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三十三話:母への呼び出し

 どうやら私は予想以上に目立っているようだ。

 親戚の大兄と小妹と話し、侍女にも聞いた。

 あと最近仲良くなって子桓叔父さま避けになってもらう予定の家妓にも。


「清河公主のご息女、何より曹丞相の愛顧を思えば注目は致し方ないかと」


 上品に微笑みながらも、言うことは言う家妓が、私の血筋のせいだと婉曲に教えてくれる。

 そこに夏侯家の名がないのはいいのかしら?

 ここ、夏侯家よ?


 まぁ、知名度と重要度で言えば曹家が大きいのは否定できない。

 それに夏侯家の地位は曹家あってこそ。

 その曹家も、夏侯家の縁類から出た曹家の祖父の祖父に当たる方が、当時の皇帝に愛顧されて起こした家と言える。

 それで言えば正礼どのたちの丁家のほうが由緒があったりするのだし。

 世間的な知名度は母もそこまでじゃないし、曹家の祖父ありきだ。

 なんだか、我が家の長のはずなのに重要視されない夏候惇の次子、夏侯楙である父が憐れに思える。


「あとは有望なおうちの方々に求婚されていることは、同じ年頃のお子さまを持つお家の方々ならば耳をそばだてる内容でもあります」


 家妓は筒状の長い袖で笑う口元を隠して、私が求婚されていることはすでに広まっている話であることを教えてくれた。

 家妓の袖は上げてないと引き摺るほどで、これは舞うための衣装でもある。


「そう言えばその服を着ているのは、今から誰か来る予定なの?」

「いえ、練習終わりでしたから、着替えもせず申し訳ございません」


 偉いなぁ。

 すでにお金を取れる芸の達人なのに、継続して技術を磨き続けている。


 そして家の中歩き回っても息切れする私は、舞なんて覚えられもしない。

 元気な七歳なら、こんなわけないと思いはする。

 もっと走ったり騒いだりしているはずだと。

 けれど事実、私は歩くだけで疲れる。


「私ももっと体力をつけないと」

「無理はなさらず、長姫。誰しも苦手なことはあります」


 家妓は私の手足を見て慰めてくれる。

 うん、あなたほど長くないよ。

 身長も小さいよ。

 舞ってもきっと見栄えしないけどね、そこは日常生活的に鍛えたいってだけだから。


 あえて言わない気づかいに気づいてしまって、なんだか私がばつの悪い思いをする。


「あ、長姫。あちらにご内室がおられますよ」


 私たちの会話を見かねて、侍女がそう声をかけて来た。

 見れば廊下に出てきた母が確かにいる。


 けれど私が声をかける前に別の侍女が寄って行った。


「文が届いたようね…………え?」


 声は聞こえない。

 けれどきっと誰からの文かを聞いたんだと思う。

 途端に母の顔が険しくなった。


 今までにない反応は、いったい誰からの文なのかしら?


「母上、どうなさいましたか?」


 心配で、私は声をかけた。

 母はその場で無遠慮に文を開いており、顔は険しくなる一方だったのだ。

 そして私を見ると、母は覚悟を決めたような顔をする。


「宝児! 後日出かけますよ! あなたたち、一番宝児を美しく見せる衣を用意なさい!」

「は、はい」

「かしこまり、ました」


 母の気迫に、一緒にいた侍女と家妓が揃って首を竦める。

 私も驚くばかりで全く状況が飲み込めない。


 そして後日。

 やってきました宮城。


「…………何故?」


 あれよあれよと奥へと案内され、今も歩き続けている。

 宮城の状の手前は朝廷で、政治の場なので私も母も用はない。

 だからと言って奥は後宮で、生活の場だ。


 誰の?

 もちろん皇帝です。


「宝児、堂々となさい」


 母は家を出る時から臨戦態勢を保っている。

 普段とは違う気合の入った服に、髪型も凝っていて簪も直し込んでいた高級なものを使っていた。

 私も今までにない豪華な衣装で裾を引きずりながら歩いている。


 鮮やかな色の布をふんだんに使った衣には、これまた鮮やかな色の糸で刺繍が施されている。

 そこにさらに飾りとなる帯や領巾を纏い、頭にも刺せるだけ飾りを刺した状態。


(つまり、重いです!)


 堂々となんて無理。

 広い後宮を歩かされるだけで私は体力が限界に迫る。

 今はまだいい。

 頭を下げて滑るように歩くのが礼儀だもの。

 だから重みに負けて屈むように歩くのも、不格好だと怒られることがない。


 ただこれ、顔上げるのが辛いわ!


(待って、これは、別のこと考えないと意識飛ぶかも…………)


 私は今回のことになった理由を思い返して意識を保つことにした。

 それは曹節という方からの文が原因だ。


 内容は教えてくれなかったけれど、父に耳うちされてわかったのは、どうも母は曹節という異母妹と仲が悪いらしい。

 そして曹節は皇帝の正妻、皇后だという。


(いつのまに立后? それにどうしてあの叔母上が?)


 知らない情報が多い。

 曹節という叔母については知っている。

 何せ同母姉妹と揃って後宮入りした際にお祭り騒ぎをして送り出しているから。

 その頃も寝込んでいたので、話を聞くだけで羨ましかった覚えがある。


 ただその頃には別に皇后がいたはずなのよね。

 今叔母が皇后であるなら、前皇后は亡くなった?

 そして、曹節は後宮入りした三人姉妹の中では次女に当たる方で、それでは長女はいったい?


「御入来でございます」


 かさつく高い声で宦官が告げた。

 私はなんとか歩きついて、後宮にある謁見の間へと通されている。

 そこに叔母である皇后が後からやって来た。


「まぁ、わざわざ呼び出してしまったようでごめんなさいね? ちょっとした興味だったの、清河公主の娘がずいぶんと元気らしいと聞いて」


 上から物を言うし、しかも挨拶もなしと来た。

 あと色々含みが多くて嫌でも心にもないことがわかる声だ。


(これを東の海の向こうではマウントという…………。仲が悪いって、そんなに?)


 横目で窺うと、母は笑顔で顔を上げていた。

 こういう場合は顔を上げること自体が不敬なはず。

 しかも皇后からも許されてないけど、指摘するべき宦官は何も言わない。

 何故なら最も権威ある曹丞相の長姫、清河公主だからだ。


「わたくしも、立后の折に言い損ねたことをお伝えしたいと思っておりまして。折がよかっただけですのよ」


 あ、これ絶対嫌みを返すわ。

 声が作った柔らかさと高さで余所行きだもの。

 それで言うと父には飾らず物を言っているのよね。


 なんて現実逃避をする間に、母が暴言を笑顔で吐いた。


「高祖の呂后、桓帝の梁后。驕慢な振る舞いを改めるための前例はございますので、よくよく学ばれませ?」


 挙げられたのは漢王朝の中で、傲慢で奢侈に溺れ、憎まれた皇后の名前だった。

 それを現皇后である異母妹に言う母の気の強さに、私も妙な汗が浮かぶのを感じる。


 室内は一気に緊張し、宦官もギョロギョロ目を動かして慌てていた。

 立場としては皇后を庇うべきだけれど、権威者である曹家の祖父に近いのは母だ。

 どちらに味方するか、あるいはこのまま置物のように受け流すか。


「あの、ご挨拶が遅れて申し訳ございません、姉上」


 突然の声は皇后の隣から発された。

 曹華といい、貴人という身分のもう一人の叔母だ。


 気の強い母と皇后に比べて、性格の温和さが表れた声をしている。

 そして場を取り持とうという必死が窺えた。


(ご苦労さまです。でも私、もうおうちに帰りたい)


 なんでこんなことになったのかしら?

 そう思って大人たちを窺っていたら、なんと皇后の目が私を捉え、意地の悪い笑みを浮かべるのを見てしまったのだった。


週一更新

次回:忠孝の優劣

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに長姫にも後宮の魔の手が・・・・ 流石に皇后ともなると名前が残ってるんですね、この作品で初めて知りました。この時代で名前まで残ってる女性はほんと少ないですよね。清河公主も残ってないですし…
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