四十話:丞相を従える
「そうだわ、子桓。今度、あなたの屋敷に宝児を連れて行こうと思うの。甄氏にも会わせたいのよ」
私を抱きしめていた母が思い出したように子桓叔父さまへ訪問の打診をする。
「何故今さら?」
「あなた、お正月に連れてこなかったでしょう」
母が睨むので、私も思い出した。
確かに曹家の祖父の所で会った時、子桓叔父さまは一人で妻子は連れていなかったのだ。
そしてその後、私は張り切りすぎて寝込んでる。
なので子桓叔父さま一家は曹家の祖父に年始の挨拶はしただろうけれど、私は甄氏には会ってない。
「それなら私の家にも長姫を寄越していただけないかな、姉上。あ、それとも兄上の屋敷に向かう際には共に…………」
「話に横入りするのではありません、はしたない」
調子のいい子建叔父さまは、怒られると何故か本当に残念そうな顔をした。
こういう兄弟関係なのはいい加減理解するしかない。
そして今回知ったあの気の強い皇后とは、どうやっても母は対立しそうだと思えてしまう。
叔父たちは怒られても自分を曲げる気がない様子なのも、もう疑いようはないだろう。
「宝児にどうかと聞くならまず、元仲に直接会わせてみてもいいでしょう? ちなみに甄氏とはもう約束を取り付けてあります」
「やれやれ、このところ仲が良いようだと聞いたのは本当だったか」
母はどうやら、目の前にいるから形式的に許可を求めるようなことを言っただけらしい。
「好きにするといい、私は…………うん? 騒がしいな」
やはり興味なさげに請け負った子桓叔父さまだったけれど、室外の気配に表情を引き締めた。
さわさわと声を大にしないけど、困惑の気配が私にもわかる。
子建叔父さまも気づいて廊下のほうを見た。
「さて、この後宮で足音を気にせず、金具の音をさせている。そんな無礼が罷り通る者はそういない。ましてや、こちらの置いた見張りが止められもしないとなれば…………」
入口に歩み寄った子建叔父さまは、耳を澄ませて期を計る。
そして足音が近づいたのを見計らって自ら戸を開いた。
「曹丞相のお出ましだ」
突然のことに曹家の祖父は軽く目を瞠る。
けれど子建叔父さまの姿に破顔した。
「なんだ、お前に先を越されていたか」
「父上、もう一人おりましてよ」
母が子桓叔父さまを横目に告げる。
遅れて気づいた曹家の祖父は部屋を見回し、揃った子女に聞いた。
「なんだ、なんぞ企みか?」
「おや、姪を心配してやって来たのに、二心を疑われるとは。そのような考えに至るは、父にこそそうした思惑があるためでは?」
「言いおる。それで、倒れたという長姫は?」
子桓叔父さまの暴言を無視するように、曹家の祖父は私を捜した。
「倒れてはおりません。すこし疲れただけなのです」
「おぉ、そこか。小さくて清河公主の細身でさえ隠せてしまうとはな」
曹家の祖父はすぐさまやって来て座る私の前に膝を突く。
「うむ、あまり顔色は良くないな。すぐに駕籠を用意しよう。家でゆっくり休むといい」
「あ、あの、でも私、行きたいところが」
帰る足を用意するという気遣いはありがたい、けれど私はまだやるべきことがあった。
そう言おうとしたのだけれど、母に止められる。
「宝児、良い心がけだけれど、今日はやめたほうがいいわ」
「ですが、時間が経ってしまっていて、これ以上は申し訳なく…………」
私と母の会話に、曹家の祖父は息子たちを見た。
けれど子桓叔父さまも子建叔父さまも知らないと首を横に振るだけ。
「どうした? 何処へ行きたい?」
私は困って、制止する母を見る。
すると母は諦めたように、皇后とのやりとりを手短に伝えた。
「まだ言ってなかったんですか、姉上?」
「それなりの規模で埋葬したが、長姫は知らなかったのか」
驚く子建叔父さまに続いて、子桓叔父さまは意外そう言う。
「そうか、あの子を悼んでくれるのか…………」
曹家の祖父は呟くように言って、じっと黙った。
かと思うと室内に入れていた側近らしき人を目だけで側に呼ぶ。
人を使い慣れてる感じがすごい。
「これよりわしも娘を参る。予定を空けよ」
「え?」
それってつまり、おじいさまもお墓参りに行くのかしら?
曹家の祖父は私の頭を撫でた。
そして思い出したように子桓叔父さまと子建叔父さまを見る。
「お前たちも暇なようだから、供をせよ」
思わぬ飛び火に叔父さまたちは顔を見合わせた。
「こちらにも予定があるのですが、…………曹丞相のご命令とあらば」
「車出しますか? 全員駕籠にしますか?」
いやいや請け負う子桓叔父さまとは対照的に、移動手段の段取りを請け負う腰の軽い子建叔父さま。
なるほど、これは親としては子建叔父さまのほうが可愛いのかもしれない。
「宝児のためにも揺らさない人足を選んで駕籠にしてちょうだい。車はどうしても揺れるでしょう」
母は気にせず注文を付ける。
そうして何故だか、曹家の祖父を筆頭に、叔父さまたちも一緒に墓参りをすることになったのだった。
(お墓、舐めてたわ)
まず距離を考えていなかった。
思えば火葬がない時代、お墓というか、葬り方は棺に入れての土葬。
つまり街の中にあるわけがないのだ。
半日をかけての往復の末、私はその日疲れ切って帰宅することになった。
そんなことがあった後日。
先ぶれはあったけれど突然、夏侯の大兄と小妹が訪ねて来た。
「曹家のおじいさまを引き連れて出かけたって本当か?」
「長姫のためだけに特別に駕籠を用意されたと聞きました」
「え!?」
大兄と小妹曰く、そんな噂が回っているという。
そして曹家のほうでは誰も否定せず、どころか私が言い出したことだと肯定してしまったらしい。
間違ってはいないけれど、そのせいで、私が曹家の祖父である丞相を引き連れたと噂がさらに大きくなっているという。
「な、なんでそんなことに?」
「違うのですか?」
小妹は悪意などない様子で、どころかちょっと羨望の色があるのは何故かしら?
「ち、違わない、けど…………。そんな大げさなことじゃないのよ? 体調を崩した私につき合ってくださっただけなの」
「すごいな。本当におじいさまを自分の都合につき合わせたのか。丞相を従える娘なんて、長姫くらいだろうな」
大兄の解釈に、私は否定したい思いをぐっとこらえる。
だって、否定する要素がないんだもの。
「…………でも、違うのよぉ」
「何が違うんだ? あ、そう言えば天子にも直答を許されたって話も聞いた」
「まぁ、それは私知りません。長姫はそんな特別なお許しを貰ったのですか?」
大兄が余計なことを言うせいで、小妹は純粋に好奇心と羨望が混じった目を向けて来る。
(本当にそんな嬉しそうに聞かれるようなことじゃないのにぃ)
将来政治家になる大兄に言うのは気がひけるし、純粋な小妹に大人の意地悪を聞かせるのも悪いことに思える。
「そういうことはあったけど、違うの、そんないいことじゃなかったのぉ」
答えられないけれど否定する私に、大兄と小妹はよく似た仕草で顔を見合わせると同時に首を傾げる。
兄弟らしくていいなと思う反面、母の異母弟妹を思って、私は先日の疲れを思い出してしまったのだった。
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