四十九話:女子会
夜、自室で私は質問攻めにされていた。
「そんなに秦元明さまがお嫌ですか? とてもお優しそうな方でしたのに」
「丞相のご子息方とも関係が良好だそうですから、将来取り立てられる方でしょうし」
控えていた侍女と家妓を呼び寄せたのは私だけど、そんな売り文句を聞きたかったわけじゃないのよ。
何かしら、この状況?
東の海の向こうの知識では…………女子会?
「やっぱりお年が離れすぎているのが気にかかると思うのです」
一緒になって熱心に話すのは小妹だ。
私は硬い木の枕を抱え込んで悩むだけで答えないのに、話は進んでいく。
「もうお一方曹丞相のご養子、何氏は少々風聞のある方ですから。奢侈を好まれるならば合うでしょうが、長姫は違いますでしょう?」
「そちらも曹丞相には愛顧されているそうですが、やはり長姫とは年齢が二十も離れるとなるとですね。どれほど才ありと言われる方でも年齢はいかんともしがたく」
さすがにこの時代でもそれだけ離れていれば、結婚話があっても後妻案件だ。
私は終わらない女子会に、ここであの言い訳を使うことにした。
「私は、その、夏侯の家に入って下さる方が…………」
「まぁ、そうですね。長姫は婿取りがよろしいのですね」
小妹でも納得するくらい、何故かこの言い訳は説得力があるようだ。
そして侍女と家妓も頷き合う。
「ご内室はもちろん、旦那さまもそのほうがお喜びでしょう。そうなると、秦家としての縁はほぼ切れていますし、いっそあちらが曹家と縁深い夏侯家への婿入りを望むことも?」
「ありえますね。同母弟は曹氏であり、自らの秦家もさして守るべき家門もなし。どころか敵に回った父の名となれば、捨てることにも躊躇はないかもしれません」
結局話が終わらない上に、小妹のほうが興味を引かれたようだ。
「そうなのですか? ですが、敵から降られたという方は珍しくもないような?」
確かに敵から降って、今では曹家の名臣名将となってる方はいる。
何せ曹家の祖父には敵が多い。
全てを攻撃して排除していてはやっていけないのが実情だ。
そのため勝利後には、敵対した者の仕官を許したり、妻子を世話したり。
元明の父は呂布という、東の海の向こうでも有名な猛将に仕えていた。
呂布が倒れた時には離れた場所で援軍を求めに行っていて、曹家の祖父とは直接争っていない。
そのため生き延びたものの、呂布の支配下に置いて来た妻が曹家の祖父の家に迎えられていたのだ。
「…………寝取られ?」
思わず浮かんだ言葉を口にすると、侍女と家妓が笑顔で私に迫る。
「いったいどなたが長姫にそのような言葉を教えたのでしょうか?」
「どなたか大人の話をお聞きになったとしても不用意に口にしてはいけませんよ」
「は、はい」
笑顔で隠しきれない圧を受け、私は素直に頷いた。
「まぁ、長姫が怒られるところなんて、初めてです」
「そんなことで喜ばないで。あと、小妹も今の言葉は忘れてちょうだい」
悪い言葉であることはわかったみたいで、根っから素直な小妹は迷わず頷く。
「えぇと、いっそ元明さまが曹家のおじいさまを怨むようなことはないの?」
「言ってはなんですが、実父にあたる方は、あまり誠実な行いをなさっていなかったので」
「曹丞相でなければ、あの方とご生母はもろともに殺されても文句は言えない身の上で」
二人は濁すけど、それだけ言われれば知識に該当の事象が浮かんだ。
どうやら元明の父親は、呂布が攻められているさなか、重婚していたそうだ。
(妾を持てるのは富裕層。側室を持てるのは王侯だけ。一武将ならば持てる妻は一人だけなのに、権力者に迫られてなんて…………)
しかも妻とは離縁しないままという、道義的に許されない状況。
そしてその後、一度は許されて曹家の祖父に降ったというのに、劉備勢力の誘いに乗って裏切り敵対。
さらにまた後悔して曹家の祖父の勢力に戻りたいと言ったため、劉備勢力から処分されたという最期を迎える。
情けない父と権勢を握る養父。
確かに自らの名を捨て婿入りする理由にもなるかもしれない。
「って待って。私にその気はないのよ?」
「お優しそうで話も面白いですよ」
何故小妹が乗り気なの?
いえ、そう言えば私の結婚いかんで相手が決まると言っていたわね。
え? ここで妥協すべき?
けど十も上はやっぱり困るわ。
それに今、司馬師となる大哥は私の結婚候補に入っている。
だったら将来小妹が結婚して不幸になることも止められるのではない?
(けど次は私が司馬師と結婚する可能性を潰さないと同じ末路にしかならないわけで!)
あぁ、悩ましい。
「…………その気はないけれど、相手を結婚相手の一人に数えたまま置いておく方法はないかしら?」
「…………あまり気に病まれると明日に響きそうですね」
「えぇ、何やら混乱なされているご様子。ここはお眠りいただきましょう」
私の言葉を聞かないふりで、侍女と家妓が寝支度を始める。
私は恨めしく大人たちに目を向けつつ、言い訳を口にした。
「まだ早いと思うし、悩む時間を稼ぐことも必要でしょう。それに両親がまだ候補を出していないのに、こちらでどうこう言うのも、ね?」
「あ、その点は旦那さまですから。曹家のお方に逆らうようなことは難しく」
「あとはご内室ですが、弟君よりもお父君のご意見ならばと受け入れるでしょう」
え、乗り気になりかけてるの!?
「ちょっと両親に話しをしてくるわ」
「長姫、それは明日になさいまし」
「わたくしどもがお耳に入れておきますので」
寝台を降りようとしたらやんわり止められた。
素早いのに全くそうと悟らせないたおやかな動きって、いったいどうやってるの?
「長姫、私の母上は結婚の可能性を考えるのに遅いことはあっても早いことはないと仰っていました」
小妹が応援するように小さな手を握って拳を作る。
あなたのお母さまは、何を教えていらっしゃるの?
いえ、郷主という公主に次ぐ尊貴な女性だものね。
政略の絡む結婚を見据えての教育かも知れないわ。
けれど私はその辺り受け入れられないのよ。
「うーん…………」
「さ、考えすぎもお体に毒です。お眠りなさいませ」
「寝付けないようでしたら、歌を唄いましょうか」
まだ悩む私に、侍女と家妓が笑みだけは優しく、けれど有無を言わせぬ様子で就寝を勧める。
そんな言葉で、小妹は素直に頭を枕に預けた。
というか一番幼いため、そろそろ眠気が堪えられなくなっているようだ。
気づいた家妓に寝かしつけられ、いつの間にか小妹は夢の中。
そう気づいたあと、私も気づけば寝入っていた。
翌日。
「ほ、宝児、早くにすまないけれど、いいかい?」
「父上?」
基本的に朝日と共に行動を始めるのが一般的であり、今はまだ空が白み始める前。
白み始めたらもう始業時間だ。
つまり父は仕事に出かける直前に、私の室に来るという珍しいことをした。
私もお見送りのために身支度はしてあるのですぐ応じる。
「お勤め前に失礼します」
父に連れられて行った客間には、司馬家の大哥と小小がいた。
そして客間には今泊まってる男子陣がいるため、そちらも揃っている。
小小は見知らぬ人が多くきょろきょろと首を動かした。
大哥は礼儀を忘れず現れた父にまず挨拶をする。
「どうしたの、大哥? 小小まで。何かあった?」
「宝児、子桓さまが送り込んで来たんだ。宝児と同じことを思ったらしくてね」
父に耳うちされ、呆れるしかない。
子桓叔父さまは変におじいさまと競わないでほしい。
そして仲達さまも我が家との縁は悪い話ではないからと言って、乗らないでほしい。
侍女や家妓は悩んでも体に毒というし…………ここはもういっそ、開き直ろうかしら?
「ちょうど昨日は孫子の話をしていたのです。今日は呉子でもいかが? 大哥はご存じ?」
孫子に並ぶ兵法の大家を私はあげる。
将来はこの場の誰もが戦場に出て、そして生き残る。
だったらここで阿栄に教える人が増えたと前向きに考えよう。
それでこの場は元明のことはうやむやにする。
そう決めて、私はできるだけ無害そうに、昨夜の侍女と家妓を思い出しつつ微笑んで見せた。
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