言に聞こえる。


「…………やはり長姫も素晴らしい才能を持っているね。それを皆の和のためにと使う様子は心根の誠実さが良くわかった」

「それほどのことではありません。けれど、仲良くできるならばしたいです」

「では一つ話をしようか。何平叔を知っているかな?」


 何平叔は曹家の祖父の養子の一人。

 その血筋は三国志と呼ばれる時代の始まり、黄巾の乱に名を上げた人物の直系。

 その時に大将軍を務め、妹が皇后にまで昇った何進という方。

 平叔はその孫にあたる。


 さらに言えば今の皇帝、献帝と呼ばれる方の義母は何皇后であり、何平叔の大叔母だ。

 実父の死に困窮して、母が曹家の祖父の元で妾となって養子になっている。


「元明さまとあまり変わらない経緯で養子となった方かと」

「そう言ってもらえると私は嬉しいけれど、あちらは嫌がるだろうね。皇太后のお血筋だ」

「いえ、それは…………」


 私はつい言おうとして口を噤む。

 だって、以前知識で、献帝は生母を毒殺されたことを知ってしまった。

 これを行ったのが、実は今は亡き何皇太后なのだ。

 しかも献帝が帝位についた後に毒殺されている方という。


 私が言わずとも、何氏にまつわる悪い側面を言いかけたとわかったようで、元明は困ったように笑った。


「まぁ、ほら、時代が時代ならということもあったのだし、ね? そのためか、平叔どのは華美を好んだ、そして愛を望んだ」


 昇りつめて落ちぶれた家名。

 最高権力者に庇護されながらも、権威者に睨まれる血筋。

 そうした外圧故か、平叔はあえて嫡子である子桓叔父さまと同じ扱いを望んだという。


(知識に、養子の試し行為というのが出て来るけれど、そう言うものかしら?)


 どれだけ許すか、それによってどれだけ愛してくれるかを計ることらしい。

 養子も可愛がる曹家の祖父は許した。

 けれど子桓叔父さまは不快に感じて平叔を遠ざけたという。


 比して、控えめな元明は愛顧されたと知識にある。

 それは未来の元仲と同じで、やはり妙なところが似ている親子だ。


「私はね、嫌われるのが怖いだけの凡人だ」


 そう、諦めたように元明は語る。


「曹丞相の大きな翼の下で庇護されていなければ恐ろしい。だから無理に前へは出たくない。ただ誰も不快にはさせたくないだけなんだよ」


 だから将来元仲が皇帝になっても諌めない。

 望まれてもいない誰かをお金で紹介することもない。

 決して良くはないし、やり方は臆病だ。

 それでも仕える相手に二心はない方。


「君はきっと、私などよりももっと曹家のためになる方の元へ行くべきだ」

「元明さまもそれだけのお志があるならば…………」


 元明は考えて、首を横に振った。


「君は曹家と夏侯家の間に生まれた象徴的な存在。その姫君を得ることは、きっと君が思うよりもずっと大きな意味を持つ」


 言われて思い浮かぶのは小妹の将来である夏侯徽。

 私と似たような血筋で、曹丕、曹叡と仕えた司馬懿の長子に嫁ぐ。


 最後は曹家に歯向かう形を取る際に切られた妻。

 抱えていることがそれ程の重しになると思われるほどの血筋。


「あぁ、そんな深刻な顔をさせてしまうなんて。申し訳ない。やはり私は非才だ。上手い言い回し一つ出てこないな」

「いいえ、わかりやすいご忠告、いたみいります」

「そう言える君は、やはり私よりも上手く人々を繋げるよ」

「私はただ、仲良くしてほしいだけです」

「そうだね、私もそう思うよ」


 穏やかで押しつけない元明と話しているのは、存外落ち着く。

 柔らかな声、穏やかな表情、いつでも気遣ってくれる眼差し。

 これは一種、この方の才能と言えると思うけれど、それをご本人は使う気はないようだ。


 だからこそ、曹家の皇帝はこの方を側に置いたのだろう。

 変に頑固なところがあるのも、あの親子は似ているようだから。


「元明さま…………また迷うことがあればお話をしていただけませんか?」

「もちろん、聞くことは上手いと言われるんだ。君の憂いが晴れるのならば、いつでも声をかけてほしい」


 そうは言っても、この方の一番はきっと曹家の祖父で、こうして私と話したことも請われれば話してしまうのは想像に難くない。


「ふふ、地方のお話もとてもお上手で楽しませていただきました。楽しみにしています」

「それは私に話して聞かせた方の真似なんだけれどね。話す内容をまた聞き集めておこう」


 野心があれば、私と距離を詰めようとするところを、この方はやはり退く。

 私が一歩引くのに合わせて応じる言葉は、大人の余裕なのかしら?


 これでこの方は軍事もそつなくこなすという知識も出て来る。

 勿体ないとは思うけれど、それでこそ曹家の皇帝に愛顧されるのだろうとも思えた。


週一更新

次回:虎賁見学

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 時代を担う人材たちがこうして交流を重ねてるのが、後々どう響いてくるのか・・・楽しみです。 [一言] 長姫ちゃん、両親も祖父も言わないだけで血が恐ろしく重みがありますね。それに気づかされ…
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