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二十七話:人の裏表

「何をした、長姫」

「…………こ、んにちは、子桓叔父さま」


 生家で突然、子桓叔父さまが現われた。

 後ろには我が家の侍女が困り顔で止めるに止められないようだ。

 さらに侍女の後ろに男手もいるけど、主家の上に副丞相さま。手が出せるわけない。


 あと普通に意味がわからない。


「えっと、ご用があるのは私ですか?」

「そうだ」

「でしたらどうぞ、温かい室へ。すぐに手足を洗う湯を用意させますのでお待ちください」

「いや、姉上に見つかるのは困るからな。そこの者たちも許しがあるまで動くな」


 両親どちらかを呼ぼうと思ったけど駄目か。

 しっかり動こうとした侍女たちも止められる。


 さらにはまるで主であるかのように、我が家が雇う人たちを片手を上げて声の聞こえない所まで下げた。


「できればもう少し質問の内容を明確にしていただけないでしょうか」

「文を書いているのか?」


 質問に答えず、私の手元を見て聞いてくる子桓叔父さまが自由人過ぎる。

 今私がしているのは司馬家の大哥への返事だ。


「私が子桓叔父さまに連れ去られてからやり取りをしておりまして。今は先日まで寝込んでいたお見舞いの返事です」


 まだ墨が乾いてないので広げたままだけれど、私は筆は置いて子桓叔父さまに向き直った。


「そっちも面白そうだが、初志貫徹と行こう。丁家の兄弟のことだ」

「何かございましたか?」

「何もないから、丁家に出入りしていた長姫に聞きに来たのだ」

「はい?」


 子桓叔父さまが言ってるのは私が母に連れられて、丁氏を訪ねていたことだろう。


「あからさまに消沈して、私を睨む元気もない。あの丁正礼が、だ」

「あのと言われましても、どのような?」

「才気溢れると言われることを鼻にかけて、よくよくうるさい。あのようなちょっとうるさいくらいが父の好みではあるだろうがな」

「そのような方には見えませんでしたが」

「どんな交流だったか知らないが、あれは姉上の前ではしおらしいぞ。それでも少しは漏らしたのではないか? 自らのほうが子林よりも優れていて、意気地のない子林よりも相応しいはずだという驕りが」


 意地の悪い見方だけれど、否定はできない。

 ごく自然に、自信の表れの一種として、正礼どのは父に劣るなどと考えていなかった。


(あぁ、だから失恋であんなに落ち込まれたのね)


 男として、人として、負けるとは思っていなかった。

 それこそ母が父を思って、改めて自分を振りに来るなどとは微塵も考えつかないほどに。

 予想外であると同時に、敵にもならないと無視していた相手に負けたのだ。


「しかも弟のほうも変に気落ちしていて精彩に欠く。今まで散々自らの利権と発言権を拡張しようと兄弟手を取りあっていたというのに」

「あの、それは私が聞いてもいいことなのですか?」


 どう聞いても政治の話よね。


「先日子建が来ただろう」

「…………よくご存じで」

「あれも今までにない動きをしている。いきなり南征同行を直談判した。そんなことをしては副丞相として残り足場固めをする私が有利だ。警戒していた仲達どのも首を捻るばかりでな。あまりに首を曲げるから、いっそ一回転したらどうだと言ったら冷静になって面白くなかったが」


 うん、真面目に悩む仲達さまが不憫になる。


「それに」

「まだあるのですか?」

「ふむ、では楊季才と応徳璉だ。楊季才は孫に会うと都を離れた。応徳璉は何故か古い事例を探ると言って古老を訪ねて旅に出た。どちらもここのところ丁正礼の屋敷に行っていたはずだ」

「はい!? え、何故徳璉さまが旅? え、古い事例?」

「そうか、長姫はまだ生まれてないな。都は昔ここより西だった、洛陽と言ってな。焼失したために文献の類は残っていない。この許昌にないからには、古事を知るには生きて語れる者を捜し新たに記すしかない」


 そんな行動は予想外だ。

 けれど知識にある。


 三国志演義として物語にも書かれる董卓の専横と、遷都の強行で人々を動かすために都に火をつけた蛮行。

 けれど遷都先である古い都長安は人が住まず整備されない廃墟だったという。


 董卓死後も皇帝は権力者の一存で右往左往し、そこを曹家の祖父に庇護されこの地に安住した。

 文献は竹簡か布に書くのだから、数は運べない。

 状況を考えれば持ち出せたかも怪しいところ。


「じゃあ、徳璉さまは、私との約束を守るために…………?」

「やはり長姫か。丁家に集まっているのは知っていたが、いったい何をした」


 子桓叔父さまは最初の問いに戻る。


「私は、高名な祖父に会いづらいので、どうかお会いしに行ってほしいと申しました。あとは、過去に起こった病に必ず効くという薬を探してほしいと」

「それは父本人に言えば早かったぞ? 勇んでこの屋敷を訪ね、数を動員して調べただろう」

「それは、ちょっと、困ります」

「だろうな。下手したらこの家から引き取りかねん。そうなると子林はもちろん元譲おじも看過せんだろう」


 やはり父も怒って曹家の祖父にさえ抗うと当たり前のように言う。


 子桓叔父さまは人を見てる。

 けれど母曰く、融通が利かない。

 そして困らせて反応を見るくらいには意地悪だ。


(多かれ少なかれ人間裏表。もちろん私もそう。けれどこの方は極端なのね)


 族滅の皇帝であると同時に、甥や姪を溺愛する親族でもある。


「子桓叔父さまは、正礼どのがお嫌いですか?」

「別に。売られた喧嘩は買うまでだ」


 案外乱暴なのかしら?

 それで言えば戦場に出たがる子建叔父さまも、思ったより血気盛んな方だった。

 そう言えば魏国の首都にいる次男の叔父さまは、完全に武将気質の方よね。


 もしかしたら冷静に見えて全員血の気が多いのかもしれない。

 それとも乱世に生まれ育ったせいかしら?


「父は仕える者に一悪あろうとも使うために手元に置く。今さら性格の良し悪しなど問題にもならん。それで言えば丁正礼は有能だ」


 子桓叔父さまは何げなく話している風で私を見る。

 その目は驚くほど冷えていた。


「だからこそ、敵に回るなら必ず潰さねばならなくなるだろう。それはまぁ、惜しい。丁家は父親の代も有能だったからな。子も育てば国を支える人材となるだろう」


 駄目だ。

 この人、すでに族滅を考えてる。

 本当に極端な人だ。


 敵と味方に対する対応が極端すぎる。


「せ、正礼どのを、落ち込ませたのは私ではありません。母です」


 話を危なくないほうへ持って行くため、致し方なく私は暴露する。

 ただ効果はあり、子桓叔父さまは目を瞠って沈黙した。


 ほどなく考えを纏めた様子で息を吐く。


「…………そうか。ずいぶん長い初恋だったものだな」


 なんでわかるんだろう?

 いっそ、母と関わって落ち込む理由それしかないのかしら?


 あとすごく気になることを言われた。


「正礼どのは、母上が初恋だったのですか?」

「そうだろう? 私が初めて顔を合わせた時分には、すでに焦がれていた」


 そんなにあからさまだったのかぁ。


「殿方はそれほど思う相手がありながら、別の方と添うことができるのですね」


 一夫多妻が合法である故に、それなりに決まりもあれば縛りもある。

 けれど、なんとなく私には受け入れがたい。


 恋い焦がれ、思っているというなら清廉でいてほしい。


「くく、考えが顔に出ているぞ。自らのみを愛し奉れという姿勢は姉上に似たか」

「そ、そこまでは思ってません! でも、父上には母上だけでいてほしいです」


 子桓叔父さまに笑われ、私は言い募る。

 実際のところ、死活問題だ。父にとっての。


 子桓叔父さまはさらに言おうとする私の頭を撫で、わかったとでも言うように頷く。

 その姿は冷徹な皇帝ではなく、意地悪だけど優しい叔父だ。


 どうやら、子供相手に話を聞いてくれる。

 それは子建叔父さまと同じ優しさだった。


週一更新

次回:悩める子供たち

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