四十三話:十月十日
子桓叔父さまと甄氏の息子、元仲は、私の従兄で阿栄の幼馴染み。
その元仲が、何故か父親に似ているという一言にひどく狼狽えてしまった。
「ちょっと阿栄、どういうこと?」
「いや、俺も知らないって。仲良くないなぁ、なんでかなぁっていつも思ってたくらいだし」
駄目だ、この父親大好き少年。
そんなだから妙才さまが戦死した途端、無謀に後追いするのよ。
なんとかしてこっちも止めよう、うん。
けれど今は目の前の元仲が先ね。
「そんなに似ていることが嫌なのですか? けれど血の繋がりがあるのですから、どうしても似てしまうことも」
「ありえない。だって、僕は違う」
阿栄はわからない顔だけれど、私には一つ閃く知識がある。
東の海の向こう、ずっと遠い先の未来まで残った、とある説だ。
(元仲は、自分が袁煕の息子だと思ってる?)
私は慌てて知識を紐解いた。
すると出てきたのはそもそも三国志という歴史書に書かれた年数の問題。
元仲は二百三十九年に死んでいる。
これは皇帝となった後なので明確に記録されていたのだけれど、そこに三十六歳で亡くなったと続いていた。
(逆算すると元仲の生年は二百四年。その年は甄氏が子桓叔父さまの妻となった年でもある。つまり、妻になった時点でお腹にいたことになるわ)
だからまことしやかに後世まで、袁煕の子であると伝わっているのだ。
けれどこの三国志という歴史書、書いたのはまだ生まれていない陳寿という人物。
しかも劉蜀に仕え、さらに書いた時期は今から五十年以上も後だ。
西の端に生まれた者が、どうやって東北の端の実情を知ることができるだろう。
(それに手書きしかないから、読み間違いとか書き間違いもあるのよね)
そのため後世では、明らかに整合性が伴わない箇所は注釈書で別人によって訂正されている。
どうやら元仲の生年は明言されておらず、三十六歳が書き間違いではないかと言われるそうだ。
残っている古い文献でも、今から千年後に作られた物になるので間違う可能性はある。
「うーん」
「おい、今度は長姫が妙なことになったぞ?」
「いや、それは…………すまない」
考え込んでしまい、阿栄が声をあげると、勘付いたことを察知された。
悩みの元として元仲が謝るけれど、これは解決方法が一つしかない。
「もう聞くしかないと思うのです」
「は…………? む、無理だ!」
今日一番の元仲の大声が返って来た。
「なんなんだよ? 俺わからないってのに」
阿栄はついて行けないからって、すね始めないで。
「元仲は疑問があるけれど、ご両親に聞けないことがあるのよ」
「聞けばいいだろ? 怒られることか?」
阿栄も気軽に私と同じことを提案する。
対して元仲は項垂れてしまった。
「無理だ。どちらに聞いても不孝にしかならない。まして答えるわけがない」
「そうかしら? 子にあらぬ疑いをかけられているかもしれないほうが不孝ではない?」
「いや、あっていたとしたら、したら…………いったい、どうすれば…………」
「礼を尽して仕えればいいじゃない」
「え?」
私の答えに元仲が驚く。
そんな時、阿栄が私をつついた。
「言葉、俺らに言うみたいになってるぞ」
「あ…………失礼いたしました」
「いや、いい。それで、長姫の考えを聞かせてくれ」
なんだか気恥ずかしいけれど、ともかくさっきまでと違って聞く姿勢を取ってくれたので良しとしよう。
ただわかってない阿栄にわかるように言ってもまずい気がする。
他所の家庭のことだし、不義の子というわけではないけれどちょっと揉める要素だし。
(後宮で言われた子桓叔父さまが例に出した大樹の芽、あのあたりを改変して)
私は考えを纏めて、元仲に向き直った。
「子桓叔父さまが得た果樹がすでに実を結んでいたとして、実が育ち熟れるまで世話をして水を与えているわ。すでに廃れた園の名ではなく、曹家のものとして。そこに報恩すべき徳はない?」
果樹が甄氏、実が元仲、そして園は袁家だ。
現状私は元仲が養子であるとは聞いていないし、実子として育てられている。
本当に袁家の血筋であると子桓叔父さまが思っているなら、実子扱いすることがおかしいことだった。
「それは、実が別の種だと知らないから」
なるほどそういう解釈で聞けないのね。
だからもしあっていたら、気づいていない子桓叔父さまに気づかせることになると。
「だったら何故、似ていることを喜ばないの? 他から見て、繋がりを感じるというのに」
聞いたら元仲は渋い顔になり、さらに目が泳ぐ。
「もしかして、その辺りの事情とは関係なく、ただただ不本意だとか?」
下を見つめ始めた元仲は、とても浅いけれど一つ頷いた。
ただただ子桓叔父さまが好きではないからなんて、身もふたもないわね。
将来皇帝になる可能性がある人物だけれど、今は父親に反発する子供でしかないらしい。
これでは袁煕の息子であっても、実子として育ててもらった恩なんて説いたところで受け入れないだろう。
「もう、自分の年齢を周囲に聞いて回ってみたらいいんじゃない?」
十二だと疑念が残るけど、十一以下ならちょっと怪しい程度だ。
だって十月十日で生まれるし、一年違えば確実に父親は…………あら?
(知識のこれ、袁煕についてね。北辺の任地に単身赴任? これは、余計に子供である可能性は低いんじゃない?)
しかも任地に向かった後で、曹家の祖父と袁家は戦争に発展している。
さらにその後は、悪いことに袁紹が亡くなって兄と弟が継嗣争いをするのだ。
曹家の祖父に負けた弟を匿って北の地から動いていない袁煕は、これが二年ほどの間に起こっている。
「帰る暇、ないのではない?」
「ん? 今度はどうした?」
暇な阿栄がすぐに聞き返してきた。
「元仲さま、袁家との戦いの大まかな年代わかります? その期間での戦況と、その後の勝敗、敗走に関しても」
「今度は戦の話か。聞いたことあるぞ、袁本初だろ」
妙才さまももちろん参戦なさっていたので、阿栄も知っており、ようやく話に入れると勇んで声を上げる。
袁本初の息子三人についても、身の振り方を知っていたため、元仲も私と同じことに気づいたようだ。
「確かに、本拠に戻ったとしても、戦中。しかも服喪期間で、敵が迫る中…………」
十月十日を逆算しても、子桓叔父さまと甄氏が出会っただろう秋ごろは、見るからにお腹が膨らんでいるはずだ。
それで実子とするのは難しい。
「ほ、本当にそう思うだろうか、長姫?」
「信じられないのなら、他所の家庭の私ではなく、ご自分で可能性を潰していくしかないわ」
聞き返すほど受け入れることを拒否する諦めの悪い表情は、むっとした子桓叔父さまに似ている。
私は思いついて、同じ質問をしてみることにした。
「ねぇ、元仲さま。子桓叔父さまのいいところを十、挙げられる?」
「十もか? 多いな。一つでも考えないと出てこない」
「ふふ」
まさか同じ答えが帰るとは思わなかった。
これはもう無闇に悩む必要はない気がする。
「俺なら出て来るぜ!」
「はいはい。もちろん、私もよ」
「「え?」」
元気に主張する阿栄に答えたら、元仲まで揃って驚く。
私は思わずそんな二人をじっと見据えた。
「私の父上に、文句でも?」
ちょっと情けないところはあっても、優しく情の深い父上ですけれど?
そんな私の圧をものともせず、何か言おうとした阿栄の口を、元仲が塞いでくれたのだった。
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