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三十一話:体が資本

 暦の上では春だけど、まだ小春日和な今日この頃。

 温かい日差しを部屋から見つめて、私は乱入者のいない今日を喜ぶ。


 えぇ、それはもう、お正月は大変だった。

 死にかけから記憶が戻ったこともそうだけれど。


 お正月期間が終わって一息、そう思っていたらまさかの婚約話だ。


(父上を鼓舞してなんとか断っていただいたけど)


 名乗り出たのは司馬懿の長男、後に司馬師となる、大哥。

 そしてもう一人、荀彧の末の息子、後に荀粲となる、奉小。


 あの日は退いたけれど春近い今、文通をすることになっている。

 大哥は以前からだけれど、それを知って奉小も文を送ってくるようになったのだ。


(うーん、父親である荀彧亡き今、奉小の保護者である長男の方が乗り気だったのが誤算だわ)


 その人はどうも子桓叔父さまと不仲な方らしいのだけれど、縁談に関しては乗り気だという。

 なんだか政治的な思惑があるような気がするわ。


 それだけでも頭を悩ますのに、私は今、寝込んでいる。


「うぅ…………体作りしないと…………」


 病弱な夏侯子林の長姫の噂はだてじゃない。

 ちょっとの寒暖差で体調を崩すのが私だ。

 そして熱が出る。


「宝児、うめき声がしたわ。大丈夫?」


 母が私の声を聞いて部屋にやって来た。

 小春日和を楽しみたくて窓を開けてもらっていたからだろう。


「母上、お帰りなさいませ」

「無理に起きなくていいのですよ」


 寝てるだけもだるいけど、出かけていた母を迎えるくらいはできる。


 どうやら外出着から着替える前に私の様子を見に来てくれたようだ。


「正礼どの、どうでした?」


 実は丁家に行っていた。

 それというのも私が関係ある。


「断っているというのに、弟と揃ってはしたない。今日なんて息子たちを並べて待っていたわ」


 母は憤然と様子を話してくれた。


 実は子桓叔父さまが大哥と奉小を抱えてきた後、母は子建叔父さまを仲介に丁正礼から私の嫁入り打診を受けていたことを暴露した。

 知らされてなかった父は狼狽し、私も初耳で茫然とするしかない。


「断っていただけましたか?」

「…………それどころではないとは、言っておいたわ。あなたは今熱があるし」


 お断りとしては弱いかな。

 それに目を逸らしてるから、あまり反応もはかばかしくなかったのでしょう。


「何がありました? 私のことでもあるのですから、教えてくださいませんか?」


 母は諦めた様子で話してくれた。


「あなたが、司馬家と荀家とは文通していることを何処かから聞いたようなのよ」

「あ、つまり対応が違うと?」

「そう。無礼な子桓のやり方で押し通せるなら、自分も抱えて行こうかと子建が言い出して」

「やめてください。可哀想です」


 なんでそんなところだけ真似しようとなさるの?

 争う相手ですよね?

 大人しくなったんじゃなかったんですか?


 あ、なってない。

 私にとんでもない歌を詠みかけて笑ってたわ、あの子建叔父さま。


「可哀想ではないというか、変に火がついてて面倒なのよ」

「はい?」

「丁家の子たち、私について来ていたあなたを垣間見ていたそうよ」


 それは気づかなかった。

 いえ、考えれば当たり前のことだ。

 だいぶ通ったし、二門のほうまで行ったし、私の姿を見ていてもおかしくはない。


「それで、雪のように儚い肌や、吸い込まれそうな黒い瞳、烏の羽根より黒くつややかな髪と、あなたの美貌に惚れこんでしまったようで」

「…………母上、さすがにそれは欲目が過ぎるかと」

「あら、わたくしが言ったのではなくてよ」


 心外そうに母が返す。

 けど他人が私をそう言ったというのもあまり嬉しくない。


 不健康な白い肌、考えすぎて何も見てない目、黒くて重いばかりの普通の髪。

 何がいいのかしら?

 ここでもう少し頬に朱が挿してたり、唇が桃色ならいいのでしょうけれど。

 病弱なので、私は血色が良くないのだ。


「見解の相違があるので、あまりお近づきになりたいとも思えません」

「そう、今度はそう言っておくわ。というか、子建の名前で呼び出すのをそろそろやめさせないと」


 正礼どのを振ってから、音沙汰はなかった。

 ところが子建叔父さまが暗躍し、お見合い話の場に母を引き摺りだしたのだ。

 それに弟の敬礼どのも乗って、正礼どのを焚きつけているらしい。

 夏侯子林は嫌いだけど、母との娘の私なら迎え入れたいと。


 どういう理屈かしら?

 私が夏侯子林の娘であることは変わらないのに。

 正面から行くと、まず父が猛反対するのは目に見えているので、母から迂遠に話を持って行ったのはわかる。

 けれど結局結婚の話を進めれば、父は出てくるというのに。


「文通はしてますが、だからこそ押しかけてくることもなく済んでいると思うのです。今以上の心労、私の体力が持たない気がします」

「そうね、やっぱり断る方向で行くわ。けれど、さっさと子桓の手からその話の主導権を手元に引き寄せた、司馬家と荀家はさすがね」


 そう考えると、子建叔父さまを前に出して話を進めようとする丁家とは対照的だ。


 他に問題はある。

 曹家の祖父は司馬家も荀家も贔屓なので問題なしなのだけれど、夏侯家の祖父がへそを曲げているらしい。


 まぁ、司馬家も荀家も丁家ですら夏侯家の縁ではなく曹家の縁。

 蔑ろにされてる感はあるだろう。


「あ、そうです。母上、夏侯家への婿入りも含めて検討しなければ話にならないとでもおっしゃってはどうでしょう?」


 我が家は私一人しか子供がいない。

 父が次男の家で男兄弟は他にもいるため、どうしても存続させなければいけない家というわけではない。

 それでも母が入っているのでそれなりの扱いを受けているため、家の存続を盾にできるはず。


「えぇ、使えるわ。応じたとしても、まず言い出さない心持ちが駄目とでも言って袖にします」


 母が断り文句の算段をつけた様子で頷くと、さらに私に忠告をした。


「宝児、子林といる時に子建が来たら、仮病でも使って奥に逃げなさい。もちろん、子桓相手でもね」


 前回、押しかけた子桓叔父さまを、丁寧に相手にしたのはいけなかったと言われた。

 確かに逃げて話を聞かないのが一番安全だ。

 けれど私はその対応には問題もあると思う。


「父上にお任せして大丈夫でしょうか?」


 正直、子桓叔父さまでも子建叔父さまでも、父が言い負かされる姿しか想像できない。


「では一緒に奥へ連れて行ってあげなさい。対応は家妓を呼べばいいわ」


 家妓とは裕福な人が雇う芸事を生業とする使用人。

 生活苦で身を落としたいいところのお嬢さんもいれば、花街で身を立てた人もいる。


 芸事という教養の高さから、他の使用人よりも立場は上で、お客さんの前に出て演奏や歌、舞を披露する接待役でもあった。

 そして花街の人が回ってくるように、妾候補だったりもする。


「よく言い含めておきますから」


 ただし我が家の家妓は、全て母が選んで連れて来た人。

 父は指一本触れられないので、妾にはならない。

 私としては安心安全。


(でも、父上は先々母と離れて暮らして妾未満の人を囲うのよね)


 もしかしたらここが遠因?

 考えすぎかしら?


 ともかくまずは家妓と仲良くなって、対応をお願いしよう。

 そして何より私自身のこの体だ。

 今のままでは南征同行さえ危うい。

 体が資本なんだから、どうにかしてすぐ寝込んでしまう状況を改善しないと。


週一更新

次回:玉粥

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― 新着の感想 ―
[一言] 三國志を舞台にホームドラマ的な夫婦和解と歴史改変を描いているのが面白いですね。続きがとても気になります。 あと、これは個人的に気になったのですが、二十話以降の曹植の取り巻きの方の「秀才さま…
[良い点] ちょっとずつバタフライエフェクトで史実とずれてくる感じがいい [気になる点] 宝児ちゃん今何歳なんだろう、まだ復帰して1年経ってないと思えばまだ7歳? だとしたら「雪のように儚い肌や、吸い…
[良い点] 子林お父さんちゃんと断れたんですね、文通はすることになりましたが。 荀粲はともかく司馬師さんはいい話聞かないから結婚相手としては…才能の片鱗所々あるけど、母親に注意されてるところはしっかり…
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