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十三話:大人の事情

 司馬家の子息として現われたのは、年相応の幼さのある少年たちだった。

 とくに次子だろう子は鼻の頭を赤くしてるのが幼げで愛らしい。


「失礼いたします」


 幼いわりにはっきりした声で長子が拱手の礼を取って見せる。

 後の小妹の夫、司馬師という先入観を、私は意識の外に追い出そうと努めた。


(そう、実の弟にさえ陰謀を話さない策略家だと、政敵は殺すし邪魔なら妻も殺す非道な政治家だとか。うん、そんなことは置いておいて目の前の相手を見て、みて…………すごく、上品そう)


 顔立ちが整っているのはもちろん、不思議な威風を感じる。

 余裕のある雰囲気は優しげでゆとりがあり、けれど決して弱さやだらしなさはない。


 声をかけられるまで静かに待っているさまも品行方正だ。

 私を気にしてちらちら見ている次子がいるから余計に、上品で落ち着いた雰囲気が印象に上る。


(よ、予想外…………。もっと将来悪代官みたいな人かと思ってたのに)


 将来数々の裏切りを行い、裏切りを受け、反乱までされるのだから子供の時から酷薄な性格かと勝手に思っていた。

 下剋上などという言葉はなく、上を敬うことこそ美徳とされる世の中で、宗室に刃を向けた権謀術数の一族だと。


 そんな前情報による思い込みが、私の目の前の少年と結びつかない。


(やっぱり初対面の相手にも知識のせいで、認識が歪んじゃうよー!)


 身近な小妹に害なすと緊張していたけれど、今はなんの罪もない少年で、その優秀さを父親に自慢される子供なんだ。


 東の海の向こうの知識では、これを色眼鏡というらしい。


「仲達どのと違って子は元気なようだ」

「あなたも私の歳になればわかります。しかし、小小。お前はまさか外で遊んでいたのか?」

「はい、父上! 氷を割っていました」


 元気に返事をする小小と呼ばれた次子。

 呼び名は小さい子、と言うくらいの意味で、まだ司馬昭という歴史に残る名も得ていない少年だった。


 後に我が家とは違う夏侯家、妙才さまの血筋からさえ離反者を出すような大罪を犯すとは思えない。

 何よりまだそんな悪心を抱いてもいない無垢な笑顔だ。


「それは冷えているだろう。小小、それに大哥もこちらに近く寄れ」


 子桓叔父さまが笑いながら手招く。

 やることは突飛だけれど子供にやさしい方なのだ。


(思えばこの方も下剋上という大罪を犯すのよね)


 後に献帝と呼ばれる漢王朝最後の皇帝。

 帝位を才気ある者に譲るという徳行、禅譲の形を取っているとは言え、子桓叔父さまに皇帝から引きずり降ろされる方。


 もちろん脅して譲らせたので、子桓叔父さまも簒奪の謗りは免れなかった。

 献帝の号の意味は、子桓叔父さまに帝位を献じたからという念の押しようだけど、そのまま受け取る者はおらず歴史にも脅した様子が書き残されている。


(あ…………これ初対面とか関係ない。関わる人すべてに余計な色眼鏡がつくわ)


 子桓叔父さまにも、後々の相当な行いのせいで色眼鏡をつけそうになる。

 何よりここにいる男性陣は、皆次代を動かすことになる人々。

 こうなると、本当にどうして名も残らない私が拉致られて司馬家にいるのかしら?


 私は基本的な疑問を思い出した。


「ではお前たちはそこで温まっているといい」

「夏侯家の長姫にはくれぐれも失礼のないように」

「え?」

「え?」

「あれ、行っちゃうんですか?」


 私と大哥と呼ばれた長子が揃って疑問の声を上げると、小小だけは甘えたいらしく寂しげに聞く。


 けれど疑問には答えてくれず、子桓叔父さまと仲達さまは揃って部屋を出て行った。

 向かう先はそう遠くではないようで、足音は別の部屋に入って聞こえなくなる。


(い、陰謀の首謀者兄弟と置いて行かれた…………)


 まだ実害はないけれど、非常に気まずい。


 私が大哥を見ると、大哥も私を窺うように見ていた。


「…………まずは初めまして。急な来訪をお詫びいたします」

「いえ、あの方はいつものことですので」

「いつも、こんなことを? 私のように突然連れ出される被害者が他にもいるの?」

「え、いや、子供を連れて来られたのは初めてだよ」


 思わぬことにお互い言葉が砕ける。

 そして互いの発言内容を吟味して同時に溜め息を吐いた。


「私は突然我が家にいらっしゃったと思ったら、綿入れに包まれて小脇に抱えられて、気づいたらここに」

「よく父上に突飛なことを仕かけて怒られてはいるけれど、父上相手にだけではなかったのか」

「子桓さま、面白いよね。美味しい物もくれるし、子桓さまがいると母上も怒らないし」


 小小だけが無邪気に内情を暴露するので、大哥が慌てて止める。


「こら、お客さまに余計なことはいわなくていい。今度は父上に怒られるぞ」


 東の海の知識から、どうやら司馬懿とその妻である張夫人はあまり仲がよろしくない。

 ただどちらも子供は可愛がっているらしいのだが、夫婦喧嘩で張夫人はハンガーストライキをして、目の前の兄弟を抱えて巻き込んだことがあるとか。


 なんだか今度は目の前の司馬兄弟が憐れに思えて来た。


「…………何処のご家庭も、夫婦円満とはいかないのね」

「あ…………」


 思わず呟いたら大哥が察した様子で私に気遣いの目を向ける。

 身内にだけじゃなく有名なのね、うちの両親の不仲。


「お、大人には、大人の難しい事情があるものだから、君が落ち込む必要はないよ」


 しかも慰められた。

 将来あれな人に…………。


(この大哥も大人の難しい事情に染まって変わってしまうのかもしれないのね)


 世知辛いわ。

 そして一つ下の小小が無邪気に火鉢で手を温めてる様子が稚いせいかちょっと和む。


 同時に私はこうして置いていかれた大人の事情が気になった。


「お二人はなんのお話をしているか知っている?」

「いつもお二人でなさるから僕は知りえないよ」


 大哥の言いようから、こうしてお二人だけで話されるのはよくあることのようだ。


「子桓叔父さまがお一人で行動なさるのは珍しいことではないわ。けれど今日はどうして私をだしに使ったのかしら?」

「だし?」

「仲達さまがあなたをあまりに自慢するものだから私を自慢しに来たと言い訳をしていたのよ」

「え、それは本当に? 父が、僕を?」


 落ち着いていて上品そうだと思っていた大哥が、年相応の子供らしくそわそわし始める。

 どうやら仲達さまは子供の前で自慢することはしなかったようだ。


「ねぇ、僕は?」


 小小が期待の目で私の袖を引く。

 けれどそこは何も触れられていない。

 とは言えそのままいうのは可哀想だ。


「可愛らしく甘えるのですって?」

「かわいいは、うーん」

「小小はまだまだ小さいからそんなものだよ」


 不服な弟に大哥が笑いながら頭を撫でる。

 そして私に軽く頭を下げるのは、どうやら気を使ったのがばれたらしい。


(けれどそれくらいの情のある人なんだ。知識で知る客観的で血の通わない情報とは違うのだわ)


 もしこのまま育ってくれるなら…………。

 いいえ、やはり曹家と対立することがないようにならないときっと政争は起こる。


 小妹のためにも、手を打ちたいところだ。

 それにはまず、私も現状を知る必要があるだろう。


「大人たちの難しいお話を聞きに行きましょうか」

「へ?」

「何するの?」

「ぬ、す、み、ぎ、き。してみない?」


 笑顔の私に大哥は硬直する。

 小小はよくわからない様子で元気に返事を返してくれた。


「うん!」

「ではまず下準備よ」

「な、何を…………いや、本当に?」


 私は小小の手を引いて部屋からこっそり外へと出る。

 大哥は置いて行かれまいと、後を追って来ていた。


週一更新

次回:盗み聞き

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