三十九話:良いところ
今日わかったこと。
曹家から出た皇后と母の不仲でしょ。
献帝は曹家の祖父はもちろんその血筋の者に鬱屈があるでしょ。
子桓叔父さまと子建叔父さま、あと母も漢王朝が長くないことを察していることでしょ。
そして子建叔父さまは、曹家の祖父からの継承を半ば諦めていること。
(継嗣として名乗りを上げた今、南征を願っている。確かに継承争いからの脱落と同じよ、でも、継承自体を諦めてはいない)
田斉の例。
つまり曹家の祖父からの継承は、子桓叔父さまが恙なく行う。
けれど頼りない子よりも、弟である自分に継承したほうがいいとうそぶいたのだ。
南征同行はきっとそのための実績作り。
曹家の祖父が亡くなっても、三国乱世は続く。
呉の国は広いから今回一戦勝ってもまだ戦い続くことくらい、子桓叔父さまもわかってる。
さらに劉蜀も残っていて、妙才さまが一勝しているとは言え、あちらも天険の地に本拠を置いている。
本腰を入れて攻めに行けば、時間がかかるのは劉蜀も同じ。
だったら戦い続けられる後継がいるべきだという主張は、魅力として映るかもしれない。
「今回は姉上のほうが考えるべきだったな」
「なんですか、子桓?」
笑う子桓叔父さまは私を指す。
さっきからグルグル考え込んでいて、体調が悪い上に精神的疲労まで重なっている。
さらに先を思っての苦悩が加わり、私はちょっと情けない顔をしている自覚があった。
「ほ、宝児? そんなに体調が思わしくないのですか?」
母が弱った私を見て慌てる。
すると原因の一端である子建叔父さまが手を打った。
「あぁ、私たちの会話で色々察しすぎてしまった。なのに母である姉上も否定せず次の天下を語るせいで不安がっているのだろう」
正解ですけれど、次の天下とか言わないでほしい。
ここは後宮ですって。
母も漢王朝の終わりと、曹家が天下を宰領する未来は確定として話してた。
正直子供に聞かせる話じゃないと思う。
「長姫は賢いから、察してしまったんだろうねぇ」
「何を他人ごとに。子建、あなたが余計なことを言い出すから。あぁ、宝児。不安にさせてごめんなさい。大丈夫、子林には危ういことに近づかないようきつく言い含めておきますから」
「くっくっく、逆に子林は察しが悪いせいで、はっきり言わないと通じないのではないか、姉上」
子桓叔父さままで面白がってる。
そんな笑える話題じゃないと思うの。
「あの、せめて、ここ以外の場所でそうしたお話はなさるべきでは?」
「まぁ、宝児は慎み深い。そう言うところは子林に似て良かったわ」
母がかいぐりかいぐり私を可愛がる。
顔を見合わせる子桓叔父さまと子建叔父さまは、呟いた。
「自覚はあったらしい」
「丸くなったものです」
そんな腹違いの弟たちを母は睨んだ。
「私の宝児は可愛い。あなたたちの子たちよりもずっと」
何故そこで張り合うのですか、母上?
すると子桓叔父さまが一考する様子を見せた。
「子か…………。長姫、元仲はどうだ?」
「私に聞くのですか?」
「うん? 文通をしているだろう?」
「いえ、ですがお父上である子桓叔父さまのほうがお詳しいのでは?」
「さてな。あれは大人しいのだ」
あら、これは?
「元仲さまは弓が好きだと阿栄が言っておりました」
「阿栄? あぁ、妙才おじのところの。そう言えば向こうも仲が良かったか」
すごい他人ごとで言うのはもしかして?
(もしかして、息子に興味がない?)
東の海の向こうの知識では、子桓叔父さまと元仲は不仲であったようだという。
けれどそれは生母である甄氏が死を賜ったから、そこから仲がおかしくなったのだと思っていた。
両親の不仲を相談されるのも、子桓叔父さまに別のお気に入りが現われたからで、まだ息子であり長子である元仲と不仲だとは思っていなかったのだ。
けれど考えてみれば、今もなお十歳を過ぎた元仲を継嗣にはしてない。
その後成人しても後継者には指名しないのは知っている。
つまり元から、今の内からすでに子桓叔父さまが距離を置いていたとしたら?
(これは、継嗣云々じゃないわね)
普通に親子として元仲が憐れだ。
本人は父母の仲を思っているのに。
しかも私はその懸念が的中してしまうことを知っている。
天下なんて知らないけれど、従兄が寂しく親と離別では悲しい。
相談されてしまったからには慰める以外に手を考えてみよう。
「子桓叔父さま、元仲さまの良いところを十挙げられますか?」
「十? それは多いな。一つでも考えなければならない」
私は母に向き直る。
「私の良いところを十挙げられますか?」
「当たり前です。十以上でも足りないくらいよ」
対照的な答えに子建叔父さまが笑った。
「きみと元仲は、文通でいったい何を話しているんだい?」
「身の回りの些細なことです。日常的な話題ばかりですが、私はよく父上の話も母上の話も書き送ります」
相談内容が両親の関係だからということもあるけど今は置いておく。
「けれど元仲さまの文にはあまり子桓叔父さまのことが書かれてありません。何故かと思っていたのですが、今わかりました」
「ほう、何がだ?」
当の子桓叔父さまに、現状のまずさの自覚はないらしい。
私の両親が子煩悩なのはあるけど、それにしてもあまりに情がないように思えた。
「元仲さまも、子桓叔父さまがどのような方であるか知らないのでしょう。父が子について余人に聞くくらいには」
子桓叔父さまも後に皇帝になる方で、子は多い。
ただそのほとんどが長子である元仲より先に亡くなる。
さらに皇帝となった元仲は如実に父である子桓叔父さまに反発をして、政策においても逆張りをしていた。
まるで、行動によって父の轍は踏まないと誇示するように。
それで政敵に処刑者を出さなかったことは美点だと思う。
自分の周りだけを固めることに腐心して、最終的に司馬氏によるクーデターに至る道を作ったのは汚点だけれど。
(それに晩年には戦うことをやめて、三国のまま世の平定に興味を失くす。自分の権威を高めることを始めてしまった。元仲は、魏という王朝を継ぐ気はあっても、子桓叔父さまの遺志を継ぐ気などなかった)
その発端はここではないかしら?
憂いながら報われなかった息子。
妻への寵愛と一緒に息子への興味も失せた父親。
憎んではいない、嫌ってはいない。
けれど、確実に愛もない関係。
元仲が両親の仲を気にするのは、子桓叔父さまではなく母である甄氏のためだろう。
「我が家では私の何が良いか、何が素晴らしいかを言葉で表してくれます。それによって私も己の行いを顧みて考えるのです。故にどうかと他人に聞くよりも、子桓叔父さまが元仲さまにどうなってほしいかを伝えることが大事ではないでしょうか」
「褒めて讃えて、水をやりすぎれば大樹の芽も腐るぞ」
子桓叔父さまのひねくれた返答に、私は言葉を続けた。
「もちろん私の父母は、私が間違ったこと、考えの至らないことは指摘してくださいますよ。それとも、子桓叔父さまの目からは、私は愛に溺れて腐る芽に見えますか?」
子桓叔父さまと一緒に、子建叔父さまも何やら考え込んだ。
言葉が途切れたところで母が私を優しく抱きしめる。
「ふふ、どうやら私は子桓や子建よりもずっと子を育てる才があったようね」
「それは子林という正反対がいてこそ、危うい均衡ですよ」
「姉上だけではきっと溺愛一辺倒でそれこそ腐らせていましたよ」
弟たちに揃って反論されても、母は上機嫌で私を抱きしめていた。
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