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十五話:諫言のために

 私たちはあえて派手な声を上げて騒いだ。

 すると近くで密談していた子桓叔父さまたちが廊下へ出て来る。


「その一番大きな氷を献上しなさい」

「ぼ、僕が集めたのに!」


 居丈高な私に小小が抵抗してみせる中、大哥は少し離れたところで見てるだけだった。


「一番大きくて立派な氷なのだから、この場で一番偉い私が得るべきよ」

「それは決まったことじゃない、よね?」


 小小は不安そうに言い返して来ながら、私や大哥、そして大きな氷を見る。

 よくわかってないで巻き込んだので、一番信頼してるだろう大哥のほうを何度も確認していた。


 そんな私たちを、どうやら子桓叔父さまと仲達さまは様子見する。


「知らないの? 上を敬うことを徳というのよ。それに自分の利を取るならば義に反するわ。道理を理解しないのなら智にも劣ることの証左でもあるわね。小小は徳目に著しく反しているのよ」


 それらしく言うけど適当だ。

 けれど今の時代は徳というものが人物評価において重視される。

 孝廉という徳目を重視した官吏への登用制度もあるほどで、つまりは人物が良ければよい仕事をするだろうというなんだか理想的な考えだ。


(なんにしても私が言いたいのはただ理不尽に求めることなのだけれど)


 私が打ち合わせどおり動かないと、小小は先に氷を確保した。

 そしてさらに打ち合わせどおりに大哥のほうへと逃げていく。


「僕、貰っていいんだよね?」


 よくわかってないから不安げに大哥に確認。

 確かに一番大きな氷をあげるからつき合ってと言って段取りは教えた。

 けれど小小はあまり聞いてなかったのか、前後の私の発言が違うから困っているようだ。


 大哥はやはり聞き流しただろう弟の様子に軽く眉を寄せつつ頷いて見せる。


「先に小小が手にしたから小小の物だ」

「そんなの理由にならないわ。それどころか得るべきでない者が不相応にも手を出すこと自体が悪いことでしょう」


 私たちは子桓叔父さまと仲達さまに気づかないふりで茶番を続けた。


「まず君の間違いは親類の威光を自らのものとして語るところだ。つまり君を敬うことは徳ではない。君自身も己の利に動いているのだから義を語る資格はないし、道理を理解していないという言葉はそのまま返る」

「ぼ、僕もそう思う」


 小小が必死に打ち合わせのとおり相槌を打つ。

 ここで必要なのは明らかに劣勢の小小が先に動くこと、そして仲間を得ること。


「な、何よ。二人がかりなんてずるいわ」

「先に手にした小小から奪うほうが狡いだろう」

「僕もそう思う」

「私は夏侯家よ。曹家の血も引いているわ。忠を受けるに値するでしょう。だから献じるように言っただけよ」

「忠は唯々諾々と従うことじゃない。間違いを敢然と告げるのもまた忠義だ。それに徳で言えば僕は孝悌の徳を受けるためにも、弟の前で間違いを正す必要がある」

「ぼ、僕もそう思う!」


 下が目上を敬う徳を孝悌といい、大哥は自ら敬われる者としての道義を示すという。


 これは話の流れでことを進めようと、細かくは決めてなかった誤算だ。


(身分やそれらしい理屈で主張して、先手と数で圧されるという構図のはずが。これだとどちらが正しいかという論点にずれるわね)


 大哥が言い返してくるのでなんだか私が理不尽なだけになっている。

 頭で考えるだけなら問題ないのに、現実は上手くいかないものだ。


 これはもう、意味がないかもしれない。

 伝わらないのなら続けてもしょうがない。

 ただそうなると言われっぱなしは私も釈然としなかった。

 だから少し困らせてみようと、私は打ち合わせになかった話を振る。


「ふん、大哥は後から出て来て口ばかり。そんな方とこれ以上言い合っても気分が悪くなるわ」


 そうして小小に微笑みかけた。


「小小、その大きな氷はあなたに上げる。代わりに他の氷全てを私にくれると言ってちょうだい。大哥なんかよりも、私のほうに来たほうがいいわよ」

「え、え?」


 打ち合わせにない話に小小は戸惑い、大哥も驚く。

 大哥は今の状況を理解しようと考え込んで無言。


 小小は迷って焦って、けれど最終的に自分で決めた。


「だ、駄目だよ。大哥が孝悌を示すなら、僕も大哥に従うよ」


 小小はしっかりと言い切った。

 流されず道理を考えての答えに思わず感嘆の声を上げる。

 それは私だけじゃなく子桓叔父さまと仲達さまからも同じように聞こえた。


 さすがに気づかないふりもできないので振り返ると、子桓叔父さまが笑って見ている。


「今の茶番の発起人は長姫だな? 司馬の子供たちがやるには思い切りが良すぎる」

「はぁ、いったいなんのために?」


 仲達さまはまず理由を聞いてはくれるようだ。

 けれどそれを子桓叔父さまが止める。


「待て、こうまでされて答えを求めるようでは示しがつかない。…………ふむ、先ほどの話を盗み聞きをしたな? その上でこれは…………」


 私がやろうと思った理由を推測し、その上でやった内容を考え直すけれど、どうも子桓叔父さまの中でもこれという理由が思いつかないようだ。

 それは方向性が定まらなかったせいなのでしょうがない。


 そこに大哥が声を上げる。


「配役は長姫よりも私のほうが適していましたが、それでは父にお叱りを受けるとおっしゃり、このようになりました」

「私が叱る? あぁ、先ほどの話ということは、兄弟で争うということか」

「はん、なるほどな」


 仲達さまの言葉で子桓叔父さまも気づいた。

 私は黙って拱手して頭を下げる。

 すると子桓叔父さまが自嘲ぎみにこちらを見た。


「道理を説くというには慢心があり、人を下すには不遜が過ぎるか」

「いえ、そこまでは」

「なんにしても、仲達どのの懸念が杞憂ではないと言いたいのだろう? 後から巻き返すには遅きに失すると」


 鋭い目つきで私を見下ろす子桓叔父さま。


 あからさますぎて不興を買ったとすれば父母に迷惑がかかる。

 ここで私が別の火種になってはたまらない。


「突然家から拉致された心細さからの意趣返しにございます。家に戻りましたら、大変に子桓叔父さまを困らせたのでわたくしの拉致は不問にしていただけるよう父母へ申し上げようと考えておりました」


 悪びれずに、いっそふてぶてしく私は言い返した。

 曹家の祖父の下で子桓叔父さまがそうだったように、こうして怒るようならそれをそのまま突き返すだけだ。


「ふん、盗み聞きなどどちらが教えたのだとこちらが問いたいところだが?」

「やめてください! 父上が可哀想です」

「く、くく、姉上ではないのか?」

「確かに立ち聞きなさることはありましたが、きっと父上のほうが謝ってしまうでしょう」


 私の答えに子桓叔父さまは鋭くしていた目を閉じて笑い出す。

 仲達さまはなんだか生ぬるい視線で家の奥を見ていた。

 きっとそちらに奥さまがいらっしゃるのだろう。


「ふむ、長姫が言うのであれば今から牽制くらいはしておこうか」

「つまり、わたくしの言は信に置けぬと?」


 考え直す子桓叔父さまに仲達さまは肩を落とした。


 それを見て大哥は私のほうへやって来て囁く。


「すごい、長姫のやり方で動かれた。いったいどういうことだろう?」

「えっと、諫言にも前準備があるというか、客観視していただいたほうがわかりやすいというか」


 なんだか羨望のまなざしのようなものを向けられる。

 年上にすごいと言われるのはちょっといい気分だけれど、実際は失敗しているので恥ずかしさ半分。


 子桓叔父さまは仲達さまの肩を叩いて顔を上げさせる。


倉舒そうじょという前例がいてな。あれは他人への気遣いに自ら動く。それに似ているせいか、遅くなってはいけないという言に妙な説得力を感じてしまう」

「あぁ、あの弟君ですか」


 私の知る曹家の祖父の子の中に、そんな名前の叔父はいない。


(つまりすでに死…………やめよう。また気分が落ち込む)


 知るはずのないことに引っ張られ過ぎるのも問題だ。

 私は頭に浮かびそうになる知識から目を背けた。


週一更新

次回:元正妻と現正妻

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