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二十三話:棒倒し

 泣いてしまったら何故か子建叔父さまの決意を聞いてしまった。

 そのせいで母の下には戻れず、このまま放置しておいてもいい結果にはならない。


 その末にお互い探り合いをしているはずだったのだけれど。


「…………我が家に生まれていれば」


 正礼どのが思わずと言った様子でそんなことを零した。

 私が男だったらと言う話で、病弱なので無理ですと答えている。

 確かに丁家の男児なら病弱でも文人としても官吏としても名を上げる方法はあるだろう。


 ただ前提がやはり無理です。


「私は夏侯の娘です」


 丁家ではないし、男ではないし。

 返答としてこれだけでは不誠実なのでさらに続ける。


「私は父母を慕い、己が世にあることを喜んでおります。故に父母を娶せてくださった方には感謝を。また、母を養育してくださった丁氏にも尊崇を。決して丁家を貶める意図はございませんが、やはり私は夏侯の娘なのです」


 言外に子桓叔父さまを蔑ろにはできないと訴える。

 それに正礼どのからすれば婚約者を奪った父を庇ったので、これ以上引き込みはしないだろう。


 そう思っていると、徳璉さまが溜め息を吐いた。


「正礼どの、敬礼どのもですが、子供に気を使わせてどうします」


 丁兄弟を諌めた上で私に言葉を向けた。


「密談とは穏やかではない。そう言うに値する内容だったのですか?」

「仲達さまから内密な献策と申しても良いかもしれません」


 心当たりのある大人たちが目を見交わす。


「兄上に口止めはされなかったのかい?」


 子建叔父さまが試すような顔をして聞いて来た。


「私も盗み聞くようなはしたない行いをいたしましたので、それを黙ってもらっています」


 ここで子建叔父さまたちが私に求めるのは二つ。

 一つはここでの話の秘匿、もう一つは子桓叔父さまの密談内容を教えることだ。


「ではまた姉上を盗み聞きしたわけだね」

「そうですね。ではお互い聞かなかったことにいたしましょう」


 これで秘匿は守れる。

 けれどもう一つは叶わず対案を出すべきは子建叔父さま方。


 なので今度はここでこちらから踏み込んでみる。


「皆さま古今の知に通じられる方と見込んで一つお願いしたいことがあるのです」


 褒められたことで気を良くしたらしい敬礼どのが心持ち胸を張る。


「そうだな。季才どのは博学でいらっしゃり、その知性から人の才能を見抜く目を持たれる。徳璉どのは伯父上がかつての都焼失に伴って失われた儀礼や古典の復活に携わった方で、その薫陶を受けている」

「我らも詩文には親しんでいるので古今の文献には目を通してはいるから、知に通じると言えなくもないか」


 正礼どのは謙遜に見せて自信を語る。

 どうやら丁家はこうした言い回しの家風らしい。

 曹家と夏侯家のずけずけ言い合う会話を聞いたら嫌な顔するかもしれない。


「では、かつてあった病の種類と確かに効く薬というものをご存じですか?」


 今までの話とは関係のない話なので驚かれる。


「長姫、それは自分の病状のためかい?」


 子建叔父さまがもっとも可能性のあるところを確認する。


「それもありますが、父は私に確かに効く薬を吟味するとおっしゃいます。けれど母はともかく苦しむ私のためにどんな薬でも用意すべきだとおっしゃるのです」

「確かに吟味は大事じゃな」

「けれど手に入るならという人情もわかる」


 季才さまと徳璉さまが両親どちらも否定せずに頷く。


 この徳璉さまが来年には疫病で亡くなるのだけれど、実は疫病の起きた場所は南征した先。


(私も危ないし、継承争い以外のことに目を向けてくだされば。それがたとえ砂の一粒を掻き出す些細な行動でも…………)


 ようは棒倒しだ。

 子建叔父さまを支える砂である人々を少しずつ散らしていくことによって、子桓叔父さまと並びたてないようにできないか。


 継承争いとは関係ないところから、砂が崩れるように流れを変えられたらと、そう思ったのだけれど。


「難しいな。特に確かに効くとなると。それにまだ幼い長姫であれば薬に毒されることもあるだろう」

「ですが、私が助からずとも他の方は助かる可能性は上がるでしょう?」


 子建叔父さまのもっともな言葉だけれど、特効薬がない以上予防が一番だと私は東の海の向こうの知識で知ってる。

 ないと言われることは想定した上で、秘密を聞きだす交渉材料があると思わせて少しでも継嗣争いから遠のくように動いてほしい。

 そのために食い下がったのだけれど、大人たちは予想以上に深刻な顔になってしまった。


「確かに子は死にやすいですからなぁ」

「だからと言ってこんな幼い子が己を諦めて他を生かそうとは」

「なるほど、これでは清河公主も辛かろう。薬があればと縋るであろうな」

「というか、子供が見てるところで両親が争ってるのか?」


 敬礼どのが気づいてはいけないところに気づいてしまった。


「わ、私を思ってくださる両親の気持ちは嬉しいですから」

「確かに大きな手間と時間と努力が必要になる願いだ。子供では無理だし、知恵ある大人を頼るのはわかる。けれど、そう言う願いは何かの対価として口にするものじゃない」


 言って子建叔父さまは私の頭を撫でる。


「本当に倉舒に似てる。あの子はその知恵を他人のために使う子だった」

「あの、やはり難しいですか?」


 いきなり抗生剤とは言わないし、きたる疫病のためにも心構えをしてほしいだけ。

 せめて熱病への対処、伝染病への対処などその辺りを…………ついでにそっちに意識を割いてつまらない争いをやめてくれたら。


「願われなくてもやりましょう。ですから、他にお願いはありますか?」


 徳璉さまが言い直すように請け負ってくれた。

 これは嬉しい誤算だ。

 一番疫病で害を受ける方が率先してくれるのなら病没も回避の可能性があるかもしれない。


 さらに他と言われるなら、棒倒しのために砂を掻く機会をもう一度もらえるようなもの。


「…………でしたらすごく個人的なことになるのですが」


 子建叔父さまを囲む方々は才気溢れるけれど若い方が多い。

 長幼の孝という考えがあるので、要職を押さえている年配の方は長男である子桓叔父さまを支持する。

 ただ例外的な方もおり、そうした方は子桓叔父さま周囲の若手とも交流があるのだ。


 私が季才さまを見ると、目を瞠られる。


「わしかね?」

「はい、あの、ご息女はいらっしゃいますか?」

「もちろん。全員結婚して他家に行ってしまっているが」

「では、外戚のお孫さんも?」

「いるなぁ」

「でしたら、どうか、季才さまのほうから会う機会を作ってさしあげていただけませんか?」


 不思議そうな顔されるけれど、本当にこれは個人的で迂遠な引き離し。

 そうそう口実なんて浮かばないから、どうしても私の身の回りを基準に思いつきを仕かけてしまう。


「高名で多くの方に慕われる祖父を、誇らしくも思うのですが、やはり、近寄りがたく。あと何度お会いできるかと思うと、会いに、来ていただければと…………」


 言ってしまえば曹家の祖父はあと四年で会えなくなる。

 毎日は会えないし、他家に嫁いだ母の娘だから行事ごとに覗うくらい。

 私の病気がちなことを思えば回数は数える程度だろう。


「なるほど。丞相を祖父とする賢き子は、そのような他愛もないことを不安に思うのか。去るだけの身には勿体ない。だが、確かに出産後から会っていない者もいる。あいわかった。その助言に従おう」


 助言?


「確かに今ので兄上の密談内容を聞いたと知られたら、笑いものだ」


 どうやら交渉材料にもならないお願いでかわされたと思ったらしく、子建叔父さまが笑う。


「徳璉どの、季才どのときて次は私か丁兄弟か。ふむ、ではその個人的なお願いをさらに聞いたとして何を言うか当てようか?」

「はい」


 まだ特に意識を逸らすようなことは思いついていない。

 予想ができず見つめる私に、子建叔父さまは丁家の兄弟を指す。


「兄上、もしくは子林か。その相手を嫌ってくれるな。違うかい?」


 途端に丁兄弟の二人ともが顔を顰めた。

 どうやらお願いする前から無理なようだ。


「私には、もうお願いできることは、ないようです…………」

「いや、面白い。兄上が構いすぎて姉上に怒られるわけだ。密談内容なんてだいたいわかっているからな。私は長姫と話せただけ得をした気分だ」


 結局私の交渉は、子建叔父さまを面白がらせただけで終わったのだった。


週一更新

次回:愛しいという心

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― 新着の感想 ―
[一言] いやはや、流石は曹植と支える幹部達といったところ。言いたいことくらいわかるよね。 まあ、蝶の羽ばたきになりそうですが。
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